●3rd FEMALE+β 1●
「ママぁ〜」
――3月も終わりに近付いた春の日の午後
パソコンで棋譜整理をしていたら、また佐為がアキラを探し始めた。
「ママはお仕事だって言っただろ?今は下関にいんの」
佐為を抱き抱えてダイニングに移動した。
ここには壁にホワイトボードがかけてあって、オレとアキラの月間予定が書き込んである。
最近は口伝えだけではお互いのスケジュールを把握しきれない為、一目で分かるようにとアキラが提案したんだ。
ついでに佐為の送り迎えはどっちがするだとか、この日は夕飯はいらないだとか、あらゆることを書き込んだりしていた。
そして3日前から今日まで、『アキラ』の段には矢印して『下関・女流名人・第1戦』と書かれてある。
アキラは先日ようやくオレとの7番勝負が終わったかと思ったら、次は女流タイトルの方の防衛が始まってしまったんだ。
「ほら、下関はここだぞ。遠いだろ?」
ちなみにそのホワイトボードの横には日本地図と世界地図を貼ってあって、佐為にオレらがどこにいるのか教えるようにしている。
もちろんオレもあまり地理は得意じゃないから、自分でもたまに確認したりするんだけど―。
「今日の夕方には帰ってくるから、もう少ししたら一緒に迎えに行こうな」
そう言うと嬉しそうに頷いてきた。
実は佐為はアキラのお腹が目当てだったりする。
もうすぐ臨月に入るアイツのお腹はかなりデカい。
触ると動くし、今の佐為の一番のお気に入りで、アキラがいる時は常に楽しそうに撫で撫でしてる。
もちろんオレも触りまくってるけどな。
あと1ヶ月ちょっとで産まれるのかと思うと本当に楽しみだ。
佐為の時の教訓を活かして、今回はもうすでに出産日の休みは確保済み。
もちろんその前後もたっぷり取ってある。
え?ゴールデンウィークはイベントが目白押し?
んなもん知ったことじゃない!
仕事より奥さんと子供が大事なのに決まってんじゃん!
何がなんでも今回は立ち会うぜ!
「ん〜パパぁ〜」
「え?もう行きたいのか?」
佐為は待ちきれないらしく、早く行こうと急かして来た。
早く行っても飛行機の着く時間は変わらないんだけど……まぁいいか。
「んじゃ行くか!」
「うんっ」
佐為をチャイルドシートに乗せて、車で羽田まで向かうことにした。
あのお腹で飛行機に乗るなんて有りえねー!って随分反対したんだけど……結局はオレが負けてしまったんだよな。
アキラは新幹線で小倉か新下関まで行って、そこから在来線に乗り換えて…とそっちの方が時間ばかりかかって有りえないっ!と言ってきたんだ。
はぁ…何でこんなに地方戦が多いんだ?
棋院ですりゃいいのに…。
ブツブツ言いながら運転してるオレの横で、佐為は楽しそうに外を眺めていた。
「ママだぁ〜」
「は?」
視線を佐為の目先に向けると、大きなお腹をした女性が歩いていた。
…どうやら佐為の中では妊婦さんは皆アキラになってるらしい。
「佐為〜、あの人はママじゃないぞ。顔をよく見てみろ」
「んー…?」
よく分かってない様子。
「ママのお腹もあと少しで引っ込んじまうだからな、ちゃんと顔で覚えとかねーと」
「えーー」
「『えー』じゃないって。楽しみだろ?お前にも妹が出来るんだぜ♪」
「いもおと…?」
「そ。女の子だからな。ママのお腹にはお前の妹がいるんだよ」
あーマジで楽しみになってきた。
名前何にしよっかな〜。
オレとアキラみたいに何か明るい感じのカタカナでいくか?
それとも佐為に合わせようかな。
でもやっぱ顔を見てから決めねーとな!
…にしても羽田って遠い…。
高速使っても電車使っても自宅から1時間近くかかるし。
結構頻繁に使うから、やっぱ家は羽田の近くに建てようかな。
いや、騒音が凄そうだから……やっぱパス。
あと東京駅にも近い方がいいし…もちろん棋院にも近い方がいいだろ?
アイツやオレの実家にも近い方がいいし…。
佐為が海王に行くんなら、もちろん学校にも近い方がいいよな。
オレは別に公立の小学校でもいいような気がするんだけど……まぁ佐為の頭次第かな。
オレ似ならまず無理だし。
「着いたぞ〜」
ようやくターミナル2の駐車場に着き、佐為を降ろして空港内に入って行った。
だけどまだ5時半すぎ。アキラの便は6時に着く予定だから…出てくるのは6時過ぎだろう。
「…一応遅れはないみたいだな」
出口前の電光掲示板にはON TIMEと表示されている。
「何か飲むか?お前オレンジジュース好きだよな〜」
そう言って佐為を連れて喫茶店に入ろうとしたその時だった―。
「あれ?進藤やん」
オレはまたしても不吉なあの男の声に呼び止められたんだ―。
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