●3rd FEMALE+β 3●


「泊まってもいいんやったら、ぜひそうさせてもらうわっ!ホテルやキャンセルしたらいいだけの話やしっ」

「うん、泊まっていきなよ。いいよね?ヒカルも―」

「ええ?!本気か?!アキラ!」

「もちろん。社とはもう半年以上対局してないし、次いつ当たるのかも分からないしね―」

「おぅ!今夜は打ちまくろうや」

「なんだか北斗杯の時の合宿みたいだね」


「……はぁ、分かったよ」

既に社と打つ気満々のアキラに反論出来るわけがなく、オレはしぶしぶ了解した。





「へー、いいマンションに住んどるんやなぁ。買ったん?」

「まぁな」

「おー、さすが名人様様や」

マンション買ったのは名人位を取る前なんだけど…というツッコミはもうする気もおきねー。

社には遠慮という文字はないのか?

マジで泊まる気かよ!


アキラが夕飯の支度をしている間、オレは社とリビングで打つことにした。

ちなみに当然佐為はアキラのお腹にベッタリだ。


「進藤と打つんも本因坊戦以来やなぁ」

「そうだな。ちっとは強くなったんだろうな?」

「うわっ、失礼やな自分」

「はは」

あの本因坊リーグは社にとっては初のリーグ戦だったのに、初戦であたったのは何と緒方さん。

当然コテンパンに中押しで敗れた後、第二戦で当たったのはオレだった。

緒方さんの一戦で自信をなくし気味だったこいつを倒すのは容易だったよな…。

「でもホンマあのリーグでは勉強させてもらったわ。次から次にタイトルホルダーと当たって正直テンパりすぎやったんかも…。気持ちの切替えが上手くいかんかった」

「おまけに最終戦が桑原先生だったもんな、お前。遊ばれまくってたじゃん」

「あの人キッツいわ〜。出来ればもう当たりたくないっ」

「はは、んなこと言ってたらタイトルなんて一生取れねぇぞ」

「そうなんよな…。はぁ…落ち込む。俺ってまだまだや…」

「ま、明日の碁聖頑張れよ」

「おー」


対局が中盤に差し掛かったあたりで、アキラが呼びに来た。

「ご飯出来たよ。打ち掛けにして」

「はーい」

「待ってました!」


ダイニングテーブルはちょうど4脚なので、社はオレの隣りに座ることになった。

「おーカツ丼なんや。旨そ〜」

「うん、社が明日の対局にドンと勝てるように」

「ホンマ?ありがとな〜」

「…アキラさん。オレも明日王座戦なんですけど…」

「うん、キミも頑張って」


『も』?

付け足しですか?オレは―。


「うわっ、めっちゃ旨いやん!塔矢って料理も得意なんやな」

「そんなことないよ。和食は得意だけど、洋食は進藤の方が上手だし」

「えっ?進藤、お前って料理出来るん?」

「一応定番メニューぐらいは…。アキラがいない時は自分で作らなきゃなんねーし」

「えー、オレだったら奥さんがおらん時は外食で済ますけどなぁ…」

「佐為がいるからいちいち外に行くの面倒なんだよ」

「あー、なるほどな」

その佐為はアキラにご飯を食べさせてもらっている。

最近は柔らかくて消化のいいものなら、結構何でも食べることが出来るんだ。

出がよかったアキラの母乳も、佐為が飲まなくなってからは自然と出なくなった。

またお腹の子が産まれたら出るようになるんだろうけど―。

…ちょっと楽しみ。


「あ、オレ明後日は手合いの後、和谷ん家で研究会だから夕飯いらねぇから」

「分かった。一応書いといて」

「ああ」

オレが例のホワイトボードに書き込んでいると、社が声をあげた。

「えっ、何それ?!お前らの予定表?!」

「…そうだけど?」

「有りえへんって!進藤お前どこに休みあんねん」

「あるじゃん。今日も休みだったし、来週の火曜も空いてる。再来週は金・土と連休だし……あとはもう無いか。でもみどりの日から5月の10日まで大型連休だしな」

嬉しそうにその連休にチェックするオレを見て、社はハッとしたように頷いた。

「あー、もしかして産休なん?」

「そ。オレは付き添い休♪」

「なんやそれ…」

「大変だったんだぜ?手合い調節してもらうの。結局アキラには25日まで頑張ってもらわねーといけないしな。本因坊戦は絶対外せないから、産後も2週間しか休めねーし」

本当は5月中は休ませたかったんだけど…と溜め息をついた。


「なぁ…何で5月5日に花マルなん?予定日って3日なんやろ?」

「うん…まぁそうなんだけどさ、産まれるのは5日だから」

「はぁ??何でそんなん分かんねん!」

「分かるの。オレの子供だもん♪」

社はますます首を捻ってきた。

「…塔矢、進藤の言ってることの理解が出来んのやけど―」

「実は僕も。なぜか進藤の中じゃ5日に決定してるらしくて…」

「絶対5日!賭けてもいいぜ!」

「ほ〜、ほな賭けるか」

「いいぜ、何にする?」

「ちょっと二人共…」

止めに入ろうとしたアキラの肩に手を置いた。

「心配すんなって。オレこの勝負には100%勝つ自信がある」

「ほ〜、凄い自信やな。んじゃオレが負けたら、その子用のチャイルドシートとベビーカーをセットでプレゼントしたるわ。しかも一番高いやつ」

「マジ?お前アレの相場知ってんの?給料の3分の1は軽く飛ぶぞ?」

「ええよ」

「ふーん。じゃあオレが負けたら…そうだな、お前が結婚する時に7桁包んでやるよ」

「え?!ホンマ?」

「ああ」

アキラはもうバカは放っておこう…と佐為を寝かしに寝室に行ってしまった。


社、悪いな。

オレはこの勝負、負ける気がしねぇんだ。



――絶対――










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