●2nd FEMALE+α 1●
アキラに初めて本気で拒まれた――
「名人様、お久〜」
関西棋院のロビーで社に声をかけられ、思わずギロっと睨んでしまった。
「おー怖っ!何や負けたんか?」
「…んな訳ねーだろ」
「だよな。名人様やもんな」
「その呼び方やめろ…」
「はいはい」
社が悪戯っぽく笑う。
「どしたん?今日機嫌悪いなぁ。また塔矢とケンカでもしたんか?」
「……」
いきなり核心を突かれて黙ってしまった俺を見て、やっぱりな…と社は髪を掻いた。
「今度は何があったん?話してみ。そうや、これから飲みに行かへん?」
「行かねぇ…」
「あぁ…そやったな。未成年の名人が飲酒や知れたら大変やもんな」
「……」
「ほなオマエの泊まってるとこでホテ飲みにするか。お兄さんが一晩中相談にのったるわ」
「……ごめん」
「いいっていいって、お前らのことは5%ぐらいは俺にも責任があるしな」
オレの背中をぽんっと叩いて、取りあえずコンビニで買い出しや、とオレを引っ張っていった。
「お帰りなさいませ」
ホテルの玄関に着いた途端、ドアマンが出迎えてくれたのを見て、社の顔が引きつった。
「お前なんちゅーとこに泊まってんねん!俺めっちゃ普段着やのに…」
周りに聞こえないよう小声で文句をたれてくる。
「知るかよ。俺が決めたわけじゃねーし」
「あぁもう…さすが名人碁聖様や。ここキタで一番高いホテルやで…」
んなことどうでもいいから、と社をさっさとエレベーターに押し込んだ。
部屋に着くとますます社は驚愕した。
「お前今日ほんまに一人…?塔矢おるんとちゃうん?」
「いねぇよ!さっさと飲もうぜ」
「こんなとこ一人で泊まって何が楽しいねん…」
ベッドルームとリビングが分かれとんやありえへん…、と呟きながらソファに腰を降ろしていた。
「……で?何があったんや?」
「……昨日」
「うん?」
「昨日な……アイツに………マジで拒まれた」
「………それだけ?」
「それだけって何だよ!オレにとってはすげー大事なことなのにっ!」
社が呆れたようにグビグビッとビールをガブ飲みした。
「どーせまたお前の求めすぎとちゃうん?」
「んなことねーよ!」
「ホンマに?」
「……たぶん。3日はしてなかったし…また明日から出来ないから…いいかなって思ったんだけど…」
「まぁ…それくらいなら許容範囲やな」
「だろ?!だいたいアイツ、オレに好きなだけ抱いていいって言ったんだぜ?!だけどそれじゃあさすがにマズいと思って…週に1、2回に抑えてたのに…、それで拒否するってどういうことだよ!」
「好きなだけ…って、投げやりやな塔矢のやつ」
ははは…と苦笑いする社を睨んだ。
「笑いごとじゃねぇ!」
「まぁ…塔矢も疲れてたんとちゃう?」
「そんな風には見えなかったけど…。昨日はタイトル戦でもなかったし―」
「じゃあ月のものが来てたとか」
「それは違うって言ってた」
聞いたんかい…、と社は手を額にあてて考えこんだ。
「はぁ…。…お前って碁もトップクラスで、塔矢アキラやいうすごい嫁さんも貰て、…周りから見たら羨ましいぐらい公私共に順風満帆に見えんのになぁ…」
「……」
「関西棋院の方はまだお前らのこと知らん奴多いから、俺が話したらショック受けよった子、結構いたんやで?」
「……」
「モテモテやな、お前」
「…どうでもいいし―」
「そう!それや!お前ってホント塔矢以外眼中にないよな!世界の半分は女なんやで?」
社が勢いよく立ち上がって、大声で叫んだ。
「……何が言いたい?」
「女は他にもおるってこと」
「……」
「そんなに溜まってるんやったら、今からナンパにでも行く?」
「は?」
「キャバクラでもソープでもいいで?」
「何言って…」
「お前金持ちでその容姿やもん。貢いだらいくらでも足開いてくれる子おるわ」
「社…ふざけんな」
「奥さんが相手してくれなくて寂しいんやろ?代わりになる子適当に見つけたらいいやん」
「……」
社がオレの肩を抱いてきた。
「な?行こ?」
「そんなことしたらアイツに…」
「バレんかったらいいんやって…。皆しよることやし―」
「……」
「ほな行こか」
社がオレの手を引っ張ってドアに向かった。
「待っ…オレ別に他の奴なんて―」
「お前どうせ塔矢しか知らんのやろ?世の中にはもっと可愛くて上手い子もおるんやで?いい勉強にもなって一石二鳥や」
その言葉にカァっと顔が熱くなった。
「離せよっ!!」
掴まれてた手を勢いよく引き離す。
「―オレ、そんなことしてアイツを傷つけたくない…」
「だからバレんかったらいいんや。そしたら塔矢も傷つけへん」
「オレが嫌なんだっ!!」
「……」
「他の奴を抱いた手で…アイツに触りたくない―。そこまで飢えてねぇし…」
汚れた手でアイツに触る資格なんてない―
一緒にいる資格もない―
そんなことでアイツを手放すぐらいなら――
もう一生誰も抱かない方がましだ
アイツのいない人生なんて――意味がない
一緒に居てくれるだけでいい――
「ぷ…っ」
ぷ?
「あはははは」
社が急に人を指差して笑い出した。
「…お前、…オレをからかったのか?」
「あーおもろかった。お前マジで悩んでんやもん」
「社っ!」
「でも、答えでたやん」
え…?
「大事なんやろ?塔矢のこと」
「他の奴に触った手で触りたくないほど、アイツに惚れとんやろ?」
「ほな大事にしたれ」
突っ立ってるオレの肩をポンと叩いてきた。
「嫌だっていう時はやめてやったらいいんや。そんなに悩むことないやん」
「…でもオレ、今まであんなに露骨に拒まれたことなかったから…どうしていいか分かんなくて――」
社の顔が優しく笑った。
「それも進歩やん」
え…?
「前は大人しく抱かれた上で、後からフってきたんやろ?それよりかは先に拒まれた方がまだいいやん」
「そうかな…」
「塔矢にも事情があったんやろ。帰ったら再チャレンジしてみ?それもダメなら次は結婚記念日や。チャンスはいくらでもあるんやから、焦るなって」
「……そうだな」
――焦る必要はない
これから一生…アイツと過していくんだから――
「…でも良かったわ」
「え?」
社がはぁ…と緊張が解けたみたいに、大きな息を吐いた。
「お前がほんまに俺に付いて来たら…俺もう友達やめるつもりやったから―」
「社…」
「もちろん塔矢に全部バラした上で、な」
「お前…最悪―」
「当たり前やっ!あんだけ塔矢塔矢って俺のこと振り回して悩んでおきながら、ちょっと俺が誘ったからってすぐ他の女に手を出すようじゃ、これから手に追えんもん」
「お前…オレを試したのか…?」
「ま、何にせよ良かったわ」
自己満足してる社の顔を睨んだ。
「――あぁ…本当に良かったよ。サンキュー社、じゃあな!」
背中を押して部屋から追い出す。
「えっ?!ちょう待てや!まだ全然飲んでないやん!つーか、ベッド余分にあるんやから、泊めてくれやっ」
「ヤダねっ!人のことからかいやがって!」
「いいやん、結果オーライやったし!な、頼むわ」
――その晩
文句タレながらも、結局は倒れるまで飲み続けて、翌朝二日酔いになったのは言うまでもない。
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