●ANNIVERSARY 1●


「んー、20日しか空いてねぇな…」


そろそろ昼食の準備に取り掛かろうと台所に行くと、ヒカルがホワイトボードの前に突っ立って、スケジュールの確認をしていた。


「どうかした?」

「ん?いや…な、あかりの大学にそろそろ指導碁に行ってやろうと思ってんだけど、今月はもう20日しか空いてないなぁ…って」

「…20日に行くつもりなのか?」

「うん、そうするー」

早速携帯であかりさんにメールを送り始めた。

僕はその様子を台所からひたすら睨み付けた。




……信じられない……




ヒカル…20日が何の日か絶対忘れてる。

去年あれだけの騒動があったくせに!

キミってイベントごとには煩い方なのにどうして今回に限って?!

しかも忘れてるだけならまだしも、他の女と予定を入れるなんて!

それって僕に対する侮辱じゃないのか?!



ダンッ!!



「…アキラ?」

包丁を力任せにまな板に突き刺した。


「…出かけて来る」

「え?あ…うん」

「佐為よろしく。彩は連れていくから」

「分かった…」


黙々と準備をする僕を見て何かを察したのか、玄関を出る直前で腕を掴まれてしまった。

「ア、アキラ、何時頃帰ってくる?」

「…もう帰らないかもね」

「は?」

ヒカルの表情が去年の今頃を思い出してか、一気に暗くなった。

腕も更に強く握って、離してくれそうにない。


「…冗談だよ。夕ご飯までには帰る」

「そ…そっか」

「……」

ヒカルの顔を睨み付けて、行ってきますも言わずに部屋を出た。


ヒカル…オレ何かした?!って顔してたな…。

確かに何もしてないけどね、でも何もしないことが罪になることもある。

自分の誕生日を忘れてるだけならまだ許せる。

僕だってたまにあることだ。

でも結婚記念日を忘れるとはどういうことだ?!

僕との大切な記念日を忘れるなんて…。

絶対夕ご飯までになんか帰ってやらない。

キミが20日が何の日か思い出して、ちゃんとあかりさんのことも断るまで、もう絶対に帰ってやらないんだから!!






「ツインルーム一部屋でよろしいですか?」

「はい」


実家に帰ったらすぐにバレるので、僕はしばらくホテルで過ごすことにした。

このホテル……キミは覚えてるよね?



チンッ



宿泊室のある32階に着くと、エレベーターホールから東京が一望出来た。

「彩ちゃん綺麗だね〜」

彩をベビーカーから降ろし、抱っこしてその風景を見せた。

「このホテルね、パパとママが初めて泊まったホテルなんだ」


もう3年近く前の話だ。

でもまだたった3年…。

結婚してからはまだ2年しか経ってないのに…

2回目の結婚記念日だったのに…

もうキミは忘れちゃったんだね…―



カチャ


部屋に入ると申し込んだスタンダード・ツインより何ランクか上の部屋の光景が目に入ってきた。

一体ホテル側はどうやって即座に僕の素性を調べてるんだろうっていつも不思議になる。

『塔矢アキラ』名義で泊まったから?

デポジット用のカードがゴールドだったから?

こんな部屋……どうせならヒカルと泊まりたい…―


「彩ちゃん、ミルク飲もうねー」

まだ4ヶ月になったばかりの娘は、口元に乳房を翳してあげると美味しそうに吸い出した。


可愛いな…。

ヒカル似の目が大きくて顔が小さい、僕とは180°違うタイプの女の子。

僕だけの血じゃこんな子は産まれない。

ヒカルの血が入ったから…こんなに可愛いんだ…。


「彩ちゃん…しばらくパパに会えないけど許してね…」


本当は今すぐにでも思い出して迎えに来て欲しい。

僕の行き先なんて…キミなら簡単に予測出来るだろう?


早く来て…――














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