●17 B●
「そろそろ終わりにしようか。急がないと終電に間に合わない」
「だな。あ〜打った打った〜」
何時間も前に営業時間を終えた囲碁サロン。
僕と進藤は11時を回ろうとする時間になって、ようやく碁石を片付けだした。
「キミ、明日対局だったよね?すまない…こんな時間まで付き合わせて」
「ん、いいって。先週打てなかったお詫び。それより先生たち心配してねぇ?連絡入れる?」
「問題ない。両親は先週から台湾だから」
「ふぅん…」
先週、進藤は元カノとのデートで碁会所に来なかった。
『元』が付いてるのは、もちろんもう別れさせたからだ。
僕との対局を減らされるなんて我慢ならなかった。
僕が彼女になるから、彼女とは別れろ――そう告げると彼は大人しく従ってくれた。
僕の勝ちだ。
進藤は僕のものだ。
これまでも、これからも、一生。
一生僕の隣で碁を打ち続けてもらう。
「じゃあ、進藤。またね」
進藤はメトロで、僕はJR。
駅前で別れを告げようとすると、進藤に腕を掴まれた。
「待てよ、送ってくから」
「え?」
「こんな時間に女が一人なのは危険だって。オマエんちの周りって真っ暗じゃん」
「別に慣れてるから…」
「だーめ。オマエもうオレの彼女なんだから、大人しく送られろよな」
「……分かった」
彼の言葉に少しだけ僕は頬を赤めた。
オレの彼女、だって。
僕…本当に進藤の恋人になったんだ…
北斗杯前の合宿で2度僕の家を訪れたことのある進藤。
さすがに道は覚えてるらしく、僕より先にスタスタ歩いていく。
家の門の前まで来たところで、彼が振り返った。
「あ…ありがとう。送ってくれて…」
「どういたしまして」
進藤が携帯を取り出した。
「12時10分か。もう間に合わないな」
「え…?」
「終電。12時12分が最後だもん。塔矢、泊めてくれる?」
「……最初からそのつもりだったんだろう?」
「さてね」
「……」
家の鍵を取り出して、僕は少し震える手でそれを鍵穴に差し込んだ。
どうしよう…。
どうしようどうしようどうしよう……
進藤と朝まで二人きりだなんて……
(両親が台湾に言ってるなんて言わなきゃよかった…)
「お邪魔しまーす」
勝手知ったるなんとやらで、進藤は「トイレ借りるな〜」とお手洗いに行ってしまった。
僕はとりあえず…お客様が来たのだからお茶を入れに台所に向かった。
もう12時を過ぎていて、進藤は明日は朝から棋院で対局だ。
しかも王座の最終予選、決勝。
本戦への切符がかかったかなりの大一番。
普通に考えたら、今すぐにでも就寝するべきだろう。
客間に布団をひいてこよう、と居間を出ると、入ろうとした進藤とぶつかった。
「あ、わりぃ」
「い、いや、こっちこそ…」
「塔矢、どこ行くの?」
「客間にお布団でもひいてこようかと…。もう寝るだろう?」
「客間?何で?」
「何でって…お客様だし…」
「オレってお客様?」
進藤が僕に近付いてくる。
身の危険を感じた僕は即座に後退りする。
壁際に追い込まれて、上から見下ろしてくる。
(進藤…身長伸びたな…)
などとどうでもいいことを考えて現実逃避するしかなかった。
昔はあんなに小さかったのに。
今じゃ170を超えて僕より5センチは大きい。
しかもまだ伸びてるらしい。
体つきもすっかり大人の男の人だ。
力じゃもう敵わないんだろうな…
「塔矢、オマエオレの彼女になったんだよな?」
「…うん」
「オレに何されてもいいって言ったよな?」
「それは……」
――!!
進藤の顔が近付いてきて、あっという間に口を塞がれた。
「――…ん…っ…」
舌まで絡められて、あまりにいきなりの深いキスに僕は固まるしかなかった。
「ん……っ、んん……っ、ん……」
でも、不思議と嫌悪感はなかった。
それどころか、しばらく続けていると……だんだん気持ちよくなっていくような気がした。
進藤って……実はキス上手い?
彼にとっても絶対ファーストキスだと思うのに。
どうしてこんなに上手いんだろう……と既に回らない頭でトロンとしながら考え続けた。
「――……は……ぁ……」
「塔矢……」
唇を離した彼は、僕の耳元で
「オマエの部屋で寝ていい…?」
と甘く囁いて来た。
「え、でも……」
「いいよな?オレらもう恋人同士なんだし。一つ屋根の下で寝るのに、別々に寝るなんておかしいもんな」
「でも、キミ明日対局あるんだろう…?」
「平気だって。いつもならまだまだ起きてる時間だし」
「でも……」
でもでも言う僕の手を掴んで、彼は一目散に僕の部屋に向かって行ったのだった――
CONTINUE!