●AGAIN+ 1●
「進藤さん、おはようございます」
「ん、はよー…」
ふあぁと大きな欠伸をしながら棋院の中に入っていくオレを見て、松澤さんはクスッと笑いながら付いてきた。
「お、進藤じゃん」
「はよー、和谷」
「仲良く松澤さんとご出勤か?」
「そこで会っただけだって」
和谷の冗談を聞き流しながら、松澤さんとエレベーターで上の出版部に向かう。
彼女は先日女流本因坊を勝ち取った期待の新星。
16歳。
真っ黒なストレートのロングヘアーと、この落ち着いた雰囲気は誰かさんにそっくりで、たちまち人気急上昇してきた。
今日はその彼女と対談らしい。
「もうすぐ1年…か」
「え?何がですか?」
「いや…別に」
――塔矢アキラが中国に行ってもうすぐ一年――
オレはこの一年、死にものぐるいで頑張ってきた。
一人で――
名人と棋聖はリーグ入りした。
本因坊は挑戦者にもなれた。
私生活だって、オマエに言われた通り誰とも付き合ってない。
身長だって伸びたんだぜ?
家を出て自立もした。
今日みたいな対談にもなれた。
気の利いたトークも出来るし、年上を敬うことも年下を引っ張っていくことも出来る。
オマエがいつ帰って来てもいいように、いい男になったつもり。
だから、早く帰ってきてくれ!
「今年一番のニュースは何だと思いますか?」
松澤さんとの対談では珍しくお題が与えられた。
彼女の中でのトップニュースはもちろん女流本因坊になれたことらしい。
「ずっと夢だったんです」
と可愛らしく笑ってくる。
その笑顔が誰かさんの営業スマイルと似てて…少し胸が熱くなった。
「あ、でもニュースと言えば、塔矢先生のお子さんの件は驚いたかも」
「あ、オレも」
今年1月―――塔矢元名人に待望の第二子が誕生したニュースはたちまち囲碁界中を駆け巡った。
つまり、塔矢に弟が出来たわけだ。
「すごいですよねー」
「うん。でも塔矢先生の奥さん…明子さんって言うんだけど、確かまだ37、8歳で若かった気がするから不思議ではないかも」
「へー」
何号か前の週刊碁にも取り上げられていて、先生が赤ん坊を抱いてる写真が載っていた。
どっからどう見ても初孫に喜ぶおじいちゃんの顔だよなーって、和谷達と爆笑してしまった。
「赤ちゃん見てみたいな〜」
「あ。来月の始めに帰国されるそうですよ」
「本当ですか?わーい」
「……え」
対談を聞いていた記者が割り込んで教えてくれた。
…本当に?
塔矢が本当に帰ってくる??
来月の始めに??
その後の対談はほとんど記憶にない。
ただアイツがいつ帰ってくるのか詳しい情報が知りたくて、終わったのと同時にダッシュで棋院から出て―――塔矢んとこの碁会所に急いだ。
もしかしたら、情報通の市河さんなら詳しいこと知ってるかもしれない。
「あら、進藤くん。いらっしゃい」
「あ…あの、塔矢が帰ってくるって聞いて…」
「あら、よく知ってるわね。5月9日に帰ってくるそうよ」
「何時の便か知ってますか?」
「成田に昼の1時に着くCA便よ」
「ありがとうございますっ」
「迎えに行くのかしら〜?」
「あ、はい」
大人しく待ってなんかいられない。
空港まで迎えに行く。
一番に駆けつけて、この手で塔矢を抱きしめるんだ―――
NEXT