●2nd FEMALE+α 2●
9/17―――結婚記念日3日前
オレは大阪での対局を予定通り終えて、自宅に戻った。
「ただいま〜…って、アイツは棋院か―」
まだ4時過ぎだから、佐為を迎えに行く時間も含めたら、早くてもあと2時間は帰って来ないだろう。
今日はアイツ…本因坊リーグだったかな。
今まで3連勝して順調みたいだ。
オレの方ももちろん今まで全勝。
そして来週、アイツとあたる。
勝った方が挑戦権獲得なのはまず間違いないだろう。
「はぁ…―」
今日どんな顔してアイツに会おう…。
3日ぶりだもんな…。
あの日以来だもんな…。
普通に話せるかなぁ…。
そんなことばかり考えながらテレビをぼーっと見てると、6時過ぎに鍵が回る音が聞こえた。
慌てて玄関に向かう。
「ただいまー」
「お帰り、アキラ」
オレに気付いたアキラはニッコリと、もう一度改めて挨拶してくれた。
「ただいま、もう帰ってたんだ」
「おぅ。3時半過ぎに東京駅に着くやつだったから」
「パァ…」
アキラに抱かれていた佐為がオレに気付き、抱いてほしそうに手を伸ばしてきた。
「ただいま、佐為」
即座に抱き上げてやると、嬉しそうに笑い出した。
佐為は現在9ヶ月。
言葉も二言三言覚えてきて、さっきのもそのうちの一つだ。
まだはっきりとは発音出来ねぇけどな。
もちろんママっぽいのも言ってる。
パパにママか……いい響きだぜ。
当たり前だけど、佐為にとってはオレらが両親になるんだよな。
そう思うと自然と顔がにやけてくる。
アキラと二人で出かけると単なるカップルにしか見られないけど、佐為が一緒だと自然と『家族』だと周りに認知され、オレらも当然のように『夫婦』扱いされる。
最高だよな。
眠そうな佐為を抱いたまま居間に戻り、ベビーベッドに寝かせてやった。
「子供って可愛いよなー」
「そうだね…」
二人で覗きこみながら、思わず笑ってしまう。
「――やっぱもう一人ぐらい欲しいかも…」
「……」
アキラの顔が赤くなって、下を向いてしまった。
肩にそっと手を回して、耳元で囁く―
「…な、作ろっか」
「…今日はダメ」
ちっ
また断られた。
でも大丈夫…まだまだチャンスはある。
「じゃあ…結婚記念日な。さすがにその日はいいだろ…?」
「……ダメだ」
え…
「…じゃあ、いつならいい?」
少し困惑したオレを見て、アキラが申し訳なさそうに…下目使いで答る。
「…しばらくは…したくない」
思わず大きく目を見開いてしまった。
「え…しばらくって…オマエ――」
「……ごめん」
何で…?
「…しばらくって…どのくらい?まさか今年いっぱいはしたくないとか言わねぇだろうな…?」
「……出来ればその後も」
それを言われてさすがにオレも声をあげた。
「何言ってんだよっ!それじゃあ誕生日もクリスマスもハロウィンも姫納めも姫始めもバレンタインも全部ナシってこと?!」
「ハ、ハロウィン…?それは関係ないだろ?」
「関係大有りだぜっ!Trick or Treat、お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぜ?って聞いて、くれないオマエに悪戯するのがオレの夢だったのに〜」
アキラが絶句した。
「ま、まぁそれはおいといても、何でクリスマスやバレンタインもダメなわけ?!ありえねーよ」
「……」
「オマエさ、オレがそんなに我慢出来ると思ってんのか?」
アキラがオレの方を睨み出した―。
「…キミは僕と、僕とのセックスと、どっちが大事なんだ…?」
「んなの両方大事に決まってんだろ!大事だから、好きだから抱きたいのがフツーなの!」
何だよ…。
人を欲望の塊のように言いやがって―。
まぁ確かにそうなのかもしれねーけど…。
――だけど…オマエだって、オマエだって…
「オマエこそ、オレとオレの碁と、どっちが大事なんだ?!」
「そんなの…選べない!『碁打ちのキミ』が僕は好きなんだ!」
じゃあ打たないオレは好きじゃねーのかよ!
すっげぇ…ムカつく…―
「あぁそう…じゃあ今から打ってやるよ」
「うん」
嬉しそうに返事をしたアキラを睨みつけた。
「――ただし、賭け碁だからな」
「え…?」
「オマエが勝ったらこれから毎日何局でも、嫌ってほど打ってやるよ。もちろんオマエの希望通り、セックスもしばらくナシでいい」
「……」
「――ただし、オレが勝ったらオマエの言うことは聞かねぇ。今夜も結婚記念日もハロウィンも誕生日もクリスマスも――全部抱かせてもらう」
アキラの顔から一気に血の気がなくなり、小刻みに首を横に振ってきた。
「嫌だ…そんな賭け出来ない」
「オレに勝つ自信がないのか?」
「そういうわけじゃないけど……もし負けたら――」
「ははっ、そんな弱気な『塔矢アキラ』は初めて見たぜ。いいじゃん、負けたって。たかだかセックスするぐらい――夫婦なんだし」
「嫌だっ!!」
本気で拒否してくるアキラを見て、目をしかめた。
「オマエ…そんなに嫌なのか…?オレに抱かれるの―」
「……」
「オレのこと嫌いになった…?」
「違う…」
「じゃあ何で?理由を言えよ」
「…言えない、…まだ言えない――」
「まだって…じゃあ、いつなら言えんだよ?」
「……結婚記念日」
「え?明々後日?そんなに待てねーよ。今言って」
「嫌だって!」
「言えよっ!」
「ヤダっ!!」
こいつ…。
「――もういい…」
「え…?」
「オマエ意味分かんねぇ…。もう勝手にさせてもらう」
「え…?あ、ちょっ…」
アキラの手を引っ張って寝室に連れて行った。
乱暴に布団に押しつけて――首筋に吸い付く―。
「やめてっ!」
「じゃあ理由を言えよ」
「……」
「言わないなら――オレもやめない」
「ちょっ…」
唇を鎖骨に這わして、捲りあげた服の下を探っていった―。
「やだっ…」
「いや…っ…」
「………」
「ん…眩し…―」
――翌朝、朝日の眩しさで目が覚めた。
横を見るとオレに背を向けて寝ているアキラがいた。
「……」
昨日はちょっと乱暴だったかな…。
でも最初抵抗していた割には、最後は大人しくなってたし…。
「アキラ…起きてる?」
「……」
「ごめんな…?」
後ろから抱き締めようとしたら、アキラが体を起こした。
浮腫んだ目でオレを見下ろす―。
「アキラ…?」
「……嫌だって言ったのに…」
「……」
「…キミがここまで最低だとは思わなかった―」
「オマエが…言わねぇから―」
「……もう一生言わない」
「え?」
布団から出たアキラは直ぐさま服を着出した。
と同時にいくつか服を鞄に詰め込んでいる。
「アキラ…っ?!」
寝室のドアを乱暴に開けて、居間にいる佐為を抱き抱えた。
「オマエ、なにして…」
財布の入ったいつものバッグも手に取って、そのまま玄関に直行しながら――アキラがそれを口にした。
「実家に帰らせてもらうよ…もうキミとはやっていけない」
「ま、待てよっ」
慌てて腕を掴んだけど、乱暴に振りほどかれた。
「DVするような夫はいらない…」
「え…?」
DV…?
「…さよなら、進藤」
『進藤』…?
バタンッ
「アキラっ…」
――結婚記念日2日前の朝
アキラは佐為を連れて出て行ってしまった――
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