●BIGAMY 3●
「そういえば進藤本因坊と結婚されたんですよね?おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「重婚になるんですよね?進藤本因坊には既に奥様がいらっしゃいましたから…。失礼ですが、どうしてそのような苦しい選択をなさったんですか?塔矢名人はもっと楽な結婚が出来たと思うんですが…」
「…そうですね、やはり進藤のことが好きだったからでしょうか…」
棋院で行われた女性向け週刊誌の取材。
何も隠さず、僕は今の思いを打ち明けた。
そうなんだ、確かにもっと楽な道を選ぶことも出来た。
僕だけを大切にしてくれる人、僕だけを見てくれる人と結婚することも出来たんだ。
でも進藤が好きだったから――その気持ちさえあればどんな困難をも乗り越えられると思ったから。
「…ずっと好きだったんです。10代の頃から…。でも、彼の側にはずっと今の奥さんがいて…」
僕が彼女に敵うのは棋力だけだった。
顔も、性格も、女としてのスキルも、全てにおいて彼女の方が上だった。
進藤が惹かれたのも無理ないと思った。
何度も諦めようと思った。
ううん、彼らが結婚した時に一度本気で諦めたんだ。
「……でも間もなくして、重婚が正式に認められることになって」
最後の賭けのつもりで、進藤に初めて想いを打ち明けた。
好きだ、と――
僕のことも(ライバルとしてでもいいから)大事なら、結婚してほしいと――
第二夫人でいいから。
二番目でいいから。
……もちろん受け入れてくれる自信が全然なかったわけではない。
彼は来たから。
朝でも、昼でも、夜でも。
誕生日でも、クリスマスでも、例えあかりさんとの記念日でも。
『打たないか?』
と呼べば、彼は常に僕の所へやって来たから。
だから実はあかりさんとはただの腐れ縁で、本当は僕のことを好きでいてくれてるんじゃないかって。
「結婚して、実際どうでした?大変じゃないですか?」
「……そうですね」
結婚して分かったのは、やはり進藤は僕のことが好きだったということ。
初めて抱かれた夜、彼は何度も口にしてくれた。
ずっと好きだったと。
愛してたと。
オマエと結婚出来てすげー嬉しい、夢みたいだと。
――でも
やはりあかりさんのことも好きなんだと思い知らされた……
「ただいま…」
取材の後、実家に寄ってから帰ってきた。
玄関の扉を開けた瞬間に香ってくる美味しそうなハンバーグの匂い。
でもキッチンにもダイニングにもリビングにも…彼らの姿はなくて。
もう夜の8時だというのに、まだ一口も食べられてない夕飯がテーブルに残されていた。
一体何をしてるんだろう…なんて、考えるまでもない……
「やん…ヒカ…ル、すご…っ、あぁ…ん…っ」
「あかり…、すげ…気持ちい…」
あかりさんの部屋の前を通ると、淫らな声とベッドが軋む音が聞こえた。
今日は30日――偶数日――進藤があかりさんと寝る日、抱くかもしれない日。
これは決まっていること、仕方のないこと、分かってたこと…なのに。
どうして…どうして涙が溢れてくるんだろう……
早く自分の部屋に行こう、声の聞こえないところに行こう、そう思うのに足が動かない……
「ヒカル…大好き…」
「ん…、オレも…」
「…塔矢さんより?」
ああ…駄目だ。
聞きたくない。
聞きたくないのに――
「…当たり前じゃん。あかりの方が正妻だぜ?」
「ふふ…」
やっぱり腐れ縁なんかじゃない。
二人は愛しあってると思い知らされた。
それから30分はいちゃいちゃした後、進藤があかりさんの部屋から出てきた。
…素っ裸で。
僕がドアの前にいたことに一瞬ビクッとした彼。
「…趣味悪いぞオマエ」
と顔をしかめてバスルームに向かって行った。
「…あ、そうだ。そろそろあかりの排卵日なんだ。だから明日もあかりの部屋で寝るから。オマエとはまた3日後な」
「…いや、僕は明後日から5日までイベントの手伝いで札幌だから。しばらくはあかりさんと楽しんだらいいよ」
「…そっか。頑張れよ」
「キミもね」
「…!」
睨み合った後、フンっと僕は自室に戻った。
その後は、また二人が仲良く夕飯を食べる声が聞こえていた。
僕はふて寝するように、化粧も落とさずパジャマにも着替えず、布団にもぐった。
……辛い。
夫を共有するということがこんなにも辛いことだとは思わなかった。
毎日側にいられないことが…こんなにも悲しくて切ないものだと思わなかった。
何が排卵日だ。
3年も出来てないんだ、もう立派な不妊じゃないのか?
そんなに子供が欲しいのなら人工受精でも何でもすればいいのに。
僕が進藤と過ごす日を奪わないでくれ。
翌日――僕は二人が起きる前に仕事に向かった。
『今日から5日まで食事は入りません』
とあかりさんに書き置きして。
…だいたいどうして僕が彼女の作ったものを食べなくちゃならないんだ。
(毒でも盛られるんじゃないか?)
僕はまだ一度も進藤に手料理を食べてもらってない。
専業主婦の彼女が常に側にいるから、一度も奥さんらしいことが出来ていない。
いや…夜の生活ぐらいだろうか。
でもその貴重な夜さえも奪われてしまっている。
…やはり楽な結婚の方に逃げた方がよかったのだろうか…
…ただのライバルのままでいた方が幸せだったのだろうか…
悶々とした気持ちのまま、僕は更に翌日から札幌へと飛んだ――
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