●FEMALE+γ 1●
――ヒカルはすごいと思う――
「5月5日に産まれる!」
なんて自信満々に言われても、僕は正直言って信じることが出来なかった。
だけど事実、予定日の3日になっても産まれそうな気配は全くなくて、破水が始まったのが何と5日の朝だった―。
彼って何者なんだ…?
「佐為〜、可愛いだろ?お前の妹だぞ」
「…ちっちゃい」
2人目が生まれてから3日目。
今日は佐為も連れて、ヒカルは朝から面会に来てくれた。
僕のお腹が引っ込んでしまったから最初はショックを受けていた佐為も、今はすっかり赤ちゃんの方に夢中だ。
ベビーベッドの隙間から手を入れて、体をプニプニ突っ突いている。
「ヒカル、名前考えてくれた?」
「おぅ!佐為に合わせてみたんだけどさ、こんな名前でどう?」
ヒカルが半紙を広げ、じゃーんと墨で書いた名前を見せてくれた。
「汚ない字…」
「いや、それは分かってるから。名前の感想を言ってよ」
半紙には『彩』と書かれてある。
「また『さい』って読めるんだけど…」
「うん、だから佐為に合わせたって言っただろ?こう書いて『あや』と読むのです」
『あや』…。
「可愛い名前だね」
「だろ〜?昨日徹夜で辞書片手に考えたんだぜ。な、これにしていい?」
「いいよ」
承諾すると、ヒカルはヨシッっとガッツポーズして、早速赤ちゃんに呼びかけ始めた。
「彩ちゃん、パパですよ〜」
「あやちゃん…?」
「うん、佐為の妹は彩ちゃんて言うからな。忘れるなよ?」
「あやちゃん…あやちゃん…」
佐為が忘れないよう何度も口ずさみ始めた。
佐為はまだ1歳半だけど、僕らの言うことをかなり理解しているような気がする。
語集はまだまだ少ないから、簡単な返答しか出来ないけどね。
「退院は12日だって?」
「うん、その後また一週間ぐらい実家に戻るよ。佐為も預かるから」
「え…、オレは…?」
「キミは家で彩を迎える準備でもしてて」
「……」
また一人かよ…とヒカルが口を尖らせた。
「…オレも泊まっちゃダメ?」
「ダメ。キミは大事な棋戦があるだろう?家で一人ゆっくり集中力を高めて臨んでくれ」
「一人の方が気になって集中出来ないんですけど…」
ブツブツ言うヒカルに微笑みかけた。
「キミが子育てに積極的なのはすごく助かるし…嬉しいよ」
「じゃあ…」
「だから、本因坊戦が始まったら僕はほとんどキミに任せきりになると思うんだ。その為にも今のうちに少しでも休んでおいてほしい」
「……分かったよ」
しぶしぶ納得してくれたヒカルに近付き、そっと頬にキスをした―。
「頼りにしてるから…あなた」
ヒカルの目が大きく見開いた―。
「アキラ…今―」
「うん…初めて言っちゃった」
少し頬を赤めた僕を彼はキツく抱き締めてくる―。
「すげぇ嬉しい…。オレ立派な夫になった…?」
「うん…。キミは立派な夫で、立派な父親で、立派な棋士だよ。キミの妻であることを本当に誇りに思う」
「それ誉めすぎだって…」
照れている彼の頬にもう一度キスをした―。
…でも僕は本当にそう思うんだよ?
キミと夫婦で良かったって――
「…あ。そういや昨日の晩に社に電話したらさ、すげー悔しがってたぜ」
「ああ…そういえばキミ、賭けしてたんだっけ」
「うん。で、今日見舞に来るとか行ってたけど…」
「今日?明日の手合いはこっちであるのか?」
「かもな。よくは聞かなかったんだけど…」
コンコン
「お、来たかな?どうぞ〜」
丁度いいタイミングでノックをする音がし、ドアが開いた先には予想通りの人物が立っていた。
「進藤、塔矢、おめでとさん」
「サンキュー社」
ヒカルがドアに向かっていく。
「あれ?妹?」
「違うって、俺の彼女。こいつが東京見物したい言うてな、今回は一緒に上京したんや」
「へー、初めまして」
「初めまして」
社の横には身長が150そこそこしかないと思われる、可愛い感じの女性がいた。
社と並んだらすごい身長差で、ヒカルが妹と間違えたのも無理ないかもしれない。
「紹介するな。同じ棋士仲間の進藤ヒカルと、その奥さんの塔矢アキラや!」
「夫婦別姓なんですか…?」
彼女がもっともな質問をしてきた。
ヒカルが慌てて補足し始める。
「違う違う。仕事ん時は旧姓のまま塔矢を名乗ってんだけど、本名はちゃんと進藤アキラだよ」
「ま、ややこしいからお前も塔矢って呼べばいいわ」
「うん」
ヒカルは隣で改めて
「進藤アキラっていい響きだな…」
とか言ってジーンっと感動していた…。
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