●9 MEMORIES 6●
●○● ActE 思い出の場所 ヒカル ●○●
アキラの入院中、オレはアキラのベッドで一人で眠っていた。
記憶を失ってしまった彼女。
もう二度とこの家に帰ってきてくれなかったらどうしよう。
もう二度と一緒に寝れなかったらどうしよう…って、すごく不安だった。
でも、そんな不安は無意味だった。
例え付き合う前にまで記憶が戻ってしまっても、オレらはずっと両想いだったから。
また同じ道を歩めばいい。
もう一度最初からやり直せばいいだけの話――
「―…ん……」
「あ、起きた?おはよ」
オレに腕枕されたままで眠っていたアキラが目を覚ました。
「……進藤?」
「…うん」
オレのことを『進藤』って呼ぶってことは、まだ記憶が戻ってない証拠だろう。
ちぇ、残念。
ちょっと期待してたんだけどなー。
「僕……」
素っ裸な自分の体を見て驚いていた。
そしてオレも裸なことを知って、恥ずかしそうに向こうを向いてしまった。
そんな彼女を後ろからそっと抱きしめる。
(ついでに胸も揉む)
「ちょっ、朝っぱらから何を考えてるんだ…!」
「いいじゃん、今日は一日フリーだし。新婚に朝も昼も夜も関係ねーよ」
「キミは結婚する前から年中発情期じゃないか!」
―――え…?
「え?あれ…?僕…」
「アキラ!もしかして何か思い出した??」
「う、ううん…。勝手に口が動いて…」
「そっか…」
でも、それっていい兆候じゃねぇ?
よし、じゃあ今日はアキラとの思い出の場所巡りをしよう♪
とりあえず昨日途中までになっていたアルバムの続きを、朝食を食べながら一緒に見ることにした。
「これは?覚えてる?初めて一泊旅行した時のやつ」
「…京都?」
「当たり♪で、こっちは博多で、これが広島。これが沖縄。こっちが北海道。外国も行ったんだぜー。韓国にグアムにベトナムにシンガポールに香港に…」
「ちょっと旅行しすぎじゃない?」
「まぁ9年間分だから」
「そうか…」
旅行の度に買ったガイドブックは、テレビ横の本棚に全部収納してある。
ちなみに、このガイドだけはまだ使っていない。
「フランス?」
「んー、新婚旅行で行くつもりだったんだよ。…もうキャンセルしちゃったけど」
「そう…」
フランスは元々アキラの希望だった。
この15歳のアキラも興味があったのか、キャンセルと聞いて少しガッカリしたみたいだ。
「でも、いつか行こうな」
「うん…そうだね」
「それよりさ、今日どこに行く?初デートの水族館とかまた行ってみるか?何か思い出すかもしれないし」
「それより…キミがプロポーズしてくれた場所に行きたいな」
「……え…?」
プロポーズ…の場所?
「オマエ、どこだか覚えてるのか?」
「…ううん。ちょっと興味があったから言ってみただけ…」
「…じゃあ、行くか?」
「連れてってくれるの?」
「ああ」
出かける準備を終えたオレらは、一緒に車でその場所に向かった。
そこはオレらにとってどこよりも馴染み深い場所。
棋院だ―――
「え?ここ…?」
「もっとロマンチックな場所想像してた?」
「そ、そういうわけじゃないけど…」
ここの7階にある、埃臭い資料室。
オレがこの棋院で一番好きな場所。
ここでオレはこの世界で誰よりも愛おしい塔矢アキラに…プロポーズしたんだ。
「『結婚しよう』って…」
「僕…泣いた?」
「ううん…オレに抱き着いてきた。嬉しいって、即答してくれた」
「そう…ごめんね、忘れちゃって…」
そのあとしばらく一緒に佐為の棋譜を堪能した後、オレらは資料室を後にした。
エレベーターで再び下に下りると、ちょうど入れ違いで事務の人に会ってしまった。
「ああ…塔矢先生、もう大丈夫なんですか?驚きましたよー、結婚式で倒れられた時には」
「え?あ…すみませんでした」
アキラの記憶喪失は一部の人しか知らない。
オレは「すみません、急ぐんで」と彼女を慌てて車まで引っ張っていった。
助手席のシートベルトをつけた後、アキラがボソリと
「結婚式の会場に行ってみたい…」
と呟いた。
「……」
「駄目…?」
「…いや。じゃあ行くか…」
本当を言うと、もう二度と来たくなかった場所だ。
またあの時の後悔を思い出す。
でもこのアキラにとっては初めての場所。
スタッフに頼んで教会の中にも入れて貰った。
「ここで僕…キミと永遠の愛を誓ったの?」
「うん…」
「誓います、って?」
「ああ。で、指輪交換してキスもした」
アキラが左薬指に収まっている結婚指輪を改めて興味深く見出した。
「キミとお揃いなんだね」
「そ。サイズが違うだけ」
「ふぅん…」
指からリングを外して、オレに渡してきた。
「もう一度ハメて?」
「いいよ」
彼女の指に戻して、あの時と同じようにキスしてやった。
「次は披露宴会場も見たいな」
「じゃあ行こうか」
再びスタッフの人に頼んで中に入れてもらう。
「そうそう、エンディングで流す予定だった式のハイライトのDVD、見てみませんか?」
スタッフの方がスクリーンに、その1分足らずの映像を流してくれた。
そこには大勢の人に祝福されて、幸せそうに顔を見合わせているオレらが映っていた。
思い出したくもない結婚式だったけど、改めて見返してみると…結構いい式だったのかも。
…アキラが倒れるまでは…
「キミのタキシード姿…格好いいね」
「オマエのウェディングドレス姿も綺麗だよ」
「うん、僕じゃないみたい…」
アキラがウットリと映像に見入っていた。
スタッフの人がお土産にそのDVDをくれたので、アキラは家に帰ってからもエンドレスに見続けていた。
「恥ずかしいけど…嬉しいね、こういうのって」
「そうだな…」
「憧れだったんだ、ウェディングドレスって。着れてよかった。キミのおかげだよ」
アキラがオレの口にそっとキスしてきた。
もちろんそんなキスじゃ満足しないオレは、今度はオレの方から唇を重ねた。
「…んっ、ん…ん…っ」
舌を絡めたままソファーに押し倒し、オレらは今日はここで愛を確かめ合うことにした――
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