●TWO PAPERS●
僕は見てしまったのだ。
進藤の秋物のコートをクリーニングに出そうと、ポケットを全部チェックしていた時のことだった。
2枚の小さな紙が入っていたのだ。
1枚は銀座にある有名宝石店の明細表。
アクセサリー 1点、と記されていた。
そしてもう1枚は、そのアクセサリーの代金を支払ったのであろう、クレジットカードの控え。
金額は―――100万を余裕で超える非現実的な数字が書かれてあった。
確かに進藤の年収は歳の割りには多い方だろう。
今だって本因坊と天元の二冠だ。
でも、だからって、たかだかアクセサリー1つの為に何百万も使うような金銭感覚の持ち主ではないのだ。
確かに彼はお洒落だ。
時計だってそこそこいいものをしていて、それなりの金額だと言っていた。
でもそれは初めて念願の本因坊を取った時の自分へのご褒美に買ったもので、もう10年近く愛用してるし、彼のお気に入りで大事に手入れもして扱っているから、まだまだ買い換える予定はないだろうし。
いや、そもそも時計なら時計だと明記するはずだ。
時計はアクセサリーには分類されないはず…だ。
でも他に進藤のする装飾類で目ぼしいものは見当たらない。
もしかしたら僕へのサプライズプレゼントかと一瞬思った。
が、その控えの日付を見て僕は落ち込んだ。
……2ヶ月も前だ。
僕は何も貰っていない。
もちろんそもそも僕はアクセサリーなんて興味ないし、そんなことは進藤だって百も承知だ。
僕へのプレゼントでもない。
自分へのご褒美でもない。
となると―――
「………浮気か」
どこかの女に気前よく貢いでいるのか。
おねだりされてホイホイ買ってしまったのか。
そう決定付けると、僕は今まで経験したことがないぐらい落ち込んだ。
と同時に怒りがこみ上げていた。
ふざけるな!
僕という恋人がいるくせに!
19の誕生日の時からだから、付き合い始めてもうすぐ10年だぞ?!10年!
うち3年は同棲までしているのに!
進藤がどうしても一緒に住みたいと言うから、渋る親を説得して半ば強引に引っ越してきてやったのに!
もちろん結婚が前提だ!
だから親もなんとか折れてくれたのだ!
それなのにこの3年間、結婚の「け」の字も出さないで!
それどころか他の女に何百万も貢いでるだと?!
ふざけるな!!!
「進藤、話がある。今すぐ帰ってきてくれ」
『えー?今夜は和谷達と飲み会だって言っただろ?さっき始まったばかりなのに無理だって』
僕は直ぐさま電話した。
僕は恋人の不貞を見逃せるほど寛容な女でも我慢強い女でもないのだ。
気になったら即解決しないと気がすまない。
『ヒカル君電話誰から?』
進藤は今ガヤガヤ煩い大衆居酒屋にいるみたいだった。
でもどんなに周りが煩くても僕は聞き逃さない。
女の声がした。
進藤のすぐ側に、女がいる。
しかも『ヒカル君』て……
『塔矢ごめん、ひと区切りついたら帰るからさ。ちょっと待っててよ』
「……ふざけるな」
『え?』
「今すぐ帰ってこないと僕はもう実家に帰る!10分で戻れ!でないとキミとは別れるからな!!」
『は?!ちょ…っ――』
ピッ
怒りに任せて僕は電話を一方的に切った。
電源も落とした。
そして寝室に行き、スーツケースにとりあえずの服を詰めだした。
涙が滲んでくる。
手が震えてる。
唇をギュッと噛んで、何とか崩れそうになるのを耐えた。
「情けない……」
僕は進藤にとって、ただ都合のいい女だったのだろうか。
炊事洗濯掃除、その他もろもろ家のことをしてくれて。
碁も打てて。
性欲処理も出来て。
家賃だって折り半だ。
プレゼントの一つもあげなくても何の文句も言わない………本当都合のいい女だ。
そういえば、告白したのも僕の方からだった。
僕だけが好きだったのかもしれない。
彼も好きだと返してくれたような気もするが、気のせいだったのかもしれない。
進藤に上手いこと利用されてただけなのかもしれない。
ほら、その証拠に――
「10分経った…」
やっぱり進藤は帰ってこなかった。
所詮僕のことなんてどうでもいいんだ。
別れたら別れたらで、これ幸いと他の女と付き合うつもりなんだ。
「帰ろう…」
僕はスーツケースを転がしてマンションのエレベーターを降りた。
エントランスを出て、駅に向かおうと足を進めた。
その時だった―――
「塔矢!!!!」
振り返ると、タクシーから慌てて降りる彼の姿があった。
僕の方に急いで駆け寄ってくる。
「オマエ何なんだよさっきの電話は?!四ッ谷にいたのに10分で帰れとかマジ無理だし、ふざけんなよ…オレが一体何したっていうんだよ?!」
「浮気してたんだろう?」
「……は?」
「さっき飲み屋で電話口にいた女?それとも他の?一体いつから僕を騙していたんだ!僕の20代を返せ!この裏切者!!」
進藤の頬を思いっきり叩いてやった。
通行人の目があっても、気にせず、何度も何度も。
「――ってぇ…」
7回目ぐらいで、進藤に手を掴まれた。
放せ!と直ぐさま振りほどく。
「あのさ、塔矢。オレ浮気なんて一度もしたことないよ。何でそう思ったの?」
「じゃあこれは何だ!!」
進藤の胸に例の2枚の紙を押し付けた。
途端に「しまった」というマズイ顔に変わったのが見てとれた。
ほら見ろ。
「えっと、それは…だな」
進藤が仕方ない…と諦めたように溜め息を吐き、僕の手を掴んでマンションに戻っていった。
寝室のクローゼットの奥から、何やら小さな箱を取り出してきた。
「これ買ったんだよ…」
「なに?これ」
「…開けていいよ。本当はオマエの誕生日に渡すつもりだったんだけど」
「……」
包みを解き、その小箱を開けると、中に入っていたのは―――
「…綺麗…」
大きなダイヤモンドを中央に付けた、いかにもな形のエンゲージリングだった。
そう――婚約指輪だ。
「もっとムードたっぷりな時に渡したかったんだけど…」
「進藤、これ……僕に?」
「他に誰に渡すっていうんだよ?オマエに決まってんじゃん!」
「だって…だって…」
進藤が指輪を僕の左薬指にはめてくれる。
そしてそのまま指にキスされる――
「――塔矢、10年も待たせてごめんな。結婚しよう」
「進…藤……」
涙が溢れてきた。
さっきスーツケースに詰めていた時に滲んだ涙とは正反対の、嬉し涙だ。
「僕でいいの…?」
「当たり前だろ!何で今日そんなに疑り深いんだよ?オレが信じられない?」
「だって……」
進藤にベッドに引っ張られた。
倒されて、覆い被さられて、上からキスを落とされる。
何度も何度も、僕が信じきるまで――
「塔矢……返事は?」
「うん…」
「オレと結婚してくれる?」
「うん――」
「一生大事にするから。一生オマエだけだから」
「うん――僕も」
「愛してる」
「僕も――」
その晩、僕らは何度も何度も抱き合った。
付き合い始めたばかりの頃のように、お互いの飢えが収まるまで。
何度も何度も、好きだ好きだと言い合って―――
「…そういえば、今日の飲み会、女の人もいたの?」
「なに?それで機嫌悪かったんだ?可愛いなぁ〜アキラちゃんは」
「だって!…キミのこと下の名前で呼んでたし」
「そりゃそうだよ、従姉だもん。名字同じ進藤だし。偶然同じ店で飲んでてさ〜、ちょっと話してた時にオマエから脅迫電話かかってきたんだよな」
「ぼ、僕はただ真実が早く知りたかっただけだ」
「じゃ、もう分かったよな?オレにはオマエだけだって。一生!」
「うん――」
本当はプロポーズをするつもりだった僕の誕生日当日。
僕らは婚姻届を提出し、正式に夫婦となった――
―END―
以上アキラさん29歳バースデー話パート2でした〜。
ヒカル君のカードの限度額が知りたい今日この頃です(笑)
パート1に引き続きプロポーズで締めくくってみたんですが、さすが日本の平均ぐらいなだけあって、やっぱり結婚は29歳ぐらいがちょうどいいよね〜と思います。
補足としまして、なんで3年も同棲をしてたのかと言いますと、きっとヒカル君はアキラさんと二人だけの生活をしばらく送ってみたかったんですよ。
ほら、結婚しちゃうと古い世界だから子供はまだ?とか会う度に言われるじゃないですか。
でも周りには黙って同棲したら、好きなだけ二人だけの時間を過ごせるし。
でも3年も住んだらもういいかな〜ちょっと変化がほしいかな〜、と。
あ、ちょうど10年でキリいいし、誕生日にプロポーズしちゃおう、みたいな。
ちょっと張り切りすぎて指輪早く買いすぎちゃった、みたいな。
そんな感じのお話でした★チャン