●VAGUE PROMISE●
「オレが本因坊とったらさ、結婚してくれない?」
17歳の時――棋院からの帰り道、こんなことを突然言いだした進藤。
結婚の前に「好き」とか、他に言うことはないのか?なんて思いながらも
「いいよ」
と返事した。
でもこの会話はこの二言で終わり。
彼はすぐに会話の内容を他に変えた。
結婚の約束はしたけれど、別にこれから付き合うとかではないらしい。
それは別にいい。
別にいいんだけど…………………………
………………
…………
……
…と思い、早、5年。
あの曖昧な約束のせいで、5年経った今も僕は恋愛ごとに疎遠にならざるをえないんだ――――
「アキラさんにお見合い話がきてるのよ。一度会ってみるだけでもどう?」
「いえ…結構です」
直ぐさま断る僕を見て、母は溜め息をついた。
きっと僕が囲碁のことしか考えてなくて、お見合いとか交際とかは囲碁の邪魔になると考えてる……と思ってるのだろう。
でも本当の僕はね、そんなことはない。
恋愛に普通に興味がある。
お見合いも一度ぐらいはしてみてもいい。
男の人と付き合うのってどんなのだろう…と興味津々なんだ。
でも、進藤と昔あんな約束をしてしまったせいで何も出来ない。
ひたすら待つしかない。
全く!
いつになったらキミは本因坊をとってくれるんだ!?
と怒った今年の春――
「挑戦権獲得おめでとうございます、進藤七段」
進藤がついに本因坊の挑戦者になった。
ゴールデンウイーク明けに始まった七番勝負では、白星、白星、黒星、白星―――のあっという間の3勝。
あと一勝。
あと一勝で進藤が本因坊。
つまり僕と……………
と考えると急に不安になってきた。
そもそもきちんと約束したわけではないし。
5年も前の話だし。
「オレ、そんなこと言ったっけ?」
て忘れてたらどうしよう…。
いや、忘れてたらそれはそれで取りあえず進藤をひっぱたいて、母が進めるお見合いをするだけだ。
どっちにしろ前には進める。
なんてことを考えてたら、あっという間に進藤が第5戦をものにした。
本因坊…になった――
「おめでとうございます。進藤新本因坊」
「ありがとうございます」
気になって見に来た横浜の会場で、記者達にインタビューを受ける進藤。
あの席に座ってるだけで彼がかっこよく見えてしまう僕の目はおかしいのだろうか。
というか早く終われ。
君達以上に僕も進藤に聞きたいことが山ほどあるんだ!
「では最後に、この勝利を誰に一番最初に言いたいですか?」
「………」
必ず聞かれる定番の質問で急に真顔に戻る彼。
と思ったら急に顔を赤くして――
「大切な人に…」
と答えて、会場を更に盛り上がらせていた。
大切な人……それは僕なのだろうか………
ピンポーン
その晩――ようやく一人になれたであろう彼の部屋のチャイムを押した。
「はーい…」
眠そうに出てきた進藤は、僕の姿を見るなり一気に覚めたように目を見開いた。
「塔…矢」
「おめでとう…進藤」
「……」
「…進藤?」
いきなり手を掴まれて、部屋の中へ引っ張りこまれた。
バタンと勢いよく閉めたかと思うと、そのドアに僕を押し付ける――
睨んでるような怖い表情…。
でも目には涙が溜まっていた。
「塔矢……オレ、やった…」
「うん…」
「取ったぜ…本因坊」
「うん…見てたよ。おめでとう…」
徐々に目元を緩めて、口も緩めて……優しく手を顔に添えてくる。
嬉しそうな彼の顔が僕に近付いてきて――キスされた。
「――…は…ぁ」
腰に手を回され抱きしめられて、僕は彼の温もりで今までの不安を消し去ることが出来た。
「塔矢……覚えてる?」
「うん…」
「オレが本因坊とったら…結婚してくれるって」
「うん…覚える」
「今までそれだけを糧に頑張ってきたんだぜ…」
「ふぅん…」
「本当はちゃんと付き合ってさ、オマエと色んな思い出作りたかった。でもそれだと碁に集中出来なくて…遅くなる気がしたんだ」
「だから先に約束だけ?」
「うん。何も言わなかったらオマエさっさと他の奴と結婚しそうだったし…。約束だけでもしておいたら、オマエならずっと待っててくれる気がした」
再び手を取られ、奥へと連れていかれた。
二人でも三人でも余裕で寝れそうな大きなベッドに、体をゆっくり倒される――
「もう我慢しなくていいと思うとすげ…嬉しい」
「でも優しくしてくれ…。キミのせいで……初めてなんだから」
「もち♪」
翌日に取材やら挨拶やら予定ぎっしりなくせに、一晩中求めて愛してくる彼。
次の日堂々と一緒に朝食を食べてるところを編集部に見つかり、そのまま婚約報告したことで、彼の本因坊獲得と同じくらい大きな報道になったのは言うまでもない話―――
―END―
以上、先に約束だけしておこう話〜でした。
あと1年遅かったらヤバかったかもしれませんよ?ヒカルくん(笑)