●3rd FEMALE+β 2●


はぁ…と溜め息をついて、恐る恐る振り返った。

「偶然やなぁ」

「社…お前ってどこにでもいるな。オレを付けてんじゃねーだろな?」

「何言ってんねん。そこまで暇ちゃうわ」

「……」


話によると、社は昨日まで四国のイベントに手伝いに行ってたらしい。

で、明日は棋院で対局があるから、大阪には帰らずその足で東京に直行したらしいのだ。


「お、佐為君やん。えらい大きくなったなぁ。もう歩けるんや」

「当たり前だろ。とっくに1歳になってんだし」

社が佐為の頭を撫で撫でし始めた。

佐為はアスパラガスの花のような真っ白な社の髪を興味深そうに見てる。

「塔矢は?お前らだけなん?」

「その塔矢を迎えにきたんだよ」

「あ、なるほどな。…ん?じゃあお前…車でここまで来たん?」

「そうだけど…?」

嫌な予感がして、思わず後退りをしてしまった。

「なぁ進藤〜。棋院まで送ってってくれへん?」

「はぁ?!ぜってーヤダ!モノレールでも京浜線でも乗って勝手に行きやがれ!」

「冷たいこと言わんといて〜。色々今まで相談に乗ってやったやん。そろそろ恩返ししてくれてもいいんとちゃうん?」

「ヤダぜ!何が相談だよ!ロクでもないことばっか吹き込みやがって!」

「でも佐為君が産まれたんはオレのおかげやん?な?佐為君。お兄ちゃん、パパの車に乗ってもいいよな?」

「…うん」

「ちょっ…佐為っ!頷くな!」

「ほら進藤、佐為君から許しが出たで。というわけで、よろしくな♪」

社が肩にポンっと手を置いてきた。

「ったく、アキラがダメだって言ったら乗せねーからなっ!」

「分かってまーす」

塔矢が断るわけないやん、ってあからさまに顔に書いてやがる。

ああ、そうだよ!

よく分かってんじゃん!

アイツは優しいからな!



仕方ないのでオレは諦めて3人でアキラを待つことにした。

そして6時過ぎ――ようやくアキラが出てきた。

「ママぁ!」

「ただいま、佐為」

佐為は勢いよくアキラに抱き付き、早速お気に入りのお腹を撫で始めた。

「アキラお帰り」

「ただいま。ごめんね、迎えに来てもらって……って、あれ?社?」

「お、おぅ!久しぶりやな、塔矢っ」

声が裏返ってる社が、オレの腕を掴んでその場から連れ去った―。


「進藤っ!塔矢また妊娠しとんのか?!」

「またって何だよ。まだ二人目じゃん」

「しばらく休ませてやるんやなかったんかいっ!あ、もしかして去年の秋にお前が拒まれたって言うてたんは…妊娠してたからなんか?」

「うん、そうだったみたい」

社が大きな溜め息をついて、再びアキラと佐為の場所に戻っていった。


「塔矢…めっちゃお腹デカいやん。今何ヶ月なん?」

「9ヶ月目だよ。もうあと1ヶ月ちょっとかな。予定日は憲法記念日なんだけど」

「へー、楽しみやな。今度は女の子?」

「よく分かったね」

「そりゃも〜、オレの未来の嫁さんやしな〜…うぐっ―」

またロクでもないことを口走った社の首を腕で絞めた。

「だから誰がオマエなんかにやるかよっ!」

「く、苦しいって!進藤!冗談やん!心配せんでもオレ彼女おるしっ」

「ったく」

オレらのやり取りを見て、アキラは苦笑していた。


「あ、そんでな塔矢。良かったら棋院まで送ってって欲しいんやけど〜」

「ああ、僕は構わないよ?運転するのは進藤だし、彼がいいなら―」

「進藤は塔矢から許しが出たらいいって」

「じゃあ乗っていきなよ。いいよね?ヒカル?」

「…オマエがいいなら」

予想通りの展開になって、しぶしぶ4人で駐車場に向かった。



「うわっ、めっちゃいい車に乗ってんやん!さすが名人様様やな」

「社は車乗ってねーの?」

「免許は一応取ったんやけどな、家のすぐ近くに駅があるし別に必要ないんや。伊丹もめっちゃ近いし」

「なるほどなー」

アキラと佐為が後部席に乗ったので、隣りの助手席には社が座った。


「塔矢は運転せぇへんの?」

「僕はまだ免許自体持ってなくて…。そのうち取りたいとは思ってるんだけど、もう少し落ち着くまでは無理かな」

「そやなぁ。ま、それまでは進藤をアッシーに使ったらいいわ」

「そうそ。オマエの為ならどこまででも送り迎えしてやるよ」

「ありがとう。じゃあ来週の第二戦は新潟であるからそこまでお願いしようかな♪」

「え?!いや…それはちょっと…東京駅までで勘弁して下さい」

「冗談だよ」

アキラが後ろでクスクス笑ってる。


第二戦は新潟なんだな…。

良かった。

まだ新幹線で行ける距離だ。


「社、君は明日棋院で対局なのか?」

「そうやで〜。桝井八段とな。碁聖戦やねん、進藤」

「へー。んじゃ今年の挑戦者はお前になることを楽しみにしてるぜ」

「はぁ…ホンマ一度でいいからなってみたいわ」

「はは」


関西棋院所属の社は今現在オレと同じ四段だ。

今調子いいみたいで、連勝も続いているらしい。

実はこの前の本因坊リーグで、社も初めてリーグ入りしてきた。

まぁ結局は1勝7敗と惨敗だったんだけど―。

ちなみに挑戦者になったアキラが8戦全勝で、アキラと緒方さんに負けたオレが6勝2敗。

取りあえず本因坊戦はリーグ残留出来てオレも一安心だ。


「今夜はどこに泊まるんだ?」

「水道橋のホテルやで。こっちに来た時はたいていそこか、師匠の知り合いの家やねん」

「ふーん…。うちに泊まってくれても良かったんだけど、ホテル取ってあるなら仕方ないな」


「「え?!」」


アキラの発言に、オレと社は同時に声をあげた―。












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