TIME LIMIT〜新婚編〜おまけ

※櫻井先生と惣田さんのお話です(惣田さん母視点)





娘が19歳の誕生日を迎えた11月下旬。

夕飯時に突然娘が私達夫婦に言った。



「あ。そういえばね、彼氏出来た」

「「え?!」」



娘は中高と女子校だったし、進学した大学も看護学科でほぼクラスメートは女子だと聞いていたので、完全に油断していた。

旦那はショックで固まってしまったので、私が代わりに根掘り葉掘り聞いてみる。


「何ていう人なの?」

「櫻井さん。櫻井慎一さんって言って、須本さんの旦那さんの友達だよ」

「そう……須本さんの」



娘が大学に入ってから初めて出来たお友達の須本明菜さん。

出会った当初は進藤明菜さんだったけど、なんと、この8月に結婚して苗字が変わったらしい。


19歳で結婚するなんて考えられないわ…)


しかも彼女は娘の推し、進藤明人五冠の妹らしい。

何という偶然。

というか奇跡。


「お母さん聞いて!隣の席になった進藤さんね、進藤明人先生の妹なんだって!どうしよう!」

大学の入学式から帰って来た娘が、興奮気味にそう話してくれたのを今でも覚えている。


しかも7月に進藤さんちに遊びに行った時なんて、

「進藤ヒカル先生と一局打っちゃったvv」

「明人先生にも会えたんだよvv」

と、夢心地状態で娘が帰って来たものだった。


まぁそれはいいとして。

問題はその須本明菜さんの旦那さんがだいぶ年上だということだ。

私の記憶が正しければ30を超えてたはず……


「櫻井さんはいくつなの?」

31歳」


(やっぱり…)


19歳の娘と交際する31歳の男が、まともだとはちょっと思えない。


「何をしてる人なの?」

「医療関係の仕事だって」

「医療関係……具体的には?」

「さぁ?聞いてない」


ええー…なんで一番重要なとこを聞いてないのよ。

こうなったら……


「私も会ってみたいわ。今度家に連れて来て?」

「えー、櫻井さんがいいって言ったらね。付き合い始めたばかりだから、彼女の親になんてまだ会いたくないと思うし」

「そうね。聞くだけ聞いてみて?」


まともな人なら、そして娘のことを本気で考えてくれてる人なら、きっと来るはず。

親にちゃんと挨拶して年の差の不安を払拭したいと思うはず――ちゃんとしてる人ならね。


(もし来なかったらマイナス50点ね…)



「あれ?愛は?」


ようやくショックから意識を取り戻した頼りない旦那に、

「とっくに夕飯食べ終わって自分の部屋に戻ったわよ」

と私は溜め息を吐きながら告げた。


「もし愛の彼氏が家に来たら、あなたもちゃんと同席してよね」

「家に来るなんて許さん!」

「何言ってるのよ、愛に相応しいか私達でちゃんと彼氏を見定めないと」

「それもそうだな…」



 

 





それから約1ヶ月後、その日は突然やって来た。

娘が彼氏を連れて帰って来たのだ。


「初めまして。愛さんとお付き合いをさせていただいてます、櫻井慎一です」


にこっと笑顔で、ご丁寧に手土産を差し出して来たその彼氏の容姿に……私も旦那も固まってしまった。


(これが31歳…)

(え、普通に良くない?)

(むしろ娘と同年代の男の子達より全然良くない?)


芸能人ばりの整った顔に、高身長。

知的で清潔感があって、着ているコートも服もひと目で上質な物だと分かる。

何だろう…、ものすごく品があるのだ。

きっと育ちがいいのだろう。


「すみません、もっと早く挨拶に伺いたかったのですが、学会の準備で忙しくて」


学会?


「お仕事は何をされてるの?」

T医科大学病院で医師をしてます」

「まぁ…お医者さまなのね」


(どうしましょう……今のところ反対する要素が全く見当たらないわ)

(むしろこんな好物件を見つけてきた娘にグッジョブよ)

(というか、むしろまだ大学に入ったばかりの19歳の小娘が相手で本当にいいのかしら…)


 



「専門は?」


リビングに移動した後、旦那が櫻井さんに尋ねた。


「産科です」

「ほう…、なぜわざわざそれを選んだんだね?」


確かに。

産科というのは医者には不人気な分野だと聞く。

勤務時間が不規則で緊急対応が多く、急性期で命を扱う責任の大きさから医師不足も深刻な科だ。

なぜわざわざそこを選んだのか私も気になる。


「親が産婦人科を開業してるので。将来はそこを継ぐ予定だからです」

「なるほど…。ちなみにご実家はどこかね?」

「朝霞です」


あら、めちゃくちゃ近いわ。

荒川を挟んですぐ向こうの市だ。

ん?朝霞の産婦人科?櫻井?


「もしかして桜レディースクリニック?」

「あ、そうです。よくご存じですね」

「ええ…、娘を出産した病院ですから」

「そうだったんですね」



何という偶然。

桜レディースクリニックは19年前に愛を出産した病院だ。

産婦人科の個人病院としてはかなり規模が大きく、女医を含む常勤医師は当時でも5名以上いたはず。

院長の櫻井先生が櫻井さんのお父様ってことなのね。

え?つまりこの櫻井さんは次の院長ってこと?

え?愛ったらもし結婚まで漕ぎ着けたらめちゃくちゃ玉の輿じゃない。



「じゃあ今は大学病院で修行中って感じなのかしら?」

「はい、大学病院は個人病院では対応できない症例の患者が多く回って来ますので。あと10年くらいは今の病院で経験を積む予定です」

「そうなのね…」


娘の親にも臆することなく話してくる櫻井さん。

娘はそんな櫻井さんの隣で、ウットリするように彼を見つめていた。

まだ交際1ヶ月な二人。

親としてはもちろん清い交際を結婚まで続けてほしいけど。

でもそんな制限をしたばかりに、二人が須本さんみたいに学生結婚を選んでも困るので……ここは大人しく黙っていようと思う。

産科医なら妊娠も避妊も専門分野だろうし、悪いようにはならないだろう。


「あの、実はオレの誕生日…イブなんですけど」

「あら、もうすぐなのね。おめでとう」

「ありがとうございます。それで、当日は愛さんと過ごしたいのですが…、外泊の許可をいただけないでしょうか?」




(――は?!)




途端に顔を赤く染めてくる娘と櫻井さん。

私も旦那も当然固まってしまった。

もちろん結婚前の娘を持つ親としては反対だ。

でも、許可しなかったらしなかったで、おそらく日中にコトに及ぶだろうから結果的には同じことだ。

わざわざ許可を貰おうとするその心意気は買ってあげようと思う。


「そうねぇ…、愛の一生の思い出になるような素敵なクリスマスにしてくれるなら」


いいわよ――と夫は無視して私は許可を出した。


「はい、それはもちろん…約束します」


今まで大事に大事に育ててきた娘。

今の時代、彼氏が出来た時点で貞操は諦めなくちゃならないことくらい分かってる。

願わくば、その時が娘にとって一生の思い出になるくらい、素敵な瞬間になってほしいものだ。


(櫻井さんなら信用してもいいだろう…)


彼女の親という私達夫婦に臆せず挨拶に来てくれた時点でプラス50点だからだ。

娘より一回りも年上ということが一番の心配だったけど、囲碁しか興味がなかった子供っぽい娘には、これくらいしっかりとした人が付いていてくれた方が安心できる。

ただ気になるのは…、どう見ても優良物件すぎるこの櫻井さんが、なぜ娘を選んだのかということだ。


(周りに素敵な大人の女性がたくさんいそうだけど…)


 



「あの、櫻井さん…、どうして娘と交際しようと思ったの?」

「え?」


娘がトイレに立った隙に思い切って聞いてみた。


「出来たら正直に話してほしいわ。私達が納得出来るよう…」

「…いいんですか?正直に話しても」

「ええ。娘には黙っててあげる」

「…愛さんとは同僚の紹介で出会ったんですけど」

「ええ、須本先生よね。それは娘から聞いたわ」

「正直オレ…、あの頃先の見えない婚活に疲れ果てていて…」


あら、こんな人でも婚活するのね…とまず驚く。

婚活を続けてはいるものの、どうしても恋愛結婚への憧れが捨てきれなかったという。

そんな時、須本先生が親友の妹とゴールインしたらしい。

彼らの結婚があまりに自分の理想で、羨ましかったという。


「須本にお願いして奥さんの友達を紹介して貰って愛さんと出会ったんですけど、正直一目惚れでした…」


容姿だけじゃなくて仕草も話し方も性格も、何なら推しを語りまくる姿もどれもめちゃくちゃ可愛かった――らしい。

(そうよ、うちの子は本当に可愛いのよ。よく分かってるじゃない)


「囲碁が好きだというのでオレも勉強して、何とか愛さんと4子置きくらいで張り合えるくらいになりました」

「あら、すごいわね。あの子強いでしょう?高校の3年間、全国優勝してたもの」


デートで対局して、時にはイベントも一緒に行って、もちろんその前後に食事したり買い物したり…、共に過ごした2ヶ月間がとにかく楽しかったという。


「今でも夢みたいです。この歳でまたこんな気持ちを持てるなんて…」


こんな気持ちを人は『恋』と呼ぶ。


「告白するのにあんなに緊張したの…、学生の時以来でした」


断られたらどうしようと恐くなるのは、相手がもちろん替えのきかない本命だからだ。

逆にOKしてもらえて涙が出そうになるくらい嬉しかったのも、相手が本当に好きな女の子だからだ。


「あの…、お義父さんお義母さんとも長いお付き合いになると思いますので、これからどうぞよろしくお願いします」

櫻井さんが頭を下げてくる。

「そうね…、よろしくね」


最後のひと言で、私は彼を完全に信用した。

娘にどれだけ本気なのか分かったからだ。


(こんな素敵な息子が出来ちゃっていいのかしら…)


 

 

 



「お邪魔しました」

「また来てね」

「ありがとうございます」


帰り際、

「私、櫻井さんを駅まで送って来るね」

と言って娘も一緒に玄関を出て行った。


おそらく数年後、この光景は当たり前になってしまうんだろう。

お嫁に行ってしまう娘を想像して、少しだけセンチメンタルになる。

旦那も横で鼻をすすっていた。


「いい人だったわね。安心したわ」

「そうだな…」

「二人を巡り合わせてくれた須本さん夫妻に感謝しないとね」


 

 

 



予定通り、娘はクリスマスを櫻井さんと過ごした。

そしてその数日後、二人で須本夫妻の結婚式にも参列しに行った。

(食事会は家族のみだったらしいが、挙式自体は新郎新婦の友人もそれなりに来てたらしい)


「ブーケ貰っちゃった♪」

とご機嫌に帰って来た娘。


「私もいつか結婚したいなぁ…」


そうボソッと呟いた娘のウェディングドレス姿を想像してみた。

もちろん、娘の横に立つ櫻井さんもセットで――


 



END

 

 


以上、櫻井先生が惣田愛ちゃんの両親(二人とも50歳くらい)に挨拶に行った時のお話でした〜。
クリスマスにお泊りデートをしたらしい二人です。ちゃんと親の許可を直接貰う櫻井君です。むしろその許可を貰いに挨拶に行ったと言っても過言じゃないよ。

31
歳と聞いていたのでオッサンが来ると覚悟してたら、芸能人ばりのイケメンが来てビックリ仰天な惣田夫妻です。
しかも娘を出産した病院の跡取り息子よ。埼玉で一番大きい産婦人科病院で、惣田家から車で15分ほどらしいです。
19
年前の当時もお祝い膳とかめっちゃ豪華で、看護師さん達からのフォローも手厚く、桜レディースクリニックにいいイメージしかない惣田母です。
でもって確かに父親の櫻井院長もイケメンだったもんな〜と当時を振り返るお母さんなのでした。

明菜の挙式時のブーケは愛ちゃんが貰った模様です。ブーケトスでゲットよ。