●URANAI●
「今、何時だと思ってるんだ?」
「うるせーなぁ…たった5分遅れただけじゃん」
「たった?その5分間で僕が一体どれだけ不安になったか言ってあげようか?」
「仕方ないだろ?信号が嫌みなくらい赤に変わりまくったんだからさぁ!」
「信号のせいにするな!」
フンと、お互いそっぽを向いた。
はぁ……今日のデートも最悪なスタートだ――
オレと塔矢が付き合い始めてもう一年。
もともとケンカばっかしてたオレらが恋人同士になったからって、急にケンカしなくなるなんてことはあるわけがなく、案の定この一年もケンカ三昧だった。
もういつ別れてもおかしくないぐらい、常にギリギリ。
半目勝負って感じ。
周りは何でオレらが付き合ってるのか頭を捻ってるけど、オレだって何で付き合ってるんだろう…って最近思い始めてきた。
一年前に告ってきたのは塔矢の方だ。
その時はオレもフリーだったら、なんとなくOKしちゃったわけなんだけど…。
うーん…今思うとOKするんじゃなかったのかも。
だって、ぶっちゃけケンカばっかで全然楽しくないし。
デートなんかしたって、会話の内容はいつも通り碁のことばっかだ。
昼間は恋人っぽい甘い雰囲気になんかなったこともなかった。
(夜はまぁ…無理矢理そうさせてるけど)
塔矢と別れて他でもっと可愛いくて楽しい子と付き合うのもアリかもな〜なんて、今ちょっと検討中だったりする。
「遅れる時は一言電話かメールをしてくれ。キミが事故にでもあったんじゃないかって…すごく心配した」
「はいはい、分かったよ。オマエは深く考え過ぎなんだって」
「キミが脳天気過ぎるんだ!」
「塔矢さぁ…最近前にも増してイライラしてねー?カルシウムもっと摂った方がいいぜ?」
「暴飲暴食のキミにそんなことを言われる覚えはないよ」
「うわぁ…ほんとムカつく奴」
マジで別れよっかな…。
なんて考えてると、雰囲気で塔矢の方にも伝わってしまったのか、急に大人しくなった。
…どうやら塔矢は別れたくないらしい。
オレが好きだから?
フン、やっぱ恋愛は惚れた方が負けだな。
「…あ」
「ん?」
塔矢が立ち止まった先には、怪しい雰囲気全開の集落があった。
ま、ただのショッピングセンターの占いの館ゾーンなんだけど。
「オレらも占ってもらうか?」
「え…」
「オレらの今後についてさ。結果次第で色々考え直してもいいかもよ?」
「でも…嘘っぽいし」
「いいからいいから、入ろうぜ♪」
別れ話を切り出すチャンスかも♪と、戸惑ってる塔矢を無理矢理引っ張っていった。
ここで一番の人気占い師だと思われる、一番長い列に並んで―――順番を待つこと30分。
ようやくオレらの番が回ってきて、テントの中に入っていった。
「暗いね…」
「まぁ明るいと雰囲気出ないしな」
アシスタントらしき人に、オレらの名前と生年月日、何を占いたいかを伝える。
もちろん二人の未来も気になるが、それ以上に仕事関係も気になるところだ。
正面の顔がよく見えない占い師が、何か必死に水晶玉に話しかけだした。
「…男性の方」
「あ、はい」
「既に栄光は掴んでいますね?」
「あー…。まぁ…そうですね」
タイトルが栄光だとすれば、今は本因坊と碁聖の二冠だし、確かに掴んでるかもしれない。
「気をつけなさい。その女性の方と離れるようなことがあれば、その栄光は一瞬にして失うでしょう」
「………は?」
マジ…で?
離れるって別れるって意味だよな?
つまり塔矢と別れたらタイトルを失う??
えええぇー???
「女性の方」
「…はい」
「あなたの場合はこの男性と離れても仕事には影響ないでしょう」
「あの、別に別れたくはないんですが…」
「ええ、その方がいいでしょう。…が、あなたはまだこの男性に話していない秘密がありますね?」
「……」
「いずれ公になります。早いうちに自分の口から伝える方がいいでしょう」
「……はい」
何かよく分からないまま、あっという間に終わってしまった。
これで3000円って高くないか?
つーか、つーかつーかつーか、納得いかないんですけど!!
「何でオレらが別れたら、オマエには影響ないのにオレはガタ落ちなんだよ!」
「さぁ…。でもキミって公私混同するタイプだから」
「オマエと別れたぐらいで、タイトル失ってたまるかっての!」
「………進藤は僕よりタイトルの方が大事なんだね」
「決まってんだろ!…あ、いや……ごめん」
「………」
塔矢が俯いてしまった。
でも、苦労してやっと手に入れたタイトルなのに!
女と別れたぐらいで失うなんて、絶対に御免だぜ!
そりゃあ…あれが恋人としての塔矢とじゃなくて、ライバルとしての塔矢と離別するって意味だったのなら……ちょっと致命的かもしれないけどさ。
「…そういや、秘密って何だよ?」
「………」
「言えよ。言わなくてもいずれバレることなんだろ?自分の口から伝えた方がいいって言われたじゃん、さっさと言えよ」
「……言えないよ」
「え…?」
彼女の頭がますます俯く。
「塔矢…?」
顔を覗き込むと、塔矢の瞳には涙が滲んでいた。
「…ずっと感じてた。キミは僕と別れたいんだろう…?」
「え?え…っと……」
思わず目を泳がしてしまう。
「そんなキミには絶対言えないことだよ。言いたくない…」
「塔矢…」
「僕はキミが好きだよ…。ずっと……好きだった…。だから本当はライバルだけのままいた方が楽だったけど…もう我慢出来なくて、キミに想いを伝えたんだ…」
「……」
「本当に嬉しかった……キミが付き合うことを承諾してくれた時」
「塔矢…」
「でもキミがもう終わりにしたいのなら……僕も覚悟を決めるよ」
「…オマエ、ずるい。別れたらボロボロになるのが分かってて、別れる奴なんていねぇよ…」
「たかが占いだよ?」
「でも結構当たってる気がする。オマエだって、オレに言ってない秘密…あるんだろ?」
「…うん」
「言えよ。オレ…オマエより碁の方が確かに大事だけど、オマエと別れたことでダメになるのなら…別れないし」
「…でも、驚くよ…?」
「言いから言えって」
「………」
真っ赤になった顔で、塔矢が恐る恐る近付いてきた。
オレの耳元で、小さな声で囁かれる。
―――出来たみたいなんだ―――
「は?何が?」
「………赤ちゃんが」
「……は?」
ええええーーっ?!!!
と、そのフロア中に聞こえるような大声でオレが叫んだのは無理なかった―――
「おせーよ、5分遅刻!」
「いつもの自分は棚にあげてよくいうよ。仕方ないじゃないか、道が混んでたんだから」
「道のせいにすんじゃねーよ!オレの今の心境分かってるだろ?」
ドキドキしながらオレは塔矢と一緒に彼女の実家に向かった。
そう―――今日は男が人生で一番緊張する瞬間、彼女の親へ挨拶に行く日だったりする。
「はぁ…できちゃった婚なんて、先生になんて言われることか…」
「嫌ならちゃんと避妊すればよかったんだ」
「………」
確かにそうだ。
おっしゃる通り。
でも塔矢と付き合ったこの一年で、避妊してたのはぶっちゃけ最初だけだ。
後半は生でしまくってた気がする。
妊娠っていうリスクがあることは分かってたはずなのに……なんで付けなかったんだろう。
謎だ。
「でも…嬉しい。てっきりキミには堕ろせって言われると思ってたから」
「オレはそこまで薄情じゃねーよ」
「うん、そうだよね。よかった…」
嬉しそうに口元を緩めてきた塔矢。
笑うと結構可愛い。
塔矢と結婚すると決めてから改めて彼女を見ると、意外とオレもまんざらじゃないことに初めて気付いた。
たぶん相変わらずケンカだかけの結婚生活になるとは思うけど、子供を挟めば何とかなるんじゃないかな?
ま、とりあえず塔矢と別れなければ仕事は順調なはずだし、結果オーライ、万々歳だ。
「着いたよ。頑張って」
「おう!」
―――先生
アキラさんをオレに下さい――
―END―
以上、占いに左右されちゃう二人でした〜。
意外と単純?
でも案外、ケンカしながらでも子育て上手くいってそうですよね★