●2nd FEMALE + 5●
「ん…、朝か―」
目を覚ますと、横で寝ていたアキラがこっちをじっと見つめていた。
「おはよう…」
「おはよ、アキラ」
挨拶しながら、ちゅっと音をたてて頬にキスをした。
「……」
「どうかした?」
そう聞くと、少し頬を赤めて視線を逸らしてきた。
な、何なんだ?!
今更なこの初々しい反応は!
異様に可愛くて、また鼓動が早まりだした。
「初めて…だよね」
「え?何が…?」
ますます顔を赤めて、布団で半分顔を隠してしまった。
「…その、…した後に…朝を一緒に迎えるの…」
あ
そういえばそうだ―。
今まで――と言っても前したのは9ヶ月前だけど――ホテルでしか抱いたことがなかったんだ。
塔矢家は当然のごとく外泊禁止だったから、宿泊なんてしたことなくて―。
言われてみればこれが初めてか…。
そう思うとオレの方も急速に顔が熱くなるのが分かった。
「…へへっ、今更だけど何か照れるな」
「うん…」
もう一度キスをして、お互い体を起こした。
「じゃ、行ってくるなー」
「うん、行ってらっしゃい」
アキラと佐為に見送られて、元気よく今日も棋院に向かった。
移動手段はJR。
乗換えも含め自宅から7駅先が市ヶ谷だ。
電車の中で思わず昨晩のことを思い出し、顔がニヤけてしまった。
9ヶ月ぶりだったもんなぁ…。
何だか一気にスッキリして気分爽快だぜっ!
アイツの表情とか声とか思い出しただけでも堪らない―。
はぁ…今夜も出来ねーかな〜。
何かやっと新婚気分を味わい出してきたぜ。
「おっはよ〜和谷!」
「進藤ー、昨日よくも勝手に帰ってくれたな」
棋院に着くなり、元気よく声をかけたらニラまれながらそう言われてしまった。
オレのテンションとは反対に、和谷は少しブルー気味のようだ。
…結局昨日もいい子見つからなかったのかな?
「しょうがねーだろ、マズい雰囲気になっちゃってたしさー。ま、これに懲りたら二度とオレを合コンなんかに誘うなよな。オレは愛妻家だから。塔矢命♪」
「うわっ、寒っ!」
「ははっ」
エレベーターに乗りかけた時、受付の人に呼び止められた。
「あ、進藤君。塔矢さんのことで手合課の子が探してたから後で寄ってあげてくれる?」
「あ、はーい」
手合課は4階。
まだ時間あるし、先に行ってくるか。
「和谷、また後でな」
「おぅ」
エレベーターを降りると、すぐに馴染みの手合課の女性が近寄って来た。
「進藤君、よかった。塔矢さんの復帰の件なんだけど、具体的にいつから大丈夫かとか分かる?」
「もう1月から通常通りのスケジュールで大丈夫っぽいですよ。来期分もそのまま組んでもらえたら―」
「そう、取りあえず1月からは元通りでいいのね」
「はい、その他の仕事はまだしばらく休ませて貰うことになるんですが…」
「そうよね。分かったわ、じゃあ塔矢さんによろしくね」
「はい」
今日はもう12月26日…。
あと数日で年が変わっちまうんだよな…。
アキラはやる気満々っぽいけど…正直な話、本当に復帰させて大丈夫なんだろうか…。
なんせアイツの対局スケジュールは半端じゃない。
いくら明子さん達が佐為を預かると言ってくれてるとは言え、週に4日を超えると母子のスキンシップの面で問題が出てくるんじゃ…。
「塔矢プロも大変だな。まだまだこれからって時に―」
エレベーター待ちをしていると、事務所の方から話し声が聞こえた。
「自業自得でしょ。出来ちゃった婚っぽいし」
「ぽいじゃなくて、絶対そうだろ。だって結婚したの最近らしいじゃん」
「進藤君が18になったのが最近だからねぇ」
「うわー」
「しっ、アンタ達聞こえるわよ」
「……」
――そう
もう慣れたけど、これが現実…。
正直ホントいい話のネタだよな…。
オレはまだいいけど、アイツは妊娠中からずっとこの陰口に耐えてたんだ…。
改めて自分のしたことの愚かさ、卑劣さ、考えの甘さを感じさせられるぜ…。
皆オレらの手前では「最強夫婦」とか「理想カップル」とか言ってくれてるけど、陰じゃさっきよりもっと酷いことを言われているのは知っている。
さすがにアキラを貶された時はオレもキレたけど…。
皆の目が言ってるんだよな…『早すぎる』って―。
だからオレらのことは公式には発表していない。
アキラもこれからも『塔矢アキラ』のまま戦わせる。
だから何も知らない一般人から…昨日のように告られたりすることも度々ある…。
「おれ、結婚してるから―」
そう胸張って断れるのはいつぐらいからだろう…。
今はまだ言えない…。
根堀葉堀詮索されて、また噂されるのが関の山だ…。
――だけど別に後悔はしていない…。
アイツがどう思ってるのかは別にして――
「今日のメシなに〜?」
「ハンバーグだよ。あと5分ぐらい待ってて」
「分かった…佐為見てるな」
リビングに移動して、ベビーベッドを覗いた。
「佐為…」
指で手を突っつくと、軽く指を折り曲げて握ってくれた。
可愛いな…。
佐為を見てるとオレの悩みなんて吹っ飛んじまう。
確かにオレのしたことは間違いだったのかもしれない。
でもそのおかげで佐為が生まれてきてくれた。
アキラも一緒にいてくれる。
それだけで十分幸せだよな…。
「ヒカル、夕飯出来たよ」
「ん…分かった」
「何しんみりしてるんだ?」
「いや…ちょっと…」
アキラを背後からそっと抱き締めてみた。
「アキラ…オレ間違ってたのかな」
「そうだね」
「うわ…即答かよ。ヒドいわアキラさん」
「……」
「後悔してる…?オレとこうなって―」
「……確かに、一度もしたことないと言ったら嘘になるな」
「…そっか」
「でもね…」
「うん?」
オレの方を振り返って、目を見て話し始めた。
「僕は僕の夫じゃないキミなんてもう考えれないよ―」
「え…」
「一生側にいてくれるんだろ?」
「……」
再びぎゅっと強く抱き締めて、耳元で囁いた―。
「もちろん―」
そのまま耳にキスをして――頬にも音をたてて口付けた。
もう何があっても離さない―
ずっと、一生、側にいような―
二人でどんなことでも乗り越えて行こうぜ―
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