●BIGAMY 2●
「おっす、和谷」
「おー、進藤。上がれよ」
10年前に始まった若手ばかりの研究会。
和谷が引っ越す度にその会場は変わっていき、今はこの新居で開かれている。
和谷は去年の暮れに結婚したばかりだった。
「いらっしゃい、進藤さん」
「菜々子さん、こんちわ〜」
台所の横を通った時、コーヒーをいくつもお盆に載せて運んでいる菜々子さん――和谷の奥さんに挨拶された。
あ、オレが運びます、と盆を受けとった。
和谷と菜々子さんが出会ったのはもう何年も前。
プロアマ混合の大会で、アマの方で参加していた彼女とヤツが対局したのが始まりだったそうだ。
当時大学生だった菜々子さんも、もう25歳。
オレと同い年。
結婚してからは仕事を辞め、専業主婦になったらしい。
「菜々、悪いけど昼メシの準備頼むな」
「はい、頑張りますv」
和谷と彼女は誰から見てもラブラブ夫婦で。
コイツは一生彼女ひとりなんだろうな…と思った。
「来た来た重婚男。進藤、今アンタの話してたのよ〜」
研究会のメンバーが集う和室にオレが入ると、一瞬シン…と静まり返り、そして奈瀬がクスクス笑いながら第一声を発した。
「アンタって奥さん2人ともと同居してるんでしょ?どんな感じなのよ?」
「どんなって…別に」
「大奥みたいな感じになっちゃってんじゃないの?女同士の壮絶な戦い…きゃー恐ぁい♪」
「………」
堂々と興味津々に聞いてくる奈瀬の後ろで、
「羨ましいよなぁ…俺なんて彼女の一人もいないのに」
「本因坊様にもなると女はべらし放題ってか」
「どうやって寝てんだろうな〜。仲良く三人並んで?3Pしまくり?」
…とか、わざと聞こえるように言いたい放題言ってくれる野郎もいた。
「ほら、さっさと始めるぜ」
和谷の一言で、それぞれニギり出した。
オレも深呼吸して気持ちを立て直し、対局相手の伊角さんに頭を下げた。
「「お願いします」」
重婚出来るようになって早数週間。
世間の目は思ってた以上にキツイものだった。
そりゃそうだ。
法改正されてすぐ結婚するような奴は、ぶっちゃけ前々から浮気してた連中ばっかなんだから。
何らかの理由で本妻と離婚出来ない奴らが、これ幸いと浮気相手・愛人と次々に籍を入れ始めた。
オレもそう思われてるんだろう。
あかりに隠れて…アキラと付き合っていたと。
でも実際は結婚まで、一度たりともヤマシイことはしていない。
キスでさえ、夫婦になった後で初めてした。
ああ…でもあの結婚の約束自体が浮気だと言われてしまえば仕方ない。
しょうがねーじゃん…拒否出来なかったんだから。
好き…だったんだから。
アキラのこと、いつからと聞かれたら困るぐらい前から好きだったと思う。
でもその気持ちに気付いた時には既にあかりと付き合っていたし。
あかりと居るのも心地よかったから…わざわざ別れてアキラに告ろうなんて賭け、しようと思わなかった。
いつか出来たらいいな〜、ぐらいに思ってた。
そんな感じで余裕ぶった10代なんてあっという間に終わって、成人して。
そしてあかりも大学4年になった。
就活を始めた。
でもこの不景気だ、無名に近い大学出身のあかりに、そう簡単に働き口が見つかる訳もなく。
何十社と落ちて途方に暮れる彼女を見て――ついに言ってしまったんだ。
『就職なんてしなくていいじゃん。オレの嫁さんになれば?』
幼稚園の頃、言ってたよな?
オレのお嫁さんになるのが夢だって。
叶えてやるよ。
その頃既に本因坊のタイトルを取ってたオレには余裕があった。
共働きなんてしなくていいから、と。
オレに美味しいご飯でも作って、と。
そんな感じでオレはあかりと結婚した。
その時の『美味しいご飯』は、アキラと結婚した今も続いている。
アキラにまでそのご飯を提供してくれている。
どんな気持ちで作ってるんだろうな…と思う。
アキラと結婚するって言った時から悲しい思いばかりさせてる気がする。
はあ…オレってばダメダメじゃん。
二人ともを妻にしたんだから、もっと平等にしなくちゃな。
あかりとアキラ、二人への気持ちを比べるとそりゃあ断トツでアキラの方が上だけど。
でもあかりは影でずっと支えてくれてた存在…っていうか。
オレがスランプで負けが続いた時も、例の5月も、反対に調子がよかった時も、いつもずっと側にいてくれた。
初めて本因坊を取った時だって、誰よりも一番喜んでくれた。
アキラまで妻にしちゃったオレだけど、あかりは今も大事な存在だ。
離婚…とか、絶対にありえないから。
だから何も心配しなくていいからな。
オレはずっと側にいるから―――
「いただきまーす」
対局が終わった順に、昼メシを食べ始めた。
今日はサンドイッチ。
奈瀬以外は全員男、しかも10代20代の食べ盛りな野郎ばっかだから、かなりの量だ。
「菜々子さん、お疲れ様。菜々子さんは食べないの?」
洗い物に没頭してる奥さんに声をかけると、苦笑いされた。
「ええ、ちょっと…」
「?」
「菜々、悪阻で今は柑橘系のフルーツしか受け付けないんだよ」
和谷が大丈夫か?と彼女の顔色を伺いながら教えてくれた。
悪阻?
ってことは……
「あ、そーなんだ。おめでとう、和谷」
「ん、サンキュー。安定期に入るまではまだ内緒なんだけどな」
「へぇ…。てか、早いな。もうデキたんだ…」
まだ結婚して4ヶ月ぐらいなのに…。
―――あれ?
なんか素直に喜んでやれない。
オレの方が先に結婚したのに、あかりとはもう3年になるのに…。
(アキラとはまだ一ヶ月も経ってないけど…)
「…進藤んとこは子供まだなんだよな?」
「ああ…」
「余計なお節介なのかもしれないけど…、お前さ…順番間違えるなよ?」
順番…?
「…どういう意味?」
「あかりちゃんと先に作れよ、ってこと。塔矢の方に先に出来ちゃったりしたらさ、あかりちゃん…たぶん大変なことになるぞ」
「――え?」
「ただでさえ重婚で辛い思いさせてるんだからさ、これ以上傷つけるなよ…?」
「………」
和谷に言われて初めて気付いた。
確かに、もしアキラが先に身ごもったりなんかしたら…あかりは立場がない。
二人と平等に結婚するってことは、そういうことも考えなくちゃならないんだ。
……やべーな。
アキラとのエッチ、夫婦なんだからって普通に中出ししてた。
まだ出来てないことを祈って、まずはあかりと子供を作ろう。
「ただいまー」
「お帰り、ヒカル」
研究会から帰るともう6時だった。
夕飯(ハンバーグか?)のいい香りがする。
「ご飯もうすぐ出来るから。先に食べる?それともお風呂先に入っちゃう?」
「……3つ目の選択肢もある?」
「え?――きゃっ」
あかりの体を持ち上げて、彼女の部屋に直行した。
ベッドにドサッと落とし、オレも被さった。
「ヒカル…?」
「…しよ?いいだろ?」
「う、うん…」
アキラはまだ帰ってきてない。
丁度いい、久しぶりに思いっきり声を出してもらおう―――
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