●17 A●
(……どうしよう……)
毎週火曜日に行われる森下先生の研究会。
気持ちの整理が着かないままオレは棋院に向かった。
「おはよう、進藤。聞いたよ、彼女出来たんだって?」
研究会が行われる部屋の入口で冴木さんに声をかけられる。
全ての元凶であるこの人を睨む。
「そんな顔するなよ。せっかく人生の先輩が色々伝授してやろうと思ったのに」
「冴木さん…塔矢に話したでしょ」
「塔矢?ああ…そういえば。何?マズかった?」
「かなり…」
「それより彼女のこと聞かせてよ。どんな子?」
「別に…普通ですけど」
先週の土曜日――オレは棋院であったイベントの手伝いを頼まれていた。
そこで、入段以来ずっとファンだという同い年の女の子に声をかけられた。
まさか告白されるとは思わなかったけど。
どうしようか迷って、結局、まずはお試し期間で良ければ、ということで決着がついた。
オレも女の子と付き合ったことなくてちょっとだけ興味があったし、何より即お断りするには勿体ないくらい可愛い子だったからだ。
でもってその数日後、初デートをすることになった。
一緒にランチを食べた後、ちょっとだけ碁も打てるという彼女に対局をお願いされた。
9子置いて、まぁ指導碁が始まった訳だけど。
一手一手可愛く悩みながら置いていく姿が誰かさんと違って和まされた。
(どっちかというとあかりに似てる?)
チラリと時計を見る。
いつもなら塔矢と囲碁サロンで打ってる時間だ。
アイツ…オレのこと待ってるかな?
少しだけ罪悪感を抱きながら、彼女との対局を楽しんだ。
もちろん初デートにふさわしい、手も繋がない健全デート。
次は来週会おうと約束をした――
「そっか〜何もなかったのか。残念だなぁ」
「別に…」
「で?塔矢がどうしたって?」
「……」
彼女との初デートの翌日――塔矢に告白された。
いや、アレは告白っ言うのか?
とにかくアイツはオレが自分との対局時間を彼女の為に使うことが気に入らなかったらしい。
オレに一生一人で自分と打ちまくれと。
そして――
『ただ彼女という存在が欲しいだけなら、僕を彼女にすればいいじゃないか!!』
「…………」
「進藤?顔赤いぜ?」
「え?!」
「塔矢と何か問題でも?」
「べ、別に何も…はは…」
問題は、問題は、あれ以来、オレの頭から塔矢が離れないってことだ。
彼女どころじゃねぇ!!
(……どうしよう……)
数日後、オレは囲碁サロンの前に来ていた。
入ろうかどうしようか悩むこと10分。
「おや、進藤君。入らないんですか?」
常連の広瀬さんが後からやってきたことによって、オレは押されるように中に入った。
「進藤くん、いらっしゃい」
「こ、こんちはー…」
市河さんに挨拶した後、チラリと奥のいつもの席を見た。
するとオレの存在に気付いた塔矢と目が合った。
慌ててお互い目をそらす。
それでも、ずっと入口にいるわけにはいかないから、重い足を引き摺って彼女の前に移動する。
「と、塔矢、待った?」
「いや、別に…」
「そっか…」
「うん…」
「……」
「……」
オレもだけど、塔矢も明らかにいつものコイツじゃない。
意識してるのが丸わかりだった。
この前のこと…本気なんだろうか?
本気でオレの彼女になりたいんだろうか?
「あのさ、塔矢…」
「うん…」
「この前のことなんだけど…」
「うん…」
「本気…じゃないよな?」
「……」
「つい、言っちゃっただけ…だよな?」
「……どうして?僕が冗談を口にするとでも?」
オレに真っ直ぐ向けられた視線――目が本気を物語っていた。
「キミの彼女になれば、今と同じだけ打てるんだろう?なら、僕に迷いはない。あれは本心だ」
「で、でもオマエ、分かってんのか?彼女って打つだけじゃないんだぞ?オレに何されるか本当に分かってんのかよ?」
「子供じゃないんだ。それも覚悟の上だ」
「…マジで?」
「ああ。で?いつ彼女と別れるんだ?」
「……」
ニコリと塔矢が笑う。
オレに拒否権はないらしい。
「あー…じゃあ、今夜にでも電話するよ…」
「今しろ」
「え?」
「キミがこれ以上誰かのものだなんて許せない。一分一秒だって待てない。今すぐ電話してくれ」
「…わ、分かったよ…」
携帯を取り出してしぶしぶ電話をかけた。
「ごめん…やっぱり付き合えない」
そう告げると、電話の向こうの彼女が泣きだしたのが分かった。
「本当にゴメン!」
と言った所で、塔矢に携帯を取られた。
通話を勝手に切られ、履歴も電話帳のアドレスも全て消去される。
「オマエさぁ…何かこれ酷くないか?」
「何か問題でも?元はといえばこの女が人の物を取ろうとするのがいけないんだ」
「…オレってオマエのモノなわけ?」
「そうだよ」
「……」
こうしてオレと塔矢は付き合い始めることになった――
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