●ARRANGED MARRIAGE 3●
「アキラさん、お待たせ」
「進藤さん」
12月14日―――駅前で待ち合わせたオレらは、一緒に碁会所に向かった。
仕事の後だからちょっと疲れてるけど、打つのは佐為だし、その後のことを考えると顔がニマッとなって勝手に体が回復してくる。
誕生日ってことだから、一応レストランを予約しておいた。
一応ホテルも。
<ヒカル、浮気はいけませんよ>
「分かってるって」
「?何がですか?」
「あ、いや、こっちの話」
碁会所に着くと、一斉にじーさん連中がオレらに注目した。
この前と同じ奥の席に座ると、オレと彼女の周りをずらっと囲んできた。
コイツ平気でギャラリーしょってるよな…。
プロって皆そんなもんなのか?
「お願いします」
「お願いします」
佐為が黒、塔矢が白。
一手目―――17の四。
二手目―――4の四。
三手目―――16の十七。
四手目……
息つく暇もなく次々と石が置かれていく。
佐為と出会ってからのこの5年間、オレは毎日碁を打ってきた。
平安一、江戸一のこの藤原佐為と毎日だ。
自惚れじゃない。
オレ自身、絶対既にプロ初段ぐらいの力をつけたと思う。
でもアキラちゃんは更に上。
佐為はその更に上。
まるで見下してるような碁だった―――遥かな高みから―――
「…負けまし…た」
一時間後―――消え入りそうな声で…彼女は負けを認めた。
綺麗な涙目に、第三者のオレはドキッとなる。
「…あなたは何者なんですか…?」
「オレ?普通のサラリーマンだよ。そしてキミの婚約者」
「婚約者…?」
「親同士はそのつもりらしいよ。気が早くて困るよな…ホント」
「……もし結婚したら、僕と毎日打ってくれますか…?」
「もちろん。アキラちゃんが望むだけ…打つよ」
佐為が…だけど―――
<ヒカルったら、私を利用してアキラさんを口説いてる>
お前だって、名人と打ちたいんだろ?
もし結婚したら義理の父親だ。
打つ機会なんて山ほど出来る。
打ちたいなら黙ってろ。
<彼女は…瑠璃さんはどうするんですか?どうなっても知りませんからね>
分かってる。
でも、オレはこの塔矢アキラを手に入れたいんだ。
絶対に。
今すぐに―――
「…場所移さないか?今日誕生日なんだろ?一緒にお祝いしよう」
「え?検討…は?」
「店閉まっちゃうからさ、メシ食った後でもいい?」
「…分かりました」
連れていったのは個室があるイタ飯屋。
彼女とも何度か来たことあるワインが美味しい店だった。
飲ませて碁のことなんか忘れさすつもりだったのに、さっきの対局の内容が気になるみたいで、会話はずっとちぐはぐ。
上の空って感じ。
仕方ないからもう食べながら検討することにした。
「…進藤さんて、ネット碁もするんですか?」
「…したことはあるけど。何回か」
オレは、何回か。
「sai…っていう強い方がいるんです。進藤さんの碁…saiにそっくりでした」
「……」
当たり前といえば当たり前か。
saiは佐為のハンドルネームだ。
雨で碁会所に行くのがかったるい時とかは、よくネット碁で遊ばせてやっていた。
「saiはネットの世界では神様のような存在なんです」
「へぇ…」
「進藤さんがsaiなんですか?」
「違うよ」
「本当に?」
「婚約者にそんなすぐにバレそうな嘘つかないよ」
「…そうですか」
すげーな、佐為。
お前ネット碁の神様だってさ。
<ネットとやらでは、たまにしか打ってませんのにね>
それだけお前の力がすごいってことだよ。
この囲碁界のプリンセスを手に入れられるぐらいな。
<よかったですね。ヒカルの本当の実力じゃあ、きっと見向きもされませんからね>
……お前って、ホント痛いとこ突いてくるよな…。
いいんだよ。
結婚さえしちまえばこっちのもんだし。
その後でバレようが、どうってことない。
それに絶対バレないし。
佐為、お前がいる限りはな――
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