●2nd FEMALE+α 3●


――あまりに突然に起きた今朝の出来事は…未だに実感が持てない――



「和谷…DVって知ってる?」

棋院に着くなり、和谷に尋ねてみた。

「DV?何かの略か?」

「塔矢に言われたんだよ……DVするような夫はいらないって―」

「お前…それって、ドメスティック・バイオレンスのことじゃ…」

「え?何それ…」

オレの反応に和谷が気まずそうに続ける。

「……家庭内の暴力」

「えっ?!オレ別にアイツ殴ってねーよっ」

「殴るとか蹴るとか身体的暴力の他にさ、心理的暴力とか性的暴力とか他にも色々意味があるんだぜ?」


性的…?


「え……あれって…、それになるのか…?」

「何?身に覚えがあるのかよ?」


「…嫌がる塔矢に…ヤっちまった…」

「マジ…?何やってんだお前…」

「……」

茫然と立ち尽くすオレを見て、和谷が大きく溜め息をついた。


「…で、塔矢は?」

「…佐為連れて実家に帰っちまった…」

「えぇ!?」

「……」

「あー…とにかく塔矢が来たら、さっさと謝っとけよ。今手を打たないと間に合わないかもよ」

「間に合わないって…?」

「…離婚とか」

「え?!ヤダよオレ!」

「だから!早く謝ってこいっ!」

「あ…あぁ」



――だけどこの日

アキラが手合いに姿を見せることはなかった――



対局の帰り、大急いで塔矢家に向う。


ピンポーン
ピンポーン


「あら、ヒカルさん」

玄関を開けてくれた明子さんはいつも通りの笑顔だった。

「あの、アキラは…?」

アキラの名前を出した途端、少し顔を曇らせて、溜め息をついた。

「それがね…突然今朝帰ってきたと思ったら、部屋から出て来ないの」

「……」

「少しヒカルさんと離れて考えたいことがあるから…家に居さしてって―」

明子さんから現実を突き付けられて愕然とした。


本当に帰ってくる気ないんだ…。


「何かあったの…?」

「ちょっと…」

明子さんがふふっと笑った。

「そんなに暗い顔しないで。心配しなくてもあの子、絶対ヒカルさんの元に帰るから―」

「本当…ですか?」

「えぇ、だって昔っからあの子、進藤進藤ってヒカルさん一筋だったんですもの。少し頭を冷やしたらきっとすぐ帰るわ」

「あの…アキラに会えます?」

「ごめんなさい…あなたが来ても取り次がないよう言われてるの」

「そう…ですか」


「来週あの子と手合いであたるんでしょ?そのときにでもよく話し合ったらいいわ」


来週…?


オレらの結婚記念日は明後日なのに…


そういえばアイツ…結婚記念日に理由話すって言ってた…

バカだオレ…

何で待ってやらなかったんだ…

たかが2日じゃねーか…

こんなことになるなら…それくらい待ってやればよかった…

オレ…昨日アイツに何した…?

嫌がるアイツの腕を押さえ付けて…無理やり…

それって…強姦じゃん…

DVって言われちまうのも当然だ…

最低だ…オレ――

早く謝らないと…

早くしないと本当にアイツを失っちまう…!





9/22――オレとアキラの本因坊戦当日。

オレは棋院のロビーでアイツを待ち構えた。



来た…!



入ってきたアキラに即座に駆け寄る。

「アキラっ!」

オレの方を見向きもせず、そのまま通りすぎようとしたアイツの腕を掴んだ。

「アキラっ!ごめん!オレ…オマエにすげぇ酷いことした。本当にごめん!」

「痛い…」

「あっ、ごめっ…―」

きつく握りすぎていたみたいで慌てて腕を離した。

だけど離した途端、アキラはさっさとエレベーターに向かい始める。

「待っ…」

止めようと再び手を伸ばしたけど、寸前で手が止まった。

また痛いって言われるかも…。

今度は身体的暴力もふるうつもりなのかよ…オレ…。

大人しくアキラの後について、一緒のエレベーターに乗った。

「ごめんな…。もう二度とあんなことしない…。オマエが望むだけの期間…またあれもナシでいいから…」


アキラからの返事はないまま、5階に到着してしまった。

それでも開始まで必死に話しかける。


「なぁ…結婚記念日に何を言うつもりだったんだ…?」

「……」

「オマエがあすこまで20日に拘ったんだから…何かあの日に関係あったことなのか…?」

「……」

「…今じゃなくてもいいからさ、いつか…教えてくれる?」

「……」

「オマエの怒りがとけてからでいいから…―ってむしが良すぎるか……あんなことしておいて――」

「……」

「ごめん…。本当に反省してる…」

「……」


結局返答のないまま対局が始まってしまった。

もちろん集中出来るはずもなく…いつもの力を出しきれるわけもなく…………惨敗した。

アキラと打った何百局何千局の中で最も酷い出来だ…。

棋譜が残るかと思うと泣けてくる…。

もちろん検討も無し…。

だけど、今のオレには対局よりアキラの方が大事だ。

実家に向かうアイツの後を追って…また話しかける。

謝って謝って謝って謝って……―。

そして門に着いた所で――オレの方に振り向いてはくれなかったけど――初めてアキラが口を開いた。


「……進藤」


「え?!何?!」




「しばらく別居しよう…」




え…?




「…しばらくって…どのくらい…?」

「…さぁ?…半年でも…1年でも…5年でも…10年でも――」

「そ、そんなの嫌だオレっ!」

「嫌なら離婚して…」



え…



「別居か、離婚か、どっちかだ…」

「……」


そう言ったアキラの表情は本気だった。

離婚だけは死んでも嫌だ。

もちろん別居も嫌だ。

だけど…今のアキラにそれは通用しない…。

一度言い出したら一歩も引かないのが塔矢アキラ…オレの…奥さん…。

過去形にはしたくない。

奥さんだった人…なんて嫌だ。

離婚するぐらいなら…


「…別居で…いいよ…」


泣きそうな声で…震えながらそう告げると、アキラはオレにとどめをさした。


「佐為にも…会わないで…」


「……分かった」


そう答えるしかなかった。



ピシャン



アキラが家の中に入ってもしばらく立ち尽くしてしまった。


オレ…何やってんだろ…。

何の為に佐為を作った…?

オレと結婚してもらう為だったはず…。

アキラの性格に付け込んで…。

妊娠したら絶対…、そして子供の為にアイツは絶対離婚なんてしない…と。

なぜそう思った?

いや、実際アキラはそういう優しい奴なんだ。

でも…そのアキラを揺るがすほど…オレはアイツに酷いことをしちまったんだ…。

アキラと何かある度に反省して…社にも相談して…そして答えを導き出して来た。


―大切にしなきゃ…って―


だけど…、いざアキラを前にすると…、思うように行動出来ない…。

口が…体が上手く制御出来なくて…いつもアイツを傷つける…。

オレって…最低最悪…。



ガチャ



誰もいない家に帰宅した…。


本当に嫌だ…寂しい…。


アキラ…


佐為…


お前らのいない生活なんて……人生なんて……


…意味がない…









―END―









以上、ヒカアキ夫婦物語・危機編でした。
まさに離婚の危機。
別居です。
ヤバいです。
またしても中途半端の所で終わってますが、次はアキラ視点になりますのでひとまずここで。
では続きを〜。






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