●2×2  1●





17歳の時――オレは塔矢への気持ちを自覚した。



きっかけは単純。

成長して綺麗になったアイツのことを、同僚の棋士どもが噂しているのを聞いてしまったんだ。

チクリと胸が痛んだ。と同時にムカムカした。

思わず塔矢に、「あんまり他の奴に笑顔振りまくんじゃねーぞ!」と釘をさしたほどだ。

少し頬を赤めたアイツがまた可愛かったことは言うまでもない――










19歳の時――オレは塔矢に告白した。



自覚した後すぐにコクらなかったのは、アイツが入段翌年から女流タイトルを総なめしていて、既に女王になってしまっていたからだ。

オレもタイトルの一つや二つ取らなきゃ釣り合わない。

この秋、天元のタイトルをめでたく奪取したオレは、ようやく2年越しの想いをアイツに打ち明けられたわけだ。

「僕も好きだった…」

と返して貰えて、オレらはお互い初めてのお付き合いとやらを始めた――












21歳の時――オレは塔矢と別れた。



きっかけとなったのは、イベント後の打ち上げ飲み会。

何となく始まった王様ゲームで、オレが隣の女の子とキスしたことが原因だった。

しかも塔矢の目の前で。

そりゃ奈瀬や桜野さんみたいに、オレのことをガキ扱いする女が相手だったら笑い話ですんだんだけど、この時の相手はオレに少なからず好意を持ってる後輩の女の子だった。

後から聞いた話によると、周りはずっと彼女のいないオレに、気をきかせたつもりだったらしい。

そう――オレらはこの二年間、付き合ってることを周りにずっと隠してたんだ。

それが裏目に出た。


オレのキスシーンを見せつけられた塔矢はすぐにその場を立ち去った。

「塔矢待って!!」

と慌てて追いかけて弁明したけど、後の祭り。

一度下りてしまった彼女の剛鉄のシャッターは二度と開かなかった。


「別れよう」

「やだ」

「キミが同意しようがしまいが、もう僕の中でキミは恋人ではないからね」

「そんな…」


別れたくなかったけど、オレの不貞は明らかで、しぶしぶ受け入れてしまった。

まさに自業自得だった――














23歳の時――オレと塔矢は再び付き合い始めた。


アイツにお見合い話が持ち上がったのがきっかけだった。

23で結婚なんてする気は更々なかったアイツは、断るために

「進藤と付き合ってますから」

と嘘をついた。

後で少しの間だけ話を合わせてほしいと言ってきたアイツに、オレはノーを叩きつけた。


「嫌だね、芝居なんか」

「少しくらい協力してくれたっていいだろう?」

「本当に付き合ってくれなきゃヤだ」

「え……」


オレの気持ち知ってんだろ?

好きだよ。

今でもずーっと好きだ!

オマエだって同じだろ?

でなきゃオレにこんなお願いするわけないもんな?


壁ドンで迫ると、視線をそらしながら顔を真っ赤にして少し考えるそぶりをして。

そして上目遣いに小さな声で

「いいよ…」

と了承してくれた。

もちろんその後、めちゃくちゃ濃厚なディープキスをくれてやったのは言うまでもない。

その場所が棋院だろうが、構うもんか。

前回の失敗の教訓を活かして、今回は仕事場にも家族にも隠さず、大っぴらに交際をすることにした――














25歳の時――オレは塔矢にプロポーズして、そして婚約した。



「これは何だ」


その日、オレはオフだった。

仕事が終わった塔矢から、『今から行くから』とメールが入ったので、慌ててぐちゃぐちゃな部屋を少し片付けて。

もしかして今夜泊まって行ってくれないかな〜なんて淡い期待を持ちながら待っていた。

程なくして着いた彼女が開口一番に放ったセリフ。

「これは何だ」

とバンっと、机に押し広げられた週刊誌には、

『N〇K佐藤アナ熱愛発覚!お相手は進藤本因坊!』

と書かれていた。

ギョッとなる。


「何だこれ!!」

「それは僕の台詞だ!」

「知らない知らない!確かに佐藤アナから取材受けたことはあるけど、それだけだし!」

「12月10日、ドライブデートって書いてあるけど?」

「それが取材の日だったんだって!ちょっと長引いて、天気も悪かったから、駅まで送っただけ!」

「12月14日、レストランデートって書いてあるけど?」

「14日は、オレが担当してる碁の番組の収録がN〇Kであって、その帰りにバッタリ会っただけだよ」

「それで食事に誘ったのか」

「誘われたんだって!この前のお礼とか言って」

「夜に僕と会ったよね?」

「ああ…オマエの誕生日だったからな」

「他の女と会った後で会いに来たわけだ?どうりで大好きなケーキを残したわけだよね。ランチの後もお茶して、既に甘いもので満腹だったからだろう?」

「……ごめん」

「20日、バーでホロ酔いデート。僕が大阪に対局に行ってた時だよね?夜に『お疲れ!』ってメール送って来てたけど、一体どこから送ったんだか」

「だって…相談があるって言うから…」

「何の相談だ?下心が見え見えじゃないか!どうしてキミはいつも断らないんだ!誘われたらホイホイ付いていって…!あのキスだって断ってくれたらよかったのに!!」


4年前のあの時のことはもちろん、塔矢は再び付き合っていたこの2年間に溜めていた不満を全て吐き続けた。

こんなにもオレの軽率な行動一つ一つがコイツを苦しめてたのかと思い知らされる。


――やばい

また、言われる――



「…もう嫌だ。こんな思いをこのままずっと続けるなんて耐えられない…」


キミなんか好きになるんじゃなかった。

ライバルのままいればよかった。

塔矢の瞳から涙が溢れてくる。


「もう別れよう…」

「嫌だ!」

「キミが悪いんじゃないか!」

「そうだよ!全部オレが悪い!だから責任取るから!」


塔矢を抱き締める。

きつく、彼女が力を入れても振りほどけない程に――


「結婚しよう」


耳元で囁くように、すがるように告げる。

結婚しよう。

もう誰にも邪魔されないように、夫婦になろう。

もうオレがどこにも行けないよう家で見張ってて?



「いい?塔矢…」

「……いいよ」

「オレと結婚してくれる?」

「うん…」



数日後、オレは指輪を彼女にプレゼントし、正式に婚約した。

ちなみに佐藤アナとの件を確かめに来たのか、棋院に記者が来たりもしたが、もちろんオレは否定した上で塔矢との婚約を発表した。








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