39BIRTHDAY 1●





「アキラ、今年は外でデートしようぜ!」



僕の39歳の誕生日、当日。

夫であるヒカルが朝食の食卓で突然言い出した。


「ドライブして〜映画でも見て〜買い物して〜。で、どっか眺めのいいホテル泊まってゆっくりしようぜ!」

と早速携帯でホテルを探し出した。


「てことで、オレら明日の昼まで帰らないから。自分のことは自分で何とかしろよ」

ヒカルが僕の横に座っている息子に進言する。

「…分かった。行ってらっしゃい」

と息子は返事をしていた。



一泊旅行の準備をしながら僕はヒカルに注意する。

「思春期の息子にあの言い方はないんじゃないか?」

親のデートプランなんて聞きたくもないだろうに。


でもヒカルは「アキラは分かってねぇな〜」と言い返してくる。

「オレ、めっちゃ息子に感謝されてると思うけど?」

「…は?」

「帰宅時間までご丁寧に教えてやったんだぜ?アイツも安心して彼女連れ込めるだろ」

「…ああ、そういうこと」


高校2年生になる息子には、もう1年くらい交際している彼女がいる。

毎週日曜日にその彼女とデートしてるのは、僕らももちろん知ってることだ。

そしてヒカル曰く、実家暮らしの高校生カップルなんてのは常にヤる場所に困ってるのだとか。

確かに僕とヒカルが付き合い始めた当初はまだ16歳で実家暮らしだったから、愛し合う場所に困ってたように思う。

専業主婦の母親が夕飯の買い物とかに出かけた隙に、いかに手早く済ませるか熟考を重ねたものだ。

(ヒカルが18歳で一人暮らしを始めるまでは大変だったな…)


でも、そういうことなら僕も気兼ねなくヒカルと久々のデートを楽しめる気がした。

 

「行ってきます」

10時過ぎに出かける僕らを、息子も笑顔で見送ってくれた。

 

 

 

 

 


「あー、今年もあっという間だったなぁ…」


映画館までドライブしながらヒカルが溜め息をつく。

1
月の棋聖戦から始まって先週の天元戦まで、確かに僕もヒカルもタイトル戦尽くしで、あっという間に1年が過ぎてしまった。

でも本因坊戦と名人戦ではヒカルと直接対決が出来たから、とても実りのある有意義な1年になったと思う。


「来年こそはオマエの名人をいただくからな!」

「それはこっちの台詞だよ。来年こそキミの本因坊を奪ってやる」

「ぜってぇ渡さねー」

 


そうこうしてるうちに映画館に着き、適当にチケットを購入することにした。

僕的には洋画が良かったんだけど、ヒカルが絶対寝る!と豪語してきたので、邦画にする。

(まぁ邦画にしたところで彼は結局寝てしまったんだけど)


映画が終わった後はランチを食べて、ショッピングに向かった。

映画館もレストランも全てが揃ってる複合施設なので移動が楽だ。


ただCMに出てることもあってか、それなりに一般人にも顔が知られてる僕ら。

もちろん途中で話しかけられたりサインを求められたりもした。

「進藤本因坊と塔矢名人ですよね」と。

それが1人や2人ならいいが、何人も相手にしてるとさすがに疲れて来る。

手早く買い物を済ませた僕らは、早々にホテルに移動することにした。


「オレ1人だったらそんなに話しかけられないんだけどなぁ…」

とヒカルがボヤく。

「僕もだよ。2人揃ってると目立つのかな…」

「たぶんな」

 

 


複合施設からホテルまでは目と鼻の先だった。

予約は彼に全て任せてあったので、到着してホテル名を見た瞬間、少々驚いてしまった。


「ここって先月オープンした…」

「そ。オマエ特集見てちょっと行きたがってたじゃん?ちょうど今1部屋空いてたから」


大都会のど真ん中に先月誕生した、全室専用の温泉付きラグジュアリーホテル。

確か125万は下らなかったはず…。


「アキラの誕生日だから」

「あ…、ありがとう」


年にタイトル戦にいくつも出て、下手したら年間の3割近くをホテルや旅館で過ごしている僕ら。

ヒカルももう慣れたものなのか、チェックインを自ら買って出てくれて、僕はウェルカムドリンクを飲みながら彼の応対を横で眺めていた。

ここ数年、東京のホテルの客室単価の上昇は著しい。

こういう和モダンなホテルはどちらかというと海外の富裕層をターゲットにしていて、スタッフもおそらく半分以上が外国人。

僕達のチェックインを担当してくれてるこの女性も、名前からして台湾人だろう。

(もちろん日本語もペラペラなのでヒカルでも問題ない)


チェックインが済むと、案内係のスタッフに客室まで誘導された。

(この人は韓国人だ)


部屋の仕様を一通り説明されスタッフが帰った後で、

「おー!すっげー部屋!」

と素のヒカルが帰って来る。

プッと笑ってしまった。

さっきまでの外面満載のキミはどこに行ってしまったんだろうと。


「アキラアキラ、後で一緒に風呂入ろうぜ!」

「…そうだね」


80
平米を越えるスイートの客室には、熱海から運ばれてるという温泉も付いていて、しかもかなり広い。

この肌寒い12月には、立ち上がる湯気を見るだけで温泉欲がそそられる気がした。


「もちろん後でもいいけど……今すぐでもいいよ?」


そう言うと、彼は「賛成!」と笑顔で同意してくれたのだった――

 

 

 

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