●BIGAMY 1●
16の時、オレは幼なじみの藤崎あかりに告白されて、付き合い始めた。
22の時、そのあかりが大学卒業するのを待って、結婚した。
その直後だった。
唯一無二のライバル、塔矢アキラに告られたのは。
「え?!わ、わりぃ…、オレ、結婚してる…」
「だから?」
「ええ?!だからって…、だから…オマエの気持ちには答えてやれないっていうか…」
「僕と藤崎さん、どっちが大事なんだ?」
「えええ??どっちって言われても…。オマエは大事なライバルだし…、あかりもオレにとって大事な存在だし…」
「同程度なんだ?じゃあ問題ないよね?」
「も、問題ないわけねーだろ?オレに浮気しろって?」
「はは、浮気?本気の間違いだろう?」
―――ギクッ
「僕はキミの愛人になる気なんて更々ないよ。妻にしかならない」
「な、なに言ってんだよオマエ…。オレ、あかりと別れる気なんてないぜ…?」
「キミこそ、もうちょっとニュースや新聞、見た方がいいんじゃないか?」
「―――はあ?」
仕方なく初めて携帯からニュースとやらをチェックしてみた。
そして、今日のトップニュースに、目を疑った。
「重婚法案が…国会で可決…?」
マジで?
マジか?
本気か日本?
大丈夫か日本?
「施行は2012年の春の予定だそうだ。愛人なんて立場は絶対に嫌だから、それまで大人しく待つことにするよ」
「施行されたら…オマエとも結婚しろって?」
「嫌?」
「……嫌、じゃない、けど」
「そう。じゃあ楽しみにして待ってるよ」
それから約3年後の先日。
重婚オッケーになったまさにその当日に、オレは塔矢とも結婚して夫婦になったのだった――
「……ん、おはよ…アキラ」
「おはよう」
寝不足で気だるい朝。
目を覚ますとアキラがオレの顔を見つめていた。
チュッと頬にキスされる。
「もう9時だよ。そろそろ起きたら?」
「んー…もうちょっと。あと5分…」
「でもいい匂いがしてる。藤崎さんが朝食を作ってキミを待ってるよ?」
「……分かった。起きる…」
ふあぁ…と、大きな欠伸をしながらベッドを下りた。
いつものパジャマ代わりのジャージを着て、アキラの部屋を出る。
ダイニングに行くと、あかりがキッチンを走り回っていた。
「あ、おはよーヒカル。もうすぐ出来るから。コーヒーでいい?」
「おはよ。うん、ミルク多めでお願い」
「分かってるって」
四人掛けのダイニングテーブルに、トーストとスクランブルエッグとサラダ…のプレートが3つ。
もちろんオレとあかりと、そしてアキラの分だ。
「おはよう、藤崎さん」
「あ、おはよう塔矢さん。塔矢さんもコーヒーでいいかな?ブラックだったよね?」
「うん、ありがとう」
オレに引き続き、アキラの前にもコーヒーを置いたあかり。
当たり前だけど、その顔は笑ってない。
どころか、少し引き攣ってる?
あ、やべ、アキラの首にキスマーク付いてる。
それを見逃すあかりではない。
でもってそれを隠すアキラでもない。
あーあーあー…またいたたまれない朝の始まりだ。
アキラとも結婚するっていざあかりに打ち明けた時、もちろん揉めに揉めた。
あかりは泣き叫んで、アキラを罵って、オレを叩いて、そして実家に帰ってしまった。
でも、結局は帰ってきてくれた。
重婚も許してくれた。
それは相手がアキラだったから。
「他の女だったら絶対に許してないけどね!」
でも塔矢さんだから――私は塔矢さんには敵わないから。
離婚されるぐらいなら重婚を認める――泣きながらそう許してくれた。
「ただし、別居は許さないから。テレビで重婚夫婦は奥さんごとに家を持つのが普通だとか言ってたけど、私はそんなの絶対に嫌だから。だって…」
だって、そんなことしたらヒカルは絶対私の元に帰って来なくなる。
今までだって、塔矢と打つから、塔矢と検討するからって、昼夜問わず出かけてたじゃない。
結婚なんかしちゃったら、それこそ私の方には寄り付かなくなる。
――そう訴えられて、オレは絶句した。
何も言い返せなかった。
だからオレとあかりとアキラという、変な結婚生活がスタートしたんだ。
……でも、いたたまれない。
やっぱり、いたたまれない。
特に、朝が。
話し合いの末、オレは偶数日はあかりの部屋で、奇数日はアキラの部屋で寝ることになった。
(オレの部屋は無いのだ…)
昨日は29日だったから、後者、アキラの部屋に泊まったわけだ。
もちろん、アキラの出張中はあかりの部屋で寝てる。
アキラと喧嘩した時もあかりの部屋で寝る。
(これがまた結構多かったりする…)
あと、あかりの排卵日前後も彼女の部屋だ。
(結婚してもう3年になるのに子供が出来ないことを気にしてるらしいのだ)
てことで、結局は大半をあかりと寝てるわけだから、彼女はこの重婚生活にまだ納得出来ているらしい。
アキラも元々性欲の薄い女だから構わないらしい。
ああ…でもオレはアキラが好きだから、(しかもまだ新婚だしぃ)、実のところもっとしたい。
まだまだヤり足りない。
だから、アキラと寝る時はここぞとばかりに求めまくってしまう。
それがあかりが気に入らないのだと分かっていても、止まらない。
(あかりとは排卵日以外ほとんどしないのだ…)
アキラのキスマークに気付いあかりが、唇を噛んだ。
わなわな奮えながら、でも何言もなかったかのように振る舞う彼女は強いと思う。
ごめん。
ごめんなあかり…。
今夜はお前ともするから…さ。
「ヒ…ヒカル、今日は和谷君の研究会だっけ?」
「そ。夕飯までには帰るよ」
「分かった。…塔矢さんは?」
「僕は棋院で取材と…、あと実家に呼ばれてるから行ってくるよ。夕飯も向こうで食べてくると思う」
「…そう」
「藤崎さんは?」
「私?私は…中学時代の友達とランチする予定なの。結婚が決まったみたいで…」
「そうなんだ」
あかりとアキラは、決して下の名前では呼び合わない。
昔のまま、旧姓のままだ。
それは女の意地とプライドからきてるのかもしれない。
一方、オレとアキラは結婚すると同時に呼び方を改めた。
アキラ。
アキラアキラアキラ…。
コイツのことを、そう呼べる日が来るなんて…思いもしなかった。
一生『塔矢』のままだと思ってた。
今更アキラと結婚出来るなんて思いもしなかった。
2012年に施行された重婚法は、オレにとって、最低で、最高の、法律となった――
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