●9 MEMORIES 3●
●○● ActB 帰宅 アキラ ●○●
「絶対に嫌だ!」
「オレだって嫌だ!」
「何で僕がキミと一緒に住まなきゃならないんだ!」
「夫婦なんだから当たり前だろ!」
「キミと結婚した覚えはない!」
倒れたものの、体にどこも異常がなかった僕は数日で退院することが出来た。
入院中、毎日お見舞いに来てくれた両親と、久々にゆっくり話が出来たのはすごく有意義だった。
父が外国に行きだしてからはこういう時間が減っていたから。
ただ、気になるのは同じく毎日お見舞いに来てくれていた進藤ヒカルの存在。
僕の夫だと言い張って聞かないんだ。
いつ、僕がキミと夫婦になったって言うんだ。
まだ15歳なんだから普通に常識で考えても有り得ないことだろう。
そして今日、退院のこの日にもまたノコノコやってきた。
僕が自分の家に帰るのは普通のことなのに、
「オマエの家はオレの家なの!」
とまた訳の分からないことを言ってきかない。
「とにかく、僕は両親と暮らすから。キミとは住まない」
「嫌だ!絶対に引きずってでも連れて行くからな!家に帰れば何もかも思い出すって!」
「何度も言うが僕は何も忘れていない!キミと僕はただのライバル、赤の他人だ!」
フンッと僕は彼に背を向け、両親の待つタクシーに足を進めた。
が、腕を掴まれ阻止される。
「…分かった、じゃあ住まなくてもいい。とにかく家に来てくれよ。そうだ、打とう。オレと打とうぜ、塔矢!」
「………」
進藤に打とうと誘われたら断れないのが僕の悲しい性だ。
入院中もたくさん打てて幸せだった。
小さくコクンと僕は頷いた。
「お父さんお母さん…すみません。一局打ってから帰ります」
「いいのよ、何局でも好きなだけ打ってきなさい。そのまま進藤さん家に居着いても結構よ」
「お母さんまで…!ちゃんと帰ります!」
両親を見送った後、僕は恐る恐る進藤の車の助手席に乗った。
15歳のくせに…運転出来るなんて。
いや、でも、本当は皆の言う通り…僕はもう24歳なんだろう。
この入院中も鏡を見る度にそう思った。
でも記憶がないんだ。
僕の中で進藤はただのライバルでしかない。
…いや、本当は他の気持ちもある。
必死に隠してきた気持ち。
進藤が好きだという気持ち。
いつか打ち明けれたらいいなって密かに思っていた。
それなのに、いきなり成長した進藤が僕のことを妻だとか言い張るから…困惑しているんだ。
僕が病院で目覚めたあの日が、僕らの結婚式だったんだって。
入籍は式の前に済ませたんだって。
これから行く家には…もう二ヶ月も一緒に住んでるんだって。
記憶のないこの9年間で、僕らはただのライバルから恋人へ、そして夫婦にまでなったらしい。
一体どんな9年間だったんだろう…。
どうして僕は…忘れてしまったんだろう……
「あのマンションだよ。どう?懐かしいだろ?」
「全然。初めて見た」
「…そっか」
進藤が残念そうに眉を傾けた。
でも本当は少し…見覚えがあった。
進藤の駐車場の番号は確か…31番。
ほら、当たった。
進藤が31番のスペースにバックで止め出した。
「隣の赤いのがオマエの車」
「僕も運転出来るの…?」
「もちろん。オレより早く免許取ったぜ、オマエ」
「………」
両親は二人とも運転しなくて、常に移動はタクシーだった。
少なからず不便だと感じていた僕は、18歳になったら絶対すぐに免許を取ろうって思っていたんだ。
ちゃんと叶ったみたいで少し嬉しくなった。
「オレらの部屋は5階。501号室」
じゃーんと鍵を見せてくれる。
「オマエも持ってるぜ。カバン、開けてみろよ」
「え?」
あまり見覚えがないけど、母に渡された僕のカバン。
中には財布、携帯、手帳、ハンカチ、キーケースが入っていた。
キーケースには、今進藤が取り出したのと同じ鍵と、実家の鍵と、あと車の鍵が付いていた。
自分の鍵で恐る恐る部屋を開けてみる。
「ここがオレとオマエの愛の巣。何か思い出さない?」
「………」
興味津々にひと部屋ずつ覗いて行った。
お風呂…トイレ…台所…リビング…ダイニング…和室。
和室の真ん中には碁盤が置いてあった。
「これ…僕の碁盤だ…」
「そ。オマエが持ってきたやつ。塔矢先生とこれで毎朝打ってたんだろ?オレとも毎日打ちたいって持ってきたんだぜ」
「………」
最後に、お風呂場の前のドアを開けた。
ベッドが二つ。
寝室…だ。
精神年齢がまだ15歳の僕は、頬が少し赤くなってしまった。
「右のベッドがオレで、左がオマエ。本当はダブルベッドがよかったんだけど、オマエが分けたいってきかなかったから分けたんだぜ」
「………」
「でもオレのベッドあんまり使ってないんだよなー。何でか分かる?」
「…ひ…ゃ」
進藤がいきなり後ろから抱きしめてきた。
彼の熱い吐息が耳にかかって、立ってるのもやっとになる。
「オレ…いつもオマエのベッドで寝てたんだ。もちろん…二人とも裸でな」
「は、離せ!変態っ!!」
強引に払いのけて、僕は彼から離れた。
信じられない。
信じられない信じられない信じられない…!
進藤がこんな、真昼間から下ネタを簡単に言っちゃうような、変態親父になっちゃったなんて!
15歳の彼は、恋愛なんか興味ありませんみたいな顔して、碁ばっか打ってたのに!
「……なぁ、アキラ」
「ア、アキラって呼ばないでくれ!馴れ馴れしい…!」
「オレがいつオマエに告ったか…覚えてる?」
「告られた覚えはない!付き合った覚えもない!」
「15歳の時の6月6日」
「え…?」
「5月までは覚えてるんだろ?そのすぐ後なんだよ、オレがオマエに告ったのは」
「…そう…なんだ」
「好きだ、付き合ってほしいって言ったオレにさ、オマエなんて返事したと思う?」
「………」
ギクリとした気がした。
もちろんその時のことは覚えていない。
でも、今、進藤に告白されたら僕は何て答えるのだろう。
それを考えると…すぐに答えは出る。
「『僕もずっと好きだった』って言ったんだよ、オマエ」
「……っ」
「ずっと、って確かに言った。つまりさ、今のオマエもオレのこと好きなんだろ?好きって気持ちは既にあるんだろ?」
「………」
再び近付いてきた進藤が、今度はゆっくり…優しく僕を抱きしめてきた。
チュッと…髪にキスされる。
「アキラ…好きだ…」
「進…藤…」
「今のオマエにも好かれてる自信があったから、ここに連れて来たんだ」
「………」
「好きって言ってくれよ…。赤の他人だなんてさ…言わないでくれ…」
「進藤…」
「好きだ…アキラ、ずっと好きだ…」
「…うん…」
彼の瞳から涙がこぼれていた。
彼の涙を見るのは二回目のはずなのに…何故かもう何回も見てるような気がした。
何度も何度も好きを連発されて、僕の心は締め付けられるように苦しくなる。
嬉しくておかしくなる…。
「もう一回…オレのものになってくれる…?」
「…うん、いいよ…」
承諾した僕の言葉にホッとしたらしい。
進藤は僕の手を取って、和室に連れていった。
「打とうぜ。9年後はオレ、ここまで強くなってるんだぜ。惚れ直してくれよな」
「うん…キミに鍛えてもらおうかな。ちょっと悔しいけど…」
「心配するなって。9年後のオマエはもっともっと強くなってるから。なんせ現名人だぜ」
「…ありがとう」
時間を気にすることなく進藤と心行くまで打つ。
毎日打つ。
9年後の僕は何て素敵な生活を手に入れてるのだろう――
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