●TIME LIMIT〜明人編〜 2●





ピピピピピ……


「うわ、やべ…もう指導碁の時間だ」


携帯のアラームで起きたオレは、急いで身仕度して部屋を出た。

棋院までのわずかな移動時間で、美鈴ちゃんに初メールを打ってみる。


『明人です。今朝はすごく嬉しかったです。

今度一緒にどこか遊びに行きませんか?』


……ちょっと固いか?

ま、いいや。

彼女になったとはいえ、やっぱり向こうは年上だしな。

送信…と。


指導碁が終わった後、携帯を開けると――美鈴ちゃんから返事が来ていた。


『やっほー★私は土日ならいつでもOKだよ♪明人君が大丈夫な日教えてね!明人君のお部屋にお邪魔したいなぁ…なんてvv それとも私の部屋に遊びに来る?』


美鈴ちゃんの部屋……す、すっげー行きたい!

土日?

オレのスケジュールどうなってたかな…。




手合課に確認しに行くと、あんまり会いたくない人物に会ってしまった。


「よう、明人」

「父さん……」

「棋聖リーグ頑張ってるみたいじゃん。アキラにも勝ったんだって?」

「当たり前だよ。来年こそ父さんからタイトル奪うつもりなんだから」

「そっか、いい意気込みだ。楽しみにしてるからな」

「……」



今は四冠のオレの父親。

昔は雲の上の存在、あの神的な強さに憧れも抱いていたけど――今は違う。

勝てない相手じゃないと思う。

来年こそ、父さんを超えてやる…!


「あ、たまには夕飯でも食べに帰ってこいよ。明菜も明良子も会いたがってる」

「うん…また気が向いたらね」

「ま、一人暮らしが楽しい気持ちも分かるけどな。あ、彼女連れて来てもいいからな♪いるんだろ?」

「は、はぁ?連れていくわけないし!」

「ははは」


美鈴ちゃんを彼女として紹介なんか…出来るわけがない。

そりゃ…夕飯を一緒に、とか、美鈴ちゃんに話したら喜んで来そうだけど…。

美鈴ちゃんは父さんが初恋だからなぁ…。

昔から知ってることだけど、やっぱりちょっと複雑な気分だ。

美鈴ちゃんはオレが父さんと瓜二つだから…オレと付き合ってくれたのかな……





「えっと…来週の土曜は空いてるな」


父さんが帰った後、改めてスケジュールを確認すると、土日は来週の土曜が空いているみたいだった。

その後は一ヶ月ぐらい土日は空いてない…。

よし、来週に決まりだな!



『明人です。来週の土曜日は空いてますか?』


送信。

棋院を出たところで返信が来た。


『空いてるよ♪どこで待ち合わせる〜?』

『美鈴ちゃん家まで車で迎えに行きますよ。住所は姉さんから聞いてるからたぶん大丈夫です。10時頃でもいいですか?』

『OK〜じゃあ10時に私の家の前でね!楽しみ♪』

『オレも楽しみにしてます』


へへ…やった。

デートの約束をしてしまった。


早速携帯のスケジュール帳に

『10:00 美鈴ちゃん家の前』

を加えてみる。


どこ行こう。

なに着て行こう。

車、洗車しなきゃな。

部屋も片付けておこう。

あ、デートってことはもしかしたら…またするかもしれないし、一応今度はちゃんとゴムも準備しておこう。

そんな余計なことまで考えていると、ふと昨晩の美鈴ちゃんの肌を思い出して…顔が熱くなってしまった。


めちゃくちゃ…気持ちよかった。

高校の時にしたセックスとは天と地の差ぐらい違った気がした。

してることは同じなのに、相手次第でこんなにも自分の感じ方が違うもんなんだな…。









****************









「明人君、おはよ」

「おはよう…美鈴ちゃん」


待ちに待った土曜日。

ナビを頼りに美鈴ちゃんの住んでるアパートに行くと、まだ約束の時間まで15分もあるのに、もう外で待っててくれた。


「この辺りよく似たアパート多いから、迷うかな〜と思って」

…だって。

すげー嬉しいんだけど!


「今日は天気いいね。ね、ドライブしようよ♪明人君の運転してるところ見てみたいな」

「いいよ」

「ていうか、いつ免許とったの?全然知らなかった〜」

「高校卒業してすぐかな。美鈴ちゃんも持ってるんだっけ?」

「うん。地元に帰った時はお母さんの車借りてよく乗ってるよ。こっちは駐車場代高すぎだから乗る気にならないけど…」

「ふーん…」



美鈴ちゃんの地元、美鈴ちゃんの実家かぁ…。

確か父さんと姉さんが昔住んでた家の隣なんだよな?

姉さんは今もよく遊びに行ってるみたいだけど、オレは一度も行ったことがない。

行ってみたいな…。


「明人君も今度一緒に行こっか♪」

「え?」


考えてることを読まれたみたいで、美鈴ちゃんがクスクス笑いながら言ってきた。


「私も明人君を親に紹介したいし」

「えっ?!」

「ビックリするだろうな〜うちの親。おじさんとそっくりな明人君を見たら」

「………」


そういうの……なんか嫌だ。

オレはオレなのに…。

父さんじゃないのに…。

美鈴ちゃんはオレが父さんに似てなかったら…やっぱり付き合ってくれなかったのかな……


「…そういえば明人君って、いつから一人暮らし始めたの?」

「姉さんと同じ18です。学校を卒業して棋士一本の生活になったら…何か家に居づらくなって…」

「…そうだよね。おじさんもおばさんも棋士だもんね…」

「父さんとは滅多に当たらなかったけど、母さんとはしょっちゅう当たってたし。母さんとこの後リーグ戦で戦うって日に、母さんが作ってくれた朝ご飯を食べてる時…何かちょっと違うなって思ったんだ」

「へぇ…」

「あ、オレの部屋来ます?」

「うん、いくいくー♪今から行こ!」



適当に走ってたドライブを終わらせて、自分の部屋に向かうことにした。

オレが18の時から住んでるマンションに。

両親と真剣勝負で戦う為に引っ越した部屋に――







「わ〜、いい眺め〜!ハタチのくせに高層マンションだなんて生意気よ〜」

「はは…」


1LDKの23階。

東京湾も見える程よくいい眺めに、美鈴ちゃんは夢中みたいだった。


「あ」

「え?」

「あのホテル」

「ホテル?」


美鈴ちゃんが指差したのは、汐留にある某ラグジュアリーホテルだった。


「私が初めて東京に来た時にね、明人君のお母さんがとってくれたホテルなんだよ」

「え?初耳…」

「私は千明と一緒に泊まって。おばさんはおじさんと泊まってさ。明人君の両親が8年ぶりに再会したホテルなんだって」

「へぇ…、オレが生まれる前の話か…」


美鈴ちゃんがオレの耳元に顔を寄せてきた。

コソッと囁かれる。


「でさ、おじさんとおばさんがハタチの時に、千明を作ったホテルでもあるんだって♪」

「は?!つつつ作ったって…っ」

「エッチした結果、千明が出来たってこと」

「いや、それは分かるけど…」


何でそんな他人のプライバシーを美鈴ちゃんが知ってるんだよ…

美鈴ちゃんが知ってるってことは姉さんも知ってることなのか?

父さん達…子供になんてこと話してるんだ…



「ね、私達も今夜あのホテルに泊まってみない?」

「えっ?!マジで??」

「ダメ?」

「い…いいけど…」

「やった♪どうせなら私達も子作りに励んでみる?」

「はっ?!」



な…ななな……


クスクス笑う美鈴ちゃん。

オレの新鮮な反応を見て楽しんでいるみたいだった。

あのさ…、確かにオレはあなたより遥かに年下ですけど、オレだって正真正銘成人してる大人の男なんですよ?

しかも美鈴ちゃんをめちゃくちゃ愛してる。

めちゃくちゃ好きだ。

子作りしようとか言われたら……本気にして本気で頑張っちまうんだからな!








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