●FEMALE+β 2●
「あー疲れた」
前夜祭の会場からようやく抜け出してこれたオレは、部屋に戻った途端ベッドに倒れこんだ。
「全然食いもん食べれなかったしー」
「だから言っただろ?」
前夜祭は予想通りお偉いさん方に挨拶挨拶、んで取材にスピーチにまた挨拶。
肝心の夕食に手を付ける暇は全く与えてくれなかった。
「アキラ〜腹減ったー。死にそうー」
「昼間のチョコの残りならあるけど…」
「えー、オレ、ラーメン食いたいー。ラーメンラーメン」
「無理言うな。坦々麺やワンタン麺ならあると思うけど…」
「もう麺類だったら何でもいいー…」
お腹をぎゅるるるーと鳴らすと、アキラがやれやれとルームサービスのメニューを手に取った。
「坦々麺でいい?」
「おぅ!」
「じゃあ僕は炒飯とマンゴープリンにしよう」
「あ、オレもデザートいるー」
「はいはい」
受話器を取って、流暢な英語で注文しだした。
やっぱすげーなコイツ…。
さっきの前夜祭もオレにはずっと通訳が付いてたのに、アイツは自分で直に話してたし。
しかも英語じゃない言葉でも。
カチャ
「…なぁ、さっき前夜祭で話してたの何語?」
「あぁ、広東語だよ。こっちの母国語」
「へー、オマエそんなのしゃべれるんだ」
「北京語の方が得意だけどね。中学の時から勉強してるし」
「ふーん」
改めてアキラのスゴさを思い知らされる。
「オマエ高校行きゃ良かったのにな」
「もし行ってたらキミと結婚してなかったかもね」
「えぇ?!それは困る!」
慌ててガバッと起き上がったオレを見て、アキラがクスクス笑った。
「…レーザー見逃しちゃったね」
「もう9時過ぎてるからな」
「でもすごくいい眺めだよ」
「どれどれ?」
窓際でウットリしてるアキラの元に近寄った。
このタワーウィング21階からは香港島の景色が一望出来る。
ムードたっぷりで、オレも自然とアキラの肩に手を伸ばして…引き寄せた。
「綺麗だね」
「オマエの方が綺麗だけどな」
お決まりのクサい台詞を吐くと、アキラが吹き出した。
「キミって…――」
クスクス笑ってるアキラの口をキスで塞ぐ―。
「―…マジだって。100万ドルの夜景よりオマエの方が綺麗…」
「…ありがとう」
本当に嬉しいのか呆れてるのか分からないけど、オレの肩に凭かかって腕にぎゅっと纏わりついてきたアキラはすごく可愛かった。
「…明日は負けないから」
「オレも…―」
もう一度唇を合わせて、ルームサービスが到着するまで…ひたすらお互いの口の中を貪りあった―。
―――翌日
運命の第一戦が始まった。
タイトルは取ること自体も難しいが、その防衛も並大抵のことじゃない。
7大タイトルの中でも棋聖、本因坊、そしてこの名人のタイトルは特に歴史も長く、それゆえ賞金も高い。
その中の1つをまだ19、たかが四段のオレが保持しているのは異例のことで、若手の勢いのまぐれだという人も多い。
だから今回の防衛に成功してこそ、真に名人位を誇示出来るというものだろう。
その為にもこの対局の白星は絶対に譲れない―。
アキラは去年の12月に王座のタイトルを取ってから今波に乗っている。
この調子でとんとん拍子にオレに勝ち、5月からの本因坊戦に望みたいのだろう。
夫としてはアキラの栄華は嬉しい。
けれどライバルとしては絶対に負けれない状況だ。
1日目はアキラ優勢で、封じ手はオレが書くことになった。
オレら夫婦は対局が始まると終局まで一切口を聞かないことでも有名。
もちろん持ち時間8時間で2日間かけて行われるこの名人戦も例外ではなく、明日に備えて今日だけは別々の部屋を用意してもらうこととなった。
2日目はオレの追い上げが凄まじく、そのまま終局にまでなんとか持ちこめた。
結果はオレの半目勝ち。
だけどアキラも負けたとはいえ、今回は名人戦に相応しい内容の濃い出来となったので、満足げだ。
お互いの公式戦はあの散々だった本因坊リーグ以来だったから、名誉挽回のいいきっかけにもなった。
もちろん終局後、公式の検討に加え、部屋に戻ってからもお互いが納得するまで検討したので、またしてもレーザーを見逃したのは言うまでもない。
「あー、やっとオフだぜー」
香港滞在5日目――
対局の後は気持ち的にもかなり余裕が出てきて、今日1日はゆっくりアキラと過ごせそうだ。
「今日は何する?観光にでも行くか?」
「取りあえずお母さん達のお土産買わないとね。お昼は糖朝で食べて、夕食はマン・ワーに行こう」
……またか。
アキラの中では今日も一日買い物と有名レストラン巡りらしくて、思わず机に突っ伏してしまった。
「どうかした?」
「いや…、オマエって結構ミーハーだったんだな」
「そんなことないよ。皆が一度は行く所を行ってるだけだ」
「糖朝なんて表参道のに行きゃいいじゃん」
「日本じゃ行く時間がないから今行っておくんだ!」
…なるほど。
それもそうだな。
「なー、まだ買う気〜?」
それから4時間後―――免税店でお土産を買い漁るアキラに付いていけなくなり、ついに声を出した。
「キミのお父さんへのお土産がまだだ」
…いらねーよ。
あの親父、仕事仕事で何もしてくれてねーじゃん。
「オレもう疲れたんだけど…」
「だらしないな」
今にも座り込みだしそうなオレを見て、アキラが溜め息をついた。
「な、隣のランガムでお茶しねぇ?オレ、スイーツバイキング食いたいな♪」
「じゃあ買い終わったら行くから、先に行ってて」
「えー、アキラ一緒に来てよ。オレ注文出来ねーもん」
「メニューを指差せばいいだろ」
「そのメニューが読めないんだよ」
「バカか?!キミは!」
「うん、バカだから一緒に来てー、アキラちゃーん」
「もう!」
「へへ」
呆れているアキラをそそくさとギャレリアから連れ出した。
ディオール側の玄関から出ると、ホテルの横口は目と鼻の先だ。
ここって買い物の休憩にはちょうどいい立地なんだよな〜。
アキラも何だかんだ言いながら、来てしまえばよく食べる。
佐為の時は中々体重が増えなくて心配したぐらいだけど、今回はその心配は無用のようだ。
普段は食が細い分、今のうちに食い溜めしておいてもらおう。
だってコイツ、妊娠前なんてタイトル戦の度に軽く5sは痩せてたからな。
体重が戻る前に次のタイトル戦が始まった時なんて、見るも無残な姿だったぜ。
今だってこの状態でさえ平均体重あるのか怪しいもんだしな。
「このケーキ美味しいよ」
「マジ?オレも取って来ようっと♪」
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