●24th BIRTHDAY 1●
突然のスコール。
雨宿りを出来る場所を必死で探したが、全然見つからなくて。
がむしゃらに走って、やっとたどり着いたのがコンビニ。
でも既に上から下までびっしょりな僕は、店内にに入る勇気まではなく…外で雨が落ち着くのを待った。
……どうしよう……
こんな格好じゃ電車にもバスにも乗れない。
タクシーなんて以っての外。
歩くしかないのか……まだ10キロ以上も先の家まで。
…泣きそうだ…。
スコールがやんだ後は、嫌みなくらいまた晴々としてきた空。
とぼとぼ歩いていると、地下鉄の入口が見えてきた。
もちろんこんな状態じゃ乗れるわけはないんだけど……この駅名。
すごく見覚えがあった。
というか何度も降りたことがあった。
そうだ、ここって確か進藤の家の近くだ。
方向も気にせずめちゃくちゃに走ったから、いつの間にかこんなところにまで来ていたらしい。
一か八か……僕は彼を訪ねることにした。
まさかこの訪問が僕の人生を変えることになろうとは…思いもしないで―――
ピンポーン
チャイムを押した後、ドキドキしながら待つと
「お疲れさん!待ってたぜー!」
と笑顔の彼が出てきた。
でもすぐに僕だと気付いたのか、目を丸くしてくる。
「あれ?なんだ塔矢かよー」
「ごめん…突然」
「何か用か?」
「用というか……」
これ、とびしょびしょな服の先を少し絞った。
じゃーと下に落ちる。
「うわ、何があったんだよ??」
「スコールにあって…」
進藤が慌ててバスタオルを持ってきてくれた。
「あの…、シャワーと替えの服も貸してくれると嬉しいんだけど…」
「シャワー?あー…そうだよな。風邪ひいたら大変だもんな…」
少し困った顔をしつつも、僕を中に入れてくれた。
リビングを通ると、彼がなぜ困ったのかすぐに分かった。
これからパーティーでもやるの?と思うぐらいのご馳走が用意してあって。
ワインも。
もちろん、グラスは2つ。
それに、さっきの「待ってたぜ」という進藤の言葉。
ああ…きっとこれから恋人が来る予定なんだろう。
「すごいね。準備万端」
「ん?お、おう…。今日は敬老の日だからな!」
「は?」
「いや、嘘です。実は今日は…オレの誕生日なんだ」
「あ、そうなんだ?おめでとう」
「……だから、さ」
「分かってる。彼女が来る前にさっさと浴びて帰るよ」
「…ありがと」
くすっと笑って、僕はバスルームに入っていった。
そうか…今日が彼の誕生日だったんだ。
申し訳ない時に来てしまったな。
なるべく急いであげよう。
素早く洗い終えて出ると、着替えが用意されていた。
男女どっちが着ても大丈夫そうなデザインのシャツ。
と、ジャージ。
て、ジャージ??
着るの…中学校以来なんですけど。
「ありがとう」
と言って出ると、何やら話し声が聞こえた。
うそ、もう彼女来ちゃったのか??
「急患?!マジ?じゃあ来れないのかよ?」
違う、電話だ。
「いや、いいよ…。気にするなって…。うん…じゃあ…」
携帯を閉じた後、進藤がソファーに倒れた。
「…くそ、またかよ…」
泣きそうな声。
どうやらドタキャンされたらしい。
「あの…、着替えありがとう…」
「あ…塔矢、もう出たのか」
僕が声をかけると、慌てて体を起こしてきた。
「…今の、彼女?」
「はは…また急患だって。ま、いつものことだからもう慣れっこなんだけどさ…」
「看護師?」
「ううん…医者。すごいだろ?」
「…大変そう。彼女もだけど…キミも。合わないんじゃない?」
「……かもな」
そんなこと、僕にわざわざ言われなくても、自分でもとっくの前から分かってるって顔。
「でも好きだから…別れられないんだよな。尊敬してるし…」
「…ふぅん」
「それよりどうしよっかな…この大量のご飯。塔矢も食べてくれる?」
「いいの?」
「オレ一人じゃ無理だもん。ま、オマエ食細いからたいした戦力にならなさそうだけど。でも、一人で食べるよりはいいからさ…ハハ」
「……」
向かいのソファーに座って、僕はお箸を手に取った。
「美味しそう。じゃあ遠慮なく」
「おう!どんどん食べて。全部オレの手作りなんだぜ♪」
「そうなの?すごい」
びっくり。
進藤って意外と料理上手なんだ?
下手すると僕より上手いかも?
でも……少し可哀相な気がしてきた。
これだけの量の食事を作るのに…一体何時間かかったんだろう。
しかも自分の誕生日なのに、自分で作って。
それなのに…彼女はドタキャン。
確かに一人で食べるには虚し過ぎる…。
「…よし、じゃあ今日は彼女の代わりに僕がキミを祝ってあげる」
「お、マジ?サンキュー」
「ワインもあけていい?」
「いいぜ〜。こうなったらやけ酒だ!」
「はは」
しかも僕の大好きなアイスワイン。
お互いのグラスに注ぎあって、いざ乾杯した。
「お誕生日おめでとう。早いね、もう24だ」
「早いよな〜、20過ぎるとホントあっという間っていうか…」
「結婚とか…そろそろ真面目に考えないとね」
「…塔矢はそういう奴…いるのかよ?」
「結婚まで考えてもいいと思える人には、まだ会ったことがないね」
「…ふーん」
「キミは?今の彼女と考えてる?」
「ぜーんぜん!」
「……」
…嘘だな。
と、直感的にそう思った。
強がってるだけだ。
本当はしたくてしたくて堪らないんだろう。
でも、きっと今の彼女が自分に合ってないってことも分かってるんだろう。
正確には、自分の職業に合ってない…かな?
下っ端の棋士ならともかく、進藤はタイトルホルダーだ。
彼を陰で支えてくれるような人…そう、例えば僕の母のような人を妻にしないと、絶対に将来後悔するだろう。
ただ単に好きという気持ちだけじゃ結婚は成り立たない。
…難しいよね。
「そういえば、今度伊角さん結婚するって」
「本当?あ…でもずいぶん前から奈瀬さんと付き合ってたよね」
「そ。出来ちゃったらしい」
「え?!」
うそ、出来ちゃった結婚?
あの伊角さんが?
人って見かけにはよらないな…
「だから奈瀬…今期いっぱいで辞めるらしい」
「………」
「塔矢は…子供出来たらどうするんだ?もちろん続けるよな…?」
「…どうかな。続けたいけど…どうなるかはその時になってみないと分からないよ」
「そんな……」
ライバルに辞められると困る?
そうだよね。
でも、僕はキミと違って女なんだ。
いつかは出産というものをする時がやってくるだろう。
子育ては生半可な気持ちじゃ出来ない。
「全ては夫の協力次第かな。キミの彼女のような人を夫に持ったら…僕は100%引退だよ」
「…!!」
じゃあ僕はどういう人を夫に持てばいいのだろう。
専業主夫になってくれるような人か?
子供の為に育休を取ってくれるような人か?
分からないよ。
「深く考えると落ち込んでくる。だから今はまだ一人でいいよ…」
「そっか…。うん、そうだよな。急ぐことねーよな。まだ24だし」
「僕は23だ」
「三ヶ月後には24だろ?」
…え?
進藤って僕の誕生日…知ってるんだ?
何で……
NEXT