●2nd FEMALE + 7●


「お待ちしておりました」


大分空港から40分――ようやく目的の旅館に到着した。

「こちらが明日からのスケジュールになります。進藤先生、塔矢先生の部屋は共に5階の506号室でして、こちらが鍵になりますので」

「どうも〜」

イベント主催者から簡単に明日の内容と館内の説明をされながら部屋に向かった。

「日本棋院の方から、お二人の部屋を同じにしてほしいと言われた時には正直驚きましたが、ご夫婦だったんですね」

「えぇ…まぁ―」

「託児所の方は2階にありまして、朝8時から夜7時まで開いてますので、明日の朝、会場に来られる前に預けられるといいかと―」

「ありがとうございます」

「ではこちらが部屋になりますので、何か足りないものがありましたら内線0で客室係まで申し出て下さい」

「ご苦労様です」

用件だけ言うと急がしそうにまたエレベーターの方に戻って行った。


「準備でバタバタしてるみたいだな」

「そうだね、結構大きなイベントだから、棋士だけで20名を超えるみたいだよ」

「へー。あ、本当だ」

先ほど渡されたスケジュール表に、他の参加棋士の一覧が部屋割り表と一緒に載っていた。

「日本棋院からは8名かぁ…。あんまり話したことのない奴ばっかだな。お、白川先生いるじゃん」

「ヒカル、早くドア閉めて」

「あ、ゴメン」


バタン



「結構いい部屋だね。窓から海も見えるよ」

「おー、ホントだ」

明日からここ、別府温泉で開催される囲碁セミナーにオレら二人も参加することになった。

もちろん佐為も一緒。

仕事とはいえ、家族で遠出するのは初めてだから異様に嬉しい。

「結婚してからは普通に同室にしてくれるから楽だよな〜」

「そうだね」

「ただの恋人だったらまず同室は無いもんな」

「そりゃそうだよ」

クスっとアキラが笑った。

「この前伊角さんがさ、せっかく奈瀬と遠征が重なったのに、他の男棋士3人と同室だったから全然二人きりになれなかった!って帰って来てぼやいてたんだぜ」

「あはは。でも僕達だって去年の9月まではそうだったじゃないか。いくらキミの子供を身籠もってても、部屋は別だったし」

「あー…そうだったな。あの時はオマエがぶっ倒れてないか心配で寝れなかったぜ」

「僕はそんなヤワじゃない」

「3回も倒れておいてよく言うぜ」

アキラがぷぅっと口を膨らました。

「もう!その話はヤメてくれ。佐為〜、ミルク飲もうね〜」

「オレも飲む〜」

「黙れ」

キッとこっちをニラむ姿が可愛くて、背後から抱き締めてみた。

「んー、アキラちゃん可愛いー」

ちゅっと頬にキスをすると、微かに赤くなってますます可愛くなった。

「これから3日間ずっと一緒だな…」

「そうだね…」

「その後のオレの予定知ってる…?」

「…うん。すぐ名人戦だね…」

「そ。そのまま札幌に飛ぶから羽田でお別れだな…」

「……」

更にぎゅっと抱き締めて、髪に唇を押し当てた。

アキラが手合いに復帰してから、お互いタイトル戦スケジュールが入り乱れ、正直自分達が今どこにいるかということを把握するだけでも大変だった。

「頑張って…」

「うん、頑張ってくるからさ…その前にちょっといい思い出欲しいな〜なんて」

そう言うとアキラの顔が首まで真っ赤になっていったのが分かった。

「…また、夜ね」

「ん…、じゃあ今は前哨戦な―」

その首筋に唇を当てて、ゆっくりずらしながら舌を這わした―。

「……ぁ…」



ピンポーン



「……」

「……」



ピンポーン

ピンポーン



「…ヒカル、出た方が…」

「……そうだな」



ちっ



ったく、誰だよ!

礼儀知らずなっ!

「アキラもう授乳終わった?ちゃんと服着とけよ」

「う、うん。着たよ」



ガチャ


「はーい」

「よう!進藤っ!元気か?」

「……や、社?!」


訪ねてきたのは紛れもなくあの社清春だった。

「偶然やなぁ!さっき着いてな、スケジュール表見たらお前らの名前があったんで、急いで走って来たんや!」

「…マジ?」

慌てて部屋に引き返し、先ほどのスケジュール表を見返した。

確かに関西棋院からの参加者一覧に社の名前がある。

部屋は515。

しかも同じ階かよ…。


「社、久しぶり」

「お〜、塔矢元気やった?9月以来やな!お、その子が例のお前らの赤ん坊か」

「佐為だよ」

「初めまして〜」

社が佐為の手を取って握手し出した。

「にしてもえらい整った顔やなぁ。さすがお前らの遺伝子や」

「あはは」

「女の子やったら絶対オレの嫁さんに貰おうかと思とったのに、男で残念やわ〜」

「誰がお前にやるかよ」

「怖っ!進藤お前将来、頑固親父決定やな」

「うっせェ」

せっかくいい所を邪魔されてムカついたが、来てしまったものはしょうがない。

諦めて俺も社の隣に腰を下ろした。

「ま、次はぜひ可愛い女の子頼むで塔矢」

アキラの顔がまた一気に真っ赤になった。

「社…お前黙れ」

「え〜、進藤やって欲しいやろ?お前らの子供やったらどっち似でもめっちゃ可愛いで、きっと!」

「〜〜〜っ」

オレの方も顔が熱くなるのを感じた。

二人とも真っ赤になって下を向いてしまったので、社が気まずそうにフォローし出す。

「あ、まぁ…でも、あれやな。まだ産んだばっかやし、しばらくはな、塔矢も休みたいよな」

「うん…、まぁ…ね。あんまり手合い休みたくないし」

「そうやな、お前碁バカやもんな」

「碁バカって…」

「進藤も塔矢の体気遣ってやれよ。一人産まれて繋がりは出来たんやし、もう焦る必要ないやろ?」

「……まぁな」

「ま、気長にいけよ。お前らもまだ18やし、人生これからやからな!今度の名人戦も頑張れよ!」

「あぁ」

社が何とか気まずい雰囲気を乗り切ったっぽく、やれやれと立ち上がった。

「そうや進藤、一緒に温泉入りに行かん?ここの結構広くて有名なんやで」

「マジ?行く行く」

「じゃあ僕お留守番してるから」

「ん、帰って来たらオマエも入りに行けよ」

「うん」







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