●2×2 2●
27歳の時――オレは塔矢と結婚した。
プロポーズのあと、もちろんすぐに結婚したかった。
だけど彼女の父親、つまり塔矢先生に挨拶に行った時に問題が起きた。
「進藤君、君は今のままで本当にアキラと結婚出来ると思ってるのかね?」
「え……」
「私が妻と結婚した時は三冠だった。君も三冠になってから出直してきなさい」
先生の言葉に、オレも塔矢も明子さんまでもが固まった。
いきなりの大きな壁に目の前が真っ暗になる。
付き合っていたこの二年間、お互いの家を行き来してたわけだけど、ずっと歓迎ムードだったので、まさか反対されるとは思わなかった。
彼氏と婿じゃ条件が違うってことなのか。
しぶしぶ塔矢家を後にしたその晩、塔矢から電話があった。
両親の会話を盗み聞きしたらしい。
「あなた、本気なんですか?三冠だなんて…」
「…明子から見て、今の進藤君は棋士としてどう思う?」
「素晴らしい方だと思いますけど。今だって本因坊のタイトルも持ってますし」
「そうだな。彼は本因坊のタイトルにだけには執着が強い。毎年思うがこのタイトル戦の時だけは本気の彼が見える。だが他の棋戦は?」
「それは…」
「私は別に二人の結婚を反対してる訳ではないんだよ。むしろアキラの相手は進藤君以外には務まらないと考えている。だが、今のままではいずれ――」
どこかで歪みが起こるだろう――と。
先生の考えを知って、オレは何も言えなかった。
七大タイトル――棋聖、十段、天元を持つのは緒方先生だが、その他の名人、碁聖、王座を持つのは塔矢なんだ。
今のまま結婚して本因坊にだけしがみついているオレが、もしタイトルを落としたら――
夫婦としての差は歴然。
もちろんタイトルだけが全てではないけど、周りはそう思ってくれない。
格差婚とか絶対に言われるだろう。
そのくらいオレの戦績は行き詰まっていた。
「…オレ、頑張るよ」
『え?』
「一日も早くオマエと結婚出来るよう頑張る」
『進藤…』
「だからって、オマエ手を抜くなよ。本気でないと先生にはすぐにバレるからな」
『分かってる。待ってるから』
「おう!まずは来週の碁聖の一回戦だな!」
『キミが挑戦者になって僕の前に座る日を楽しみにしている』
「おう!」
この日から約二年間、オレは死に物狂いで戦い続けた。
挑戦者になれても、緒方先生と塔矢の強さを改めて思い知らされることも多々。
それでも勝って負けてを繰り返し、かつ自身の本因坊のタイトルも防衛し続け――二年後。
オレはようやく天元と王座を奪取し、三冠となって、再び塔矢家の門をくぐることを許されたのだった。
「おめでとう、進藤」
「塔矢っっ!」
玄関で出迎えてくれた彼女を即座に抱き締める。
久しぶり彼女の温もり、匂いに目眩がしそうになる。
この二年間、実はオレは塔矢に触れることも我慢していた。
結婚の許しが降りなかったのに、彼女に手を出すことなんて出来なかったのだ。
「進藤君、おめでとう」
塔矢先生も玄関まで来てくれた。
塔矢を一旦解放し、オレは改めて先生と向き合い、深々と頭を下げた。
「お待たせしてすみません。三冠になりました。アキラさんと結婚させて下さい」
「この二年で成長したな。アキラを頼む」
「はい!」
その足で区役所に届けを出しに行ったオレら。
もちろんその晩は塔矢を家には帰さなかった。
一晩中愛し合ったのは言うまでもない。
こうしてオレらは晴れて夫婦となった――
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