●VS sai●




「…佐為…―」



キミが僕の隣で眠っている時、そう呟いたのは何日前だっただろう…。

それが無性に許せなくて、すぐに部屋を出た。

saiが誰なのかはすごく気になったけど、進藤にとっては僕なんかよりもっと大事な人なんだと思うと…いてもたってもいられなくて――

それ以来進藤とはまともに話していない。











今日はいつもの手合いの日。

僕は棋聖戦の2次予選2回戦で磐田七段と対局している。

そして同じ部屋、ほんの数メートル離れた所に進藤がいる。

開始からそろそろ2時間。

もうすぐお昼休憩だ。



ビーーッ


いつも通り合図がなって打ち掛けにし、皆対局場を後にし出す―。

僕は対局途中に食事は取らないから、たいてい最後に出ることが多かったんだけど、最近は早く出ることにしている。

なぜなら――


「塔矢っ!!」


いつも進藤が呼び止めにくるからだ。


「何でムシすんだよ!塔矢!おいっ!」

進藤の方を振り返らずに、一直線に出口に向かって早歩きした。

いつもならエレベーターの辺りで進藤は諦めるんだけど、今日はやけにしつこかった。

「塔矢っ!!」

エレベーターのドアが閉まりかけるのを無理やり進藤が押さえた。

「意味分かんねーぞ、オマエ…。ずっと人のことムシしやがって…」

「…進藤、他の人に迷惑だ。乗るならさっさと乗れば?」

「え?あ、すみません」

一緒に乗っていた他の人に慌てて謝った。


1階に着いたと思ったら、いきなり僕の腕を掴んで外に連れだそうとする―。

「進藤!離せ!」

「嫌だね!離したらまたオマエ逃げるじゃん!」

駅とは反対側の、人気が少ない住宅街に僕を引っ張って行く。

そして誰もいないことを確認した後、僕の方に振り返って――キスをしてきた。


「…ん…っ―」


同時に僕の腰に手を回して引き寄せて、抱き締めてくる―。

「は…ぁ…」

唇を離して、進藤が僕の目を見つめてきた。

「オレ…何かオマエの気に障るようなことした…?」

「……」

「なぁ、言ってくんなきゃ分かんねーよ!」

睨んでいる僕の目にたじろぎながら、必死に聞いてくる。


「…キミにとって…誰が一番大事なんだ…?」

「んなの、オマエに決まってるじゃん!」

「―…saiよりも…?」

「え…?」

進藤の目が大きく見開いた。


「それは…」

「……はぁ」

明らかに焦っている進藤を見て、思わず大きな溜め息が出てしまった。


「僕は…他にも好きな人がいるキミとはもう―」

「違う!佐為はそんなんじゃねーよ!」

僕が言い終わらないうちに進藤が叫んだ。


「佐為は…家族みたいなもんで…」

「家族?じゃあ僕にも会わせてくれ」

「いや…それは無理っつーか…、そもそももういないし―」

進藤の顔がどんどん暗くなっていく―。


「…亡くなられたのか…?」

「そういうわけでもないんだけど…いや、そうなんだけど…その―」

「……」


進藤の言ってる意味がよく分からない…。


「…それじゃあキミがちゃんと話してくれるまでキミとは―」

「オマエずりぃぞ!それ!」

進藤が僕の腕を掴んできた。

「言えるわけねーじゃん!そんな簡単に!」

「……」


どうして言えないのか僕には理解出来ない…。


『いつか話すかもしれない』


いつかっていつだ?!

もうあれから2年も経ってるのに!



「キミは…僕にはいつか話してくれるって言ったよね?」

「ああ…、でもまだだ。まだまだ先」

「じゃあヒントだけでも…」

「は?ヒント?佐為についての?」

「僕は…saiと打ったことある?」

「そりゃあるだろ。ネット碁上のsaiは間違いなく全部佐為が打ったからな」

「ネット以外では…?」

「……あるぜ」

「何回…?」

「…3回…かな」

「3回?ネットの対局を除けて?」

「ああ…」



それって…



「オマエに出会った頃のオレの対局…あれは2回とも佐為だ」

「じゃああと1回はいつ…?」

「…囲碁大会の三将戦。あれは…前半は佐為が打った」

「…キミは…二重人格なのか?」

「ハハ、そう思っといてくれてもいいぜ?」

「…でももうキミの中にはsaiは存在しないんだ…?」

「ああ…、塔矢先生との一局で満足したのかな…。突然消えちまった…」

「……」

「…いや本当は突然じゃなかったんだ。佐為はずっともうすぐ消えてしまうって叫んでた…。オレが…その言葉を信じなかったんだ…」

「……」

「せめてさよならを言いたかった…」

「……」

「オマエは…消えないでくれよ…?」

「……うん」


涙を潤ましてくる進藤。

こんな彼を目の当たりにしてしまうと、今までの怒りなんてどこかに行ってしまう。

辛いんだね。

後悔してるんだね。

もう二度と誰も失いたくないんだね…―


「――塔矢?」

彼の頬に優しくキスをして――そのまま耳元で囁いた。

「安心して?僕はどこにもいかないから」

「塔矢…」

「一生キミの側にいるよ」

「…ありがとう」



saiは進藤の心を支配して、いつまでもトラウマとして居続ける僕の敵。

でも最初の頃の、僕が追ってた進藤もsai。

今は今のキミで満足してる僕だけど、それでもたまにキミの碁の中に見え隠れするsaiを見つけて…密かに喜んでいるのも事実だ。

僕にとっても、進藤にとっても、saiは特別なんだ。

これからも、ずっと―。


でもsaiよりキミの方が大事だよ。

キミも僕が大事だよね?



そうでなきゃ許さない――













―END―














以上、佐為にライバル意識を燃やすアキラの話でした〜。
女アキラの場合、やっぱりヒカルの中に他の誰かの存在があるのは許せないと思うんですよね…。
例えsaiでも許さない。
僕が一番でなきゃ許さない。
それがアキラです(笑)
(男アキラも同じかな?)