●TIME LIMIT〜明人編〜 1●





「まだ夢みたいだ……」



念願の彼女を手に入れた朝。

生まれて初めて朝帰りをした朝。

自分の部屋に帰ってきたオレは、まだ信じられない思いのままソファーに倒れていた。

ずっと握りしめたままの携帯を開く。

さっき新規登録されたばかりの、彼女の携帯番号とメールアドレスを再確認すると、

「へへ…」

と思わず顔がニヤけてくる。

嬉しさが隠しきれない。

興奮が抑えきれない。

あ、でも、今日昼から指導碁の仕事が入ってるんだった。

ちょっとでも寝とかないとやっぱマズイよな…。


「やったー!!」


と心の中でもう一度喜んだ後、オレは二度寝をする為に目を閉じた――

昨夜会って今朝ゲットするまでの…一部始終を思い出しながら―――








****************








「男なんてもう懲り懲りっ!!」


ビールを怒りに任せてグヒグビグビ〜と豪快に一気飲みした彼女は、空になったジョッキをダンッっと机に打ち付けた。

さっき彼氏にフラれたばかりのこの彼女の名前は、渡邊美鈴。

来月29歳になる28歳。

ごく普通のOL。

オレの姉、進藤千明の一番の親友だ。

オレは彼女のことを物心がつく前から知っていた。

見た目も可愛いが性格はもっと可愛いくて、正直で、屈折がなくて、何よりも恋愛第一。

頭はいいがどこか地味で恋愛音痴なあの姉を、ずっと横でサポートしてきた女性だ。


オレはそんな彼女のことが…美鈴ちゃんのことが、ずっとずっと好きだった。

オレがハタチになってもまだ美鈴ちゃんが独身だったら、告白しようってずっと前から決めていた。

やっとハタチになった。

今日がその日だ。

好きだって…絶対に伝えてやる!



「明人君は彼女いるの〜?」

「え…?」


酔っ払ってもう半目状態の彼女が、ケラケラと聞いてきた。


「いません…けど」

「ふーん…そうなんだぁ。今は囲碁が恋人って、感じ?」

「そういうわけじゃないけど…。す、好きな人はいるし…」

「あ、そうなんだ?告白しないの〜?」

「………」


するよ。

今日。

でも、今このタイミングじゃない。

こんな騒がしい居酒屋では御免だ。

もっと静かな…二人きりになれるところに行かないとな…。


「美鈴ちゃん、まだ飲む?」

「私だって飲みたくないのよ?飲みたくないのに止まらないのぉ。あーもー、いつから失恋を癒すのにお酒が必要な体になっちゃったんだろう…」

「じゃ、もう出よう?」

「…出てどこ行くの?」

「静かなところ」

「ふーん…静かなところ、ねぇ…」


クスクスと何やら意味深に笑われてしまった。




会計を済ませて店を出ると、途端に美鈴ちゃんはオレの腕に手を絡ませて…頭を凭れかけてきた。


「美鈴…ちゃん?」

「いいよ…明人君の行きたい所に行こ」

「え?」

「遠慮しなくていいよ。どこに行きたいの?お姉さんに正直に言ってごらん♪」

「どこって…」


別に、静かで告白出来るとこなら…どこでも。

どこか近くにないかな、と顔を上げると―――



「 ・ ・ ・ 」



すぐに視界に入ってきた場所の看板に、思わず体が固まって立ち止まってしまった。

頭にラブが付く、恋人達の為のホテル。

ゴクッ…と唾を飲み込んだ。

確かにここなら…静かだし、二人きりにもなれるけど……


「入らないの?」

「えっ?!」

「静かなところってココでしょ?私、明人君となら別にいいよぉ〜」



は?!



「オ、オレ…別にそんなつもりじゃ…。――て、美鈴ちゃん、オレとならいいって………本気で?」

「うん、いいよ♪」

「………」


美鈴ちゃんが腕に絡めていた手を更に強く、ギュッと抱き着いてきた。

胸の感触がハッキリと分かるぐらいにまで密着。

自分の下半身が少し反応したのが分かった。


「それとも明人君は〜私みたいな30前のオバサンとじゃ嫌なのかな?」

「そ、それは絶対ない!嫌なわけがない!」

「本当に?」

「じゃ、じゃあ入ろう。嘘じゃないって証明する」

「やだー、どうやって証明する気〜?」


クスクス笑う彼女の手を引っ張って、中に入っていった。



どうしよう。

めちゃくちゃ緊張する。

こういうホテル…正直言って初めてだし。

でも美鈴ちゃんの方は慣れてるのか、手際よく部屋を選んで、手順がよく分かってないオレをふざけた振りして知らず知らずのうちにサポートしてくれていた。

姉さんがどうして毛違いな美鈴ちゃんと、もう何十年もずっと一緒にいるのか……少し分かった気がした。

でも、慣れてるのって…やっぱりちょっと落ち込む。

そりゃ美鈴ちゃんはオレより9つも上なんだから、9年間分人生経験が多いんだから、仕方のないことなのかもしれないけど……





「ふーん、思ったより素敵な部屋ね」

「そ…だね」


部屋が近付くにつれて高まっていた緊張が、部屋に入った頃にはピークに達していた。

変な汗が出てくる。

そんなオレを見て、美鈴ちゃんはまたクスクス笑ってきた。


「明人君ってエッチしたことあるの?」

「…一応。高校の時付き合ってた子と何回かは…」

「ふーん」



オレも一応、年相応の女の子と付き合ったことがある。

半年…もたなかったけど。

あの頃もずっと美鈴ちゃんが好きだったオレ。

でも美鈴ちゃんはとっくの前に大学も卒業した大人で、年上の更に大人な男と付き合ってて。

絶望したオレはいい加減諦めようと、他の女の子にも目を向けようと、クラスメートと付き合い始めてみたんだった。


でも……やっぱり駄目だった。

美鈴ちゃんがいい。

美鈴ちゃんじゃないと駄目だ。

なんでこんなに好きなんだろう。

オレがこんなに一途なのは、きっとあの両親のせいだ!

それでも、それでも美鈴ちゃんが結婚してしまえば、諦めがつくと思っていたんだ。



―――でも彼女は未だに結婚していない―――



しかも彼氏にフラれて…フリーだ。

おまけに今、オレのすぐ横にいる。

こんな二人きりの場所で。

男と女が愛し合う為だけのホテルで。

やっぱり、今しかない。

今日しかない。

今気持ちを伝えないで一体いつ伝えるんだよ!

後悔だけはしたくない―――



「美鈴ちゃん、オレ…」

「なに?」

「オレ、美鈴ちゃんのことが好きだよ」

「私も明人君のこと、好きよ」

「え…?」


ふふっと笑った彼女が突然オレの右手を両手で引っ張ってきて――ベッドに倒された。

美鈴ちゃんが仰向けになって、オレは彼女を上から見つめる…そんな態勢に。


「…ね、早くしよ」

「え…?」

「明人君だってそのつもりだったんでしょ?前フリとか別にいらないから、さっさとしましょ」

「さっさとって…」

「やだ、そんな軽蔑した目で見ないでよ。いつもはこう見えてもそんなに軽い女じゃないのよ?でも、今日は無理なの…。無理なのよ……」


彼女の目尻から涙が零れた。


そっか…、失恋したばかり…だもんな。



「慰めて…明人君。あの男のこと…忘れさせて」

「………」


オレの告白……うやむやになった。

でも、今ちゃんと告白しても、きっと彼女にオレの気持ちは伝わらない。

今の彼女にそんな余裕はない。


「美鈴ちゃん…」

「明人く…―――」


今は、彼女を失恋の痛みから解き放してあげる方が先だ。


「―…ん…っ、…ん…ん…」

長い長いキスをして。


「あ…んっ、ぁ…は…ぁ…ん…」

長い長い愛撫を体中にして。


「や…っ、あ…っ、あぁ…っ」

でもって長い長いセックスをしてみた。


「は…美鈴…ちゃん…」

「あぅ…気持ちいいよぉ…。こんなエッチ…久しぶり…。若いっていいね…」

「年なんか…関係ない。美鈴ちゃんのことが好きだから…」

「……ありがと」


好きだから、ずっと繋がっていたい。

あっさり出して終わりにしたくない。


「…く…っ」


でも、さすがにもう限界かも。

出したい――このまま彼女の中に。


「あぁ…っ――」


最後にもう一度激しく打ち付けたオレは、彼女がイって意識を失うのを確認してから、溢れさせた。


別に出来たっていい。

出来たらむしろ本望だ。

美鈴ちゃんを…確実に手に入れられるから――







スヤスヤ眠る美鈴ちゃんの横で、オレは自分の行動に笑いがこみあげてきた。

オレ…30年前の父さんと同じことしてる。

母さんが好きで好きで仕方のなかった父さん。

オレも美鈴ちゃんが好きで好きで仕方がない。

結婚もしてない、付き合ってもないのに、子供が出来るようなことして…。

むしろ子供が出来ればいいのに、とか思って。


起きたら美鈴ちゃんは何て言うんだろう。

そもそも今夜のこと…覚えてるかな?

(ラブホには…オレが強引に誘ったことにしよう)



でも、美鈴ちゃんが起きたら今度こそちゃんと気持ちは伝えるつもりだ。


「好きだよ」って―――









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