●9 MEMORIES 2●
●○● ActA 病院 ヒカル ●○●
オレとアキラの一生に一度の晴れ舞台、結婚式。
オマエが中断したくなかった気持ちは分かるよ。
だけど、こんな2、3時間の式より、オマエの体の方がずっとずっと大事だ。
分かりきってたことなのに……どうしてオレはあの時すぐに彼女を下がらせなかったんだろう。
倒れるまで無理させたんだろう……
「残念ですが…」
医者から腹痛の原因が流産だと知らされたオレは、しばらく固まって動くことが出来なかった。
妊娠してたのかという驚きと、駄目だったという悲しみと、全然気付いてやれなかった悔しさと。
「もう少し早ければ…何とか持ちこたえたかもしれないんですけどね」
医師のこの言葉にトドメを刺された気がした。
…もう少し早ければ助かってたんだ…
アキラが辛そうにお腹を押さえていたのは、倒れる何十分も前から気付いていた。
もしすぐに病院に連れて行ってたら……
あの時すぐに動かなかった自分が情けない。
オレもアキラと同じ気持ちだったってことか。
結婚式を…最後までやり遂げたかったんだ。
アキラの大丈夫だという言葉を鵜呑みにして、縋ったんだ。
「あ、気付いた?」
病院に運ばれてから数時間後、アキラが目を覚ました。
何も知らない彼女はただ、結婚式を中断してしまったことを後悔していた。
んなもん…もうどうだっていいよ。
それよりオマエに伝えなきゃならないことがあるんだ。
でも…言えない。
ただでさえショックを受けてる彼女に、更にショックを与えるわけにはいかない。
追い追いだ。
子供のことは追い追い…話そう。
子宮は綺麗にしてもらったから、そのうち生理はまた来るだろうし。
そのうちまた新しい命を授かるかもしれない。
その時に、昔話みたいな感じで話すのもいいかもしれない。
うん、そうしよう。
「アキラ!担当の先生呼んできたぜ」
医者を連れて再び病室に戻ってくると、アキラは体を起こして窓の外をボーッと眺めていた。
オレにゆっくりと視線を向けてくる。
「………進藤?」
「え?うん…」
彼女の顔が歪んだ。
オレの体を上から下まで舐めるように…ジロジロ見てきた。
「キミ…ちょっと見ない間に老けたんじゃないか?」
「は…はあ?どこが?」
「それよりここはどこ?僕はどうしてこんなところにいるんだ?対局中にでも倒れた?」
「なに言ってんだよ、さっきも言っただろ?式場近くの病院だって。式の途中で倒れたんだよ、オマエ」
「式?何の式?誰かのタイトルの授位式か?」
「なに言ってんだよ…、オレらの結婚式に決まってるだろ?」
何か…アキラの様子が変だ。
式を中断したショックで記憶が飛んだか?
いやいや、さっきは普通に覚えてたし…
「結婚…式?僕と…キミの?冗談だろう?」
「じょ、冗談なわけねーよ。この日の為にオレら、半年近くも準備してきたんじゃん。ショックで忘れちまったのか?」
「何を言ってるんだ、だって僕らはまだ15歳だよ?結婚なんて出来るわけがない」
は…あ…?
「そもそも僕らは付き合ってもいない。キミと男女の交際をするだなんて有り得ない。全く、なに寝ぼけてるんだか」
「せ、先生…これ…」
オレは横にいた医者の白衣を引っ張った。
もう先生に縋るしかなかった。
どういうことだよこれ……
どうなってんだよ……
「自分の名前が分かりますか?」
「塔矢アキラです」
「何歳ですか?」
「15歳です」
「生年月日は?」
「昭和61年12月14日です」
「今日が何年の何月何日だか分かりますか?」
「平成14年の5月…何日だろう。ちょっと分かりません」
先生が直ぐさまアキラに質問をしだした。
ハキハキと当たり前のように答える彼女。
分かったのは、オレらが付き合っていた9年間分の記憶がごっそり無くなってるということ。
アキラにとって、オレがただのライバルでしかなかったあの15歳の春にまで、彼女は戻ってしまったんだ―――
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