●2×2 3●
29歳の時――オレとアキラは別居した。
二人で買ったマンションにはアキラが住み続け、オレは少し離れたアパートに引っ越した。
家に帰ると誰もいない静かな部屋、備え付けのベッドと小さなテーブルしかない最低限の家具を見て…思わずため息が出る。
どうしてこうなっちまったんだろう。
いつまでここにいなくちゃならないんだろう――
今思えば、オレとアキラの幸せの絶頂は結婚したばかりの頃だった。
結婚式に新婚旅行、新生活への家探しに引っ越し。
これからだって時にアキラの妊娠が分かった。
確かに嬉しかった。
嬉しかったけど、要は……早すぎたんだ。
オレ的にはもう少し新婚気分を味わいたかった。
妊娠してからアキラは触わらせてくれなくなった。
というか、そんなことを言える状態でもなかった。
入院してもおかしくないほど悪阻も酷かったし、かといって棋戦を休むような奴じゃない。
調子が悪いのに無理して対局に行って、フラフラになって帰ってくるなり倒れこむ。
休日もほぼ全て寝ている状態。
結局産まれるまでずっと調子が悪くて、その時は本当に早く産まれてくれって祈ってた。
十月十日後、ようやく誕生した我が子は、どちらかと言うとオレ似の可愛い男の子だった。
初めて抱いた時の感触は今でも覚えてる。
小さくて、柔らかくて、温かくて…
アキラと一緒に、この子も一生守っていく。
宝物が一つ増えたと本心からそう思った。
だけど、当たり前なのかもしれないけど、生活が一変した。
アキラの全てが子供中心となった。
かつ、わずか産後3ヶ月での仕事復帰。
お互いの両親の協力もあって、なんとか両立出来てはいるけどギリギリの状態で。
オレとの時間は作ってくれなくなった。
「ごめん、疲れているんだ…」
辛そうにこう言われると、何も言えずに引き下がった。
それが何回も何ヵ月も続いた。
発散する場所を失って、オレの中で少しずつ溜まっていったストレスが、ついに爆発することになる――
オレとアキラが直接対決となった名人戦挑戦手合七番勝負、第一局。
場所は京都の老舗旅館だった。
前夜祭の後、オレは意を決してアキラの部屋を訪ねた。
「よっ。お疲れ」
「ヒカル……」
アキラの顔に陰が差したのは分かったが、気づかないフリをした。
浴衣姿の彼女が眩しすぎて、早くも下半身が反応したのが分かった。
「やっと二人きりになれたな」
「ヒカル、その…僕は対局前に馴れ合いたくはないんだ…」
だから帰ってもらえないだろうか…、と視線も合わせず拒む彼女の腕を掴んだ。
「ヤダ」
「ヒカル…っ」
「ヤダったらヤダ。絶対に嫌だ。今夜はオレがオマエを独り占めする番なの!」
「何を子供みたいなこと…」
「子供で結構!」
ドンっと、アキラを布団に押し倒した。
すぐさま覆い被さり、深いキスを落とす。
「んん…っ」
浴衣の上から胸を揉むと、彼女が本気で抵抗して押し返してきた。
「嫌…っ」
「アキラ…っ」
「やめてくれ…っ」
「嫌だっ」
涙まで滲ませて拒否る姿に、オレも一瞬躊躇した。
だけど、意地でもやめたくなかった。
「ちょっとくらいいいだろ?オマエ妊娠してから全然させてくれねーじゃんっ」
「疲れてるんだ…っ」
「オレだって疲れてる!オマエみたいな奥さんで、すげー疲れる…っ」
「……!」
失言だってことは分かってる。
言っちゃいけないことだった。
アキラは頑張ってる。
夜もほとんど寝れてないのに、昼間は対局が詰まっていて、家事もよくやってくれていて。
オレまで相手してたら死んじまうよな?
「……なら離婚しよう」
「は?!何でそうなるんだよっ」
「キミが言ったんじゃないか!僕みたいな奥さんだと疲れるって!じゃあ離婚して疲れない人と再婚すればいいじゃないか!」
「……本気じゃないよな?」
「佐藤アナとでも結婚すれば?!」
とにかく僕に触らないでくれ!――そう言い捨ててオレに背を向けた。
「じゃあ…もういいよ」
オレの方も彼女から離れて、立ち上がった。
「もういい。オレ、出ていくから」
「……そうしてくれ」
カチンときた。
「ああ、そうさせてもらうよ。東京に戻ったら、速攻荷物まとめて出ていくからな!」
もうオマエとなんかやってられるか!
そう吐き捨てて、バタンと乱暴に彼女の部屋のドアを閉めて出ていった。
翌日からの第一局がお互い殺気立ってたことは言うまでもない。
結果はオレの勝利。
ざまーみろ。
アキラと一緒の新幹線に乗りたくなかったオレは、翌朝始発で東京に戻り、有言実行と言わんばかりに荷物をまとめて家を出た。
実家に戻ると色々聞かれて面倒そうだったから、ひとまずホテルに泊まり。
数日後にはマンスリーのアパートに移った。
アキラと息子の住むマンションの近くの物件を選んだのは、窓から彼女達の様子を伺う為。
ちょうど玄関がベランダの窓から見えるんだ。
「アキラだ…」
息子を明子さんに預けに行くんだろう、スーツ姿の彼女が玄関から出てきた。
正直…胸が痛む。
オレが出て行った日から、アキラにワンオペの育児をさせている。
更に痩せたように見えるのは気のせいじゃない気がする。
オレはいつまでこんなアパートにいるんだろう。
一週間も経ったら、とっくに頭は冷めた。
あとは後悔の連続だ。
でも戻るきっかけがない。
お互い折れない性格だから、ここんとこ棋院で会っても無視だし。
「お前ら大丈夫か?」と和谷に心配される始末。
全然大丈夫じゃない。
誰か助けてくれ!!と心の中で叫びながらオレもぼちぼち出発することにした。
(今日から第二戦の札幌なのだ…)
前夜祭が終わり、お開きになったオレは用意された自室に戻った。
風呂に入って、テレビでも見るかそれとも喫煙室に行って一服してくるか悩んでいると
ピンポーン
とチャイムが鳴る。
「はい?」
どうせ立会人の芹澤先生か、ホテルの人だろうと思って出ると――アキラが立っていてビビる。
「アキラ……」
「失礼するよ」
とオレを押して強引に中に入り、ドアを閉められる。
内ロックまでされて、オレは少し身の危険を感じた。
そのくらいコイツの表情は怒っていて、すごい形相でヤバかったのだ。
「な、何か用、か?」
声が震える。
「ああ…」
アキラは前夜祭の時の服装のまま、スーツのままだった。
上着を脱ぎバサッとイスにかけた。
と思ったら、スカートも脱ぎ出して、ブラウスも脱いでストッキングもキャミもブラもパンツも――あっという間に素っ裸になった。
「ア、アキラ…?」
「……抱いてくれないか?」
「え…?」
耳を疑った。
恥ずかしいのだろう。
そりゃそうだ、今までほとんど暗闇の中でしか抱き合ったことないもんな。
もちろんアキラの方から「しよう」なんて言われたこともない。
彼女の緊張が伝わって、何かオレの方まで恥ずかしくなってきた。
「今まで応じてあげれなくてすまなかった…」
「もう…いいのかよ?一週間前はあんなに拒否したくせに…」
「…キミに出て行かれて、この一週間僕は後悔の連続だった…。確かに一人で育児をしてみて、キミの存在の有り難さを思い知ったせいもある…。キミの方があやすのも、遊んであげるのも上手だったし…」
アキラがオレの手を取って、自分の豊満な胸に当てた。
出産して母乳で飲ますようになってから、一回りも二回りもでかくなった彼女の胸。
息子が離乳してずいぶん経つのに、未だに大きいままのアキラのおっぱいに、ようやくまともに触れることが出来て、それだけでもう感無量だった。
「…あ…っ、ヒカ…ル…っ」
「それで?子供の為に自分の身を差し出す決心をした訳…?」
乳首を弄りながら、耳元で尋ねる。
「そう…じゃない、…ぁん…っ、確かに子供の為にキミは必要だけど、それより…、んん…っ」
「それより?」
「僕が駄目になりそうなんだ…、キミがいないと…っ、不安で夜も…寝れなくて…、…ぁ…っ」
「ふぅん…」
「戻ってきてくれないか…?」
僕が悪かった。帰ってきて?――と上目遣いに色っぽく懇願されて、オレはもう意識が飛びそうだった。
いや、飛んだ。
すぐさま彼女をベッドに押し倒して、弄っていた胸にむしゃぶりついて、同時に下半身にも手を伸ばして触りまくった。
「あぁ…っ、やぁ…っん」
「アキラ…っ」
「ヒカ…っ、へ、ん事…は…?」
「帰る、帰るよ。決まってんだろ…っ」
深く、甘いキスもして、オレは自分の分身を彼女の秘部に押し込んだ。
「あぁ…っ、ヒカ…っ」
「アキラ…っ」
激しく突いて動いて、ベッドがいやらしく軋む。
久しぶりの逢瀬だ、もっと長く堪能していたいのに、あっという間に到達してしまいそうだった。
「あ、だめ…、中には、出さないで…っ」
「え…?」
「だって、またデキちゃう…」
どうしてアキラがずっとオレのことを拒否してたのか、その時ようやく理解出来た。
嫌だったのだ。
また妊娠してあの辛い妊娠生活を繰り返すのが。
だからずっと逃げてたらしいのだ。
「オマエさ、言うの遅い。挿れる前に言えよ」
「だって、キミが気分を害したら嫌だったから…」
「仕方ねぇな…」
もうすぐクライマックスだってのに、オレは一度抜いて、鞄からゴムを取り出し装着した。
「持ってたの…?」
「まぁな」
「……誰とする気だったんだ?」
アキラの声のトーンが一気に下がる。
「誰って、オマエに決まってんじゃん。オレだって今度はゆっくり夫婦生活を楽しみたいもん」
だからずーっと持ち歩いてましたって告げると、アキラはまた「ごめんね…」と謝ってきた。
どうやら結婚したら避妊はしないものだと思ってたらしい。
時代錯誤もいいところだ。
「も一回挿れるな…?」
「うん…、…ぁ…」
再び彼女の中に入り、もう一度堪能する。
喘いでる声も、揺れる胸も、久しぶりでキツい中も、何もかも。
「アキラ…好きだ」
「うん…僕も…」
大好き――と囁かれた瞬間にオレは到達し、彼女の方も同時に達したのが分かった。
もちろん一回では終わらない。
少し休憩した後にもう何ラウンドかしたのは言うまでもない――
翌朝、対戦相手なのに仲良く朝食を食べている所を見られて冷やかされることとなる。
東京に戻ってすぐ、オレはアパートを引き払いアキラと息子の待つマンションに戻った。
「アキラのメシ久しぶり〜。何か泣けてくる」
「大袈裟だな…と言いたい所だけど、僕も一人分だけ作るのはすごく虚しかったよ…。この子はまだ別メニューだしね」
アキラが横で離乳食を食べてる息子の頭を撫でた。
1歳になってオレにますます似てきたよな〜って思う。
アキラ似の女の子とか産まれたら、オレ絶対溺愛しちゃうよな〜なんて。
でもしばらくはアキラ自身を愛しまくらないとな。
想像するだけで顔がニヤけてしまうのだった――
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