●FEMALE +α 1●
『奥さんの一番の仕事はさ、子供を産むことなんだぜ』
ヒカルからそう言われた後――温泉に浸かって、僕は一人考え混んでいた。
ちゃんと産んだじゃないか…。
でもヒカルはもっと欲しいって…。
次は女の子がいいな、と―。
「……」
僕はキミの妻だ。
妻の役割は夫を支えて、家庭を守ること。
確かにこの考えを同世代の人に言ったら、古いって笑われるかもしれない。
でもお母さんは実際にそうだし…お父さんの妻としても、僕の母としても立派だと思う。
お母さんのようになりたい―。
だから夫の心身の管理も立派な役割だ。
キミが求めてくるなら僕も受け入れよう。
キミが子供をもっと欲しいというなら、産んであげよう…。
僕はキミが大事だから――
キミを失いたくないから――
今日は9月13日。
あと一週間でヒカルの誕生日だ。
と同時に、僕達の結婚記念日でもある。
長かったような早かったような…。
時々ケンカしつつも、僕達夫婦はそれなりに仲良くやってると思う。
僕の夫『進藤ヒカル』は現在四段。
まだまだ若手の部類だが、3月に緒方さんから名人位を、8月に倉田さんから碁聖位を奪取して既に二冠だ。
おかげで去年よりますます忙しくなったのにも関わらず、佐為の世話も進んでしてくれていて、棋士としても父親としてもよくやってると思う。
確実に『立派な夫』に近付いてるよね。
saiのことは未だに話してくれないけど…、これならこの誕生日にでも『あなた』と呼んであげてもいいかもしれない。
ヒカル…喜ぶかな?
考えるだけでちょっと楽しい―。
「はぁ…」
また溜め息をついてしまった。
そう…、公私生活共に順調なのとは裏腹に、最近やけに溜め息が多い。
原因はたぶん―――生理が来ないからだ。
元々崩れやすい体質なんだけど、佐為を産んでからは順調に毎月来ていたんだ。
だけど…最近忙しくて気にも留めなかったけど…気がつけば先月も先々月も来てない気がする…。
そして今月もまだ…。
もしかして……妊娠してるのかな?
ただ崩れてるだけなのかもしれないけど、あれからもずっと避妊はしてないし…その可能性は十分にある。
明日の手合いの帰りにでも、病院に寄ってくるか―。
「進藤」
「ん?どした?塔矢」
昼休みに和谷君と昼食を食べていたヒカルに話しかけた。
「今日ちょっと用事があるから、佐為の迎えと夕食の買い物頼めるかな?」
「いいぜ。遅くなる?だったらついでに夕飯も作っておくけど―」
「いや、そんなに遅くはならないから、これだけ買っておいてくれたら僕が作るよ」
「了解〜」
「じゃあよろしく」
買い物のメモだけ手渡して、さっさとその場を離れた。
「お前っていつまで塔矢のこと、『塔矢』って呼んでんだ?」
「仕事ん時以外はちゃんとアキラって名前で呼んでるよ。ここでもそう呼んだら迷惑だろ?」
「うん、すげー迷惑。バカップル丸出しだもんな。あ、一応夫婦か。」
「うるせェ」
和谷君との会話が背後で聞こえて思わず笑ってしまった。
ヒカルがタイトルを取ったことで態度を豹変してくる人もいるけど、和谷君達の態度は一向に変わらず、ヒカルも正直ありがたいと言っていた。
ああいう友達…というか仲間って一生ものなんだろうな…。
いいな…。
僕にはいない…。
一番仲の良かったヒカルとは結婚しちゃったから、もう友達ではないし―。
「おめでとうございます。今11週目ですね」
やっぱり…。
病院で検査してもらうとやっぱり妊娠していたらしい。
「予定日は来年の5月3日…ゴールデン・ウィークの辺りですよ。悪阻等また酷くなったら、無理せず相談に来て下さいね」
「はい、ありがとうございました」
「お大事にー」
「はぁ…」
病院を出た途端また溜め息が出た。
これでまたしばらくは手合い以外の仕事は出来ないな…。
やっともうそろそろ復帰しようかと思ってた所なのに―。
仕事面では落ち込むけど…、でも、嬉しいことには変わりはない。
ヒカルどんな反応するかな?
もっと子供欲しいって言ってたし、きっと喜んでくれるよね?
そうだ、結婚記念日の僕からのお祝いはこれにしようかな。
それまでは内緒―。
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