●2nd FEMALE + 4●
「進藤頼む!研究会の後、2時間だけ付き合ってくれっ!」
棋院に着くなり、玄関で待ち伏せしていた和谷に、いきなり両手を合わせて懇願されてしまった。
「……無理。今日は早く帰って、家族水入らず3人で風呂に入るつもりなんだよ―」
「そう言わずにさ〜、今日の昼メシ奢るからっ!」
「ヤダぜ。どうせ和谷のことだから合コンとか飲み会とか言うんだろ?」
「ビンゴ…。さすが進藤、読みが違うな」
やっぱり、な。
和谷は人数合わせにいっつもオレを誘うんだ。
「オレは既婚者で未成年。合コンも飲み会も無縁の存在なの」
「頼むよ〜。今回はM女大の囲碁サークルの子達でさ、お前のファンの子がいるらしくて…絶対に連れて来て!って言われちまったんだよ」
――ったく、冗談じゃないぜ…。
何が悲しくて和谷達の彼女探しに付き合わなくちゃなんねーんだよ。
しかも女子大生だぁ?
全員年上じゃねぇか…。
「場所は普通のイタリアンレストランだしさ。一次だけ顔出してくれたらそれでいいから―」
「……」
もし断ったら…和谷が気まずい立場に置かれるんだろうな…。
仕方ない―。
「つまんなかったらすぐ帰るからな」
「サンキュー!進藤っ!」
そう言うと、たちまち笑顔になった和谷はさっそく誰かに電話し始めた。
「あ、お前指輪は外しとけよ」
「げーーっ…」
ったく、ホント冗談じゃないぜ。
大切なアキラとの繋がりの証拠なのに…。
鎖買って首から提とこうかな…。
「はぁー…」
会場に着くなりオレは大きな溜め息をついた。
プロ棋士と女子大囲碁サークルとの合コンか…。
まぁ…オレらも女子大の子達も、普通に生活してたらあんまり出会いとかねぇからな…。
こっちのメンバーは和谷と本田さんと小宮と中山さん。
伊角さんは奈瀬と付き合ってるのでパスらしい。
…ちょっと待て。
それって不公平じゃねぇのか?!
なんで彼女持ちの伊角さんは参加しなくていいのに、妻子持ちのオレが参加しなくちゃなんねーんだよ!
冗談じゃねぇっ!!
相手の女子大生は……結構皆キレい系だ。
つーか、化粧が上手いんだよな。
髪もキレいにセットして…やる気満々なご様子。
ご苦労なことで。
何が囲碁サークルだ。
絶対打ってねぇよな。
ルールも知ってるのか怪しいもんだぜ。
「この中で誰が一番強いんですか?」
真ん中に座ってた気の強そうなリーダー女が聞いてきた。
「あー…そりゃあ進藤ですよ。な?」
な?じゃねーよ。
和谷が端に座っていたオレの方に指を向けた。
「アイツ一番年下のくせに、ほとんどのタイトル戦でリーグ入りしてるんですよ」
「すごーい」
「私知ってる!今度緒方十段と名人戦の七番勝負するんでしょ?!」
「え?何それ。勝てばタイトルホルダーなの?」
「カッコい〜」
………。
オレの話で盛り上がってどうすんだよ…。
「進藤さんって何歳なんですか?」
「……18」
「え〜、2つも下〜?若〜い」
「可愛ー」
何かこのテンション異様にムカつく…。
「か、彼女いるんですか?」
「…は?」
オレの真ん前に座っていた子が、顔を赤めながら聞いてきた。
「あ〜、七美ついに聞いちゃった〜」
「この子進藤プロのファンなんですよー」
「……ありがとう」
何か嫌な予感がする…。
「で、本題。彼女いるんですかー?」
「…いや、彼女は…いないけど…」
妻はいるっていうか―。
オレの気も知らないで一気にワッと女子大生は盛り上がっていた。
和谷達は気まずそうにオレから目をそらしている。
お前ら助けろよ…。
「オレちょっとトイレ…」
慌てて席を立った。
ホント冗談じゃねぇっ!
もう帰ろう…。
いつの間にか8時過ぎてるし―。
…アキラもう風呂入っちゃったかな…。
やっぱ電話入れとけばよかった…。
はぁ…、と溜め息を付きながら店を出ようとしたら
「進藤さんっ!」
と呼び止められた。
恐る恐る振り返ると――さっき真ん前に座ってた女の子がいた。
勘弁して…。
「なに…?」
「もう帰っちゃうんですか…?」
「うん…用事思い出して―」
「じゃあ私も帰ります!」
……何で?
無視してそのまま店を出ようとしたら、彼女も付いてきた。
「私…今日は進藤さんに会うためだけに来たんです…」
「……」
「北斗杯で頑張ってる姿を見た時から…ずっと…私―」
「……」
「よかったら付き合って…もらえませんか…?」
決定打を言われたところでオレは足を止めた。
ゆっくり彼女の方を振り返って―
「ごめん―」
と、だけ。
オレの碁を知ってるファンの子からの告白が一番苦手だ…。
いかに丁寧に断るか…。
下手に期待させてもいけないし―。
ハッキリとポイントだけを押さえて…キツくならないように―。
「…そうですか」
暗くなった彼女の顔から再び目を逸らし、歩き出した。
しばらくすると…彼女が走って離れていく音が聞こえた。
っくそ…!
気分悪ぃ!
やっぱり行くんじゃなかったぜ!
和谷のバカ!
「ただいまー」
9時過ぎに家に帰ると、アキラは既にパジャマを着て髪を乾かしている途中だった。
「お帰り。キミ遅いから佐為と先にお風呂に入っちゃったよ?」
「ごめん…佐為は?」
「さっきミルク飲んで今はぐっすり眠ってる」
「…そ」
ソファに座っていたアキラの横に座り、ぎゅっと抱き付いて顔を胸に埋めた―。
「……何かあった?」
「んー…別にー…」
パジャマの隙間から見える鎖骨にキスをした。
続けて首に…顎に…ゆっくりずらすように口付ける―。
そしてお互い視線を合わせた後…徐々に目を閉じながら――唇を合わせた。
「…んっ…、ん…っ―」
アキラの存在を確かめるように何度もついばんで…舌を絡め合って―深く…意識が飛ぶまで―。
「―…好きだよ、アキラ…」
お互いの息が感じ取れるぐらいの距離で微かに唇を離して、そう囁いた。
「愛してる…」
「うん…」
再び唇を重ねながら、体をゆっくりソファに倒した―。
その晩――
一晩中体を離さなかったオレを――アキラは優しく受け止めてくれていた―。
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