●2nd FEMALE + 1●
「進藤、メシ食いに行こうぜ」
「おぅ!」
「そういやお前…今家に一人なんだって?」
「そうだよ」
3日前に退院したアキラは、今は実家の方にいる。
初めての子育ては勝手が分からないことも多いから、しばらく母親の元で教えてもらうことになったんだ。
毎朝様子を見に行って、仕事に行って、帰りにまた見に行って、そして誰もいないマンションに帰宅。
正直…寂しい。
本当はオレも塔矢家に泊まりたいんだけど、夜泣きで睡眠に影響が出たら対局にひびく!とアキラにいつも強制送還をくらうのだ。
ただでさえ出産予定日前後に大量に取っていた休みのツケが回ってきてるんだから!と。
「んじゃ今晩久々に遊びに行かねぇ?」
「ダメ。塔矢の様子見に行かなくちゃなんねーし」
「その後は空いてるんだろ?」
「遠慮しとく…、明日も手合いあるしさ」
そう言うと和谷が大きな溜め息をついた。
「お前最近付き合い悪いよな…。そりゃ子供が生まれたばかりで仕方ないと思うけど…。でもたまにはハメはずさねーと、保たないぜ?」
「……」
「塔矢と子供が家に戻ってきたらもっと大変になるんだろ?」
「…まぁな」
付き合いが悪い…か。
確かに佐為が生まれてからどころか、アキラが妊娠してからはほとんど和谷達と遊びに行ってない。
和谷達曰く、そんなの遊び盛りの18の男の行動じゃない!らしいのだ。
今から家庭一本でどうすんだよ!
先急いでる!って―。
でも皆には悪いけど、オレは別にそれでもいいんだ。
アキラさえいれば…。
佐為もいるし…。
「……」
「ん?何それ?写真?」
ポケットから取り出した写真を和谷も興味深そうに覗いてきた。
先日病院で撮ったオレとアキラと佐為の初めての家族写真。
じーっと見つめているオレを見て和谷がまた溜め息をついた。
「オレにはまだそういう気持ち分かんねぇぜ。ま、せいぜい頑張りな。遊びたい気分になったらいつでも付き合うからさ、言ってくれよな」
「ありがと、和谷」
返事はするものの、心ここに在らずのオレを見て、和谷は眉を傾けていた。
「そういや、塔矢っていつ復帰するんだ?」
「今年いっぱいは休ませるよ。来年は手合いだけは出るって張り切ってたけど…」
「へぇ―」
「もっとも今年分の棋戦は先送り先送りで11月中に終わらせちゃってるんだけどな」
「おぉ〜、さすが塔矢」
今はオレが朝・夕に打ってやってるのと、佐為の世話の間に塔矢先生と打ってるだけ。
同じ相手ばかりじゃ物足りないんじゃないかって最初は心配してたけど…、アキラはオレと打てれば満足らしい。
それは昔からずっと変わらねぇよな…。
オレ(の碁)って愛されてるよな…。
と、ニヤけ顔になって写真にキスしてるオレを見て、和谷が呆れたのは言うまでもない。
「こんばんは〜」
「ヒカルさん、いらっしゃい」
塔矢家に着くと明子さんが笑顔で出迎えてくれた。
明子さんはオレのことを「進藤さん」と昔呼んでいたけど、結婚してからは「ヒカルさん」に変えてくれていた。
アキラの名字も進藤に変わったからだ。
もちろん塔矢先生からも「ヒカル君」と呼ばれている。
「佐為の様子どう?アキラ」
「今はぐっすり眠ってるよ」
アキラのいる居間に入って行くと、嬉しそうな顔をして振り返ってくれて、オレも自然と顔が緩んだ。
「んじゃ今のうちに一局打つか」
「うん!お母さん、あとよろしくね」
「はいはい」
嬉しそうに居間を出て行く娘を見て、明子さんが笑っている。
久々の子育てにわくわくしてる様子で、これからオレらが手合いでちょくちょく預けに来るかもしれない…ということにも喜んでいるらしい。
「お母さん、自分が佐為の母親に間違われることがちょっと嬉しいんだって」
「ははっ、確かに周りから見たら、明子さんはまだ『おばあちゃん』より『お母さん』の域だもんな」
「まだ30代だからね」
「先生はどうみてもおじいちゃんだけど―」
「うん、僕が子供の時でも既におじいちゃんに間違われたことがあったぐらいだからね」
「うわー…先生ショックだったんじゃねぇ?」
「うん、その度にかなり落ち込んでたよ…」
「ハハ」
碁石の音で佐為が起きるといけないので、打つ時はいつもアキラの部屋だった場所に移動する。
今は客室になってるらしいんだけど―。
「―…ん…っ…」
部屋に入るとすぐにアキラを抱き締めてキスをした。
今のオレらにとっての大切な夫婦の時間だ―。
アキラがオレらの家に帰ってきたら、もっと…それ以上のことも出来るんだろうけど、今は我慢。
産後のこいつの体にも負担かけたくないし―。
「…は…ぁ―」
唇を離すと少し目が虚ろになって、色っぽいアキラにうっ…となる。
が、我慢だ!
頑張れオレ!
「んじゃ打つか」
「うん…」
気を取り直してそう言うと、アキラは嬉しそうに碁盤の前に座った。
可愛いよなコイツって…本当に―。
最近は前の可愛さ美しさに混じって、ますますキレいになった気がする。
どこがどう変わったのか具体的には言えないけど…何かこう、大人っぽくなった?
いや、前から十分落ち着いてて大人っぽかったけどさ…、なんだろう…体つき?
胸?
そうか!胸だ!
何だか前よりデカくなってる気がする…。
じーっと見つめてると、アキラはその視線に気付いたらしく、不思議そうな顔をした。
「なに…?」
「あ、いや…オマエ胸デカくなったなぁ…って」
「そりゃそうだよ。子供が生まれると催乳ホルモンが働きだして母乳が出るようになるし」
「あぁ、そうか。佐為に飲ませなきゃなんねーもんな」
「うん、よく飲むよ。最初はくすぐったくて痛くてちょっと慣れなかったけど、もう平気―」
「ふーん…」
ふーん、ふーん、ふーん。
ヤバい…。
思考がどんどんヤバい方向に向かってる。
何か最近コイツのちょっとした言葉ですぐ動揺しちまうんだよ。
そんなに欲求不満なのか?!オレ!
パチッ
対局しててもいまいち集中出来ねぇし…。
18か…。
遊びたい盛りか…。
確かにそうかもな…。
定期的に息抜きしなきゃ保たねぇ…、集中出来ねぇよ…。
かといって他の女共と遊びたいわけじゃない。
こいつと…アキラと―。
そういやもう何ヶ月してないかな…。
考えるのも悍ましいぜ…。
あれ以来、…だな。
付き合いだして3ヶ月ぐらいの…原宿の―。
その数日後に別れる別れないの言い争いをして…んで1ヶ月おあずけ…。
やっと許しが出たと思ったら妊娠が発覚して…そのまま―。
妊娠中も出来ないわけじゃねぇけど…最初の方はつわりとか酷かったし―。
下手なことして体傷つけて、流産でもされちゃあ元も子もないし…ずっと出来なかった―。
あと少し…コイツが家に帰ってくるまで、あと少しの我慢だ。
「なぁ…いつぐらいに帰ってこれそう?」
「んー、1週間ぐらいはこっちにいようと思うんだけど…。進藤の次の休みっていつ?」
「…『進藤』?」
「あっ…ゴメン。ヒカル」
「……」
オレの食い付きに、アキラは頬を赤くしながら急いで訂正した。
おいおいおい、奥さんその可愛さは反則的じゃないですか?
取りあえず唇を噛んで欲求を握りつぶした。
どうせここじゃ何も出来ねぇし―。
「……あー、次の休みは月曜だぜ?」
「あ、じゃあその日に僕も家に戻るよ」
「分かった、楽しみにしてるな」
にっこりそう言うと、アキラも安心したように笑って返してきた。
今日は木曜。
月曜が待ち遠しい―。
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