●TIME LIMIT〜温泉編〜●
「え?別れた…?」
「だってアイツ浮気してたのよ?!ほんと信じられない!!」
「………」
大学に入って早5ヶ月。
世間の学生は夏休み真っ最中の時期になっていた。
私と美鈴も当然夏休みで、美鈴は昨日まで実家の方に里帰りをしていた。
まだ帰ってほんの5日。
やけに戻って来るの早いなぁ…と思っていたら、原因はこれだった。
『彼氏の浮気』
美鈴は高校の時から付き合っていた地元の彼と、私と同じように遠距離恋愛をしていた。
「浮気って…本当に?」
「浮気どころか二股よ!アイツったら、同じ学科の子ともう二ヶ月も普通にお付き合いしてたらしいんだから!」
「嘘…」
「通りでメールも電話も最近減ってたわけだわ。あーームカつく!」
ムカつくムカつくと怒りながらも、涙を溢れさせる美鈴の肩を抱いて…慰めてあげた。
やっぱり遠距離恋愛って…大変なのかな…。
「…千明も気をつけた方がいいよ…」
「うん…分かってる」
一ノ瀬と私もずっと遠距離恋愛。
浮気とか…全然心配じゃないと言えば嘘になる。
やっぱり不安。
毎日のように電話はしてるけど、電話なんか…ぶっちゃけいくらでも嘘がつけるし。
彼に限ってないとは思うけど…ね。
「…一ノ瀬君は、いつ帰ってくるんだっけ?」
「バイトがあるからお盆だけだって…。二年までしか時間に余裕がないから、今稼いでおくんだって」
「じゃあ千明は今週ヒマなんだ?ね、一緒に温泉行こう♪」
「温泉?」
「失恋で痛んだ心を温泉で癒したいの」
「なるほど」
善は急げ。
私と美鈴は早速ネットで旅館を予約し、新幹線の切符も駅で買ってきた。
行き先は熱海。
美鈴と二人で温泉なんて初めてでちょっと嬉しい♪
「は?温泉…?」
「うん、明日から美鈴と熱海に行ってくるから」
出発前日の夜。
実家で夕飯を食べることになったので、家族にもそのことを話してみた。
弟達がいいな〜と声を上げるのとは裏腹に、お父さんだけは複雑そうな顔を向けてくる。
「本当に…美鈴ちゃんとだろうな?」
「もーなによ、疑ってるの?本当に美鈴とだよ!疑うならお父さんも付いて来れば?」
「いいのか?」
「ダメ〜」
一ノ瀬と付き合い出して以来、お父さんはかーなーり疑い深くなっていた。
次はいつ会うんだ?とか、今度はいつ福岡行くんだ?とか、煩くて仕方がない。
もう!放っといてよ!
♪〜♪〜〜♪
この曲…一ノ瀬だ!
実家から帰る途中、彼から電話がかかってきたので、慌てて出た。
「もしもし?」
『あ、進藤?』
「うん」
『連絡するの遅くなってごめん。実は俺、昨日からこっちに帰って来ててさ』
え……?
『俺の父さんが倒れたって電話あって…慌てて。あ、でも全然たいしたことなかったから。今日の夕方にはもう退院出来たぐらいで』
「そう…なんだ」
『バタバタしてたから連絡遅れてごめんな』
「ううん。そんなの…全然気にしないで」
『あー…でさ、明日会える?』
「え…?」
『せっかく帰って来たんだし、進藤に会いたいな〜なんて』
明日……
「あ…ごめん。明日は…美鈴と約束があって」
『そっか…残念』
「今からなら大丈夫だけど!」
『はは…会いたいけど、今夜はまだ家族といないとちょっとまずいんだ』
「…だよね。いつまでこっちにいるの?」
『明後日の夜。まぁ…またお盆にも帰ってくるから、その時な。じゃあおやすみ』
「うん…おやすみ」
一ノ瀬……帰って来てたんだ……
会いたかったな……
「ええ?!一ノ瀬君、帰って来てたの??」
「うん…みたい。明日会えない?って聞かれたけど断っちゃった。美鈴と約束あるし」
「も〜〜〜何ですぐ連絡くれないかなぁ!」
「え?」
美鈴が私の携帯を取り上げて、勝手に電話し始めた。
「あ、一ノ瀬君?千明の友達の美鈴です。こんばんは〜」
ええ??
ちょっ、なに勝手に一ノ瀬にかけてるのよ!!
「私、明日から千明と温泉行く予定だったんですけど、ちょっと風邪ひいちゃったみたいなんですよ〜」
ゴホゴホとわざとらしく美鈴が咳をした。
「よかったら私の代わりに行ってもらえませんか?ああ、大丈夫大丈夫。熱海だから近いし、明後日の飛行機には全然間に合いますって」
もう……美鈴ってば……
「あ、本当ですか〜?助かりま〜す!じゃあ千明に代わりますね〜」
はいっと、携帯を渡される。
「あの……ごめん」
『え?あ、いや、別に…。で、待ち合わせどこにする?』
「じゃあ……12時に品川でもいい?」
『うん。駅に着いたら電話するな』
「うん…」
ピッ
携帯を畳んで美鈴の方を見ると、ニヤニヤと笑っていた。
「私ってホントいい友達よね!」
「美鈴の失恋を癒す為の温泉でしょう?何で…」
「いいのいいの。実は私、既に同じサークルで気になってる子いるし♪失恋は新しい恋で癒すから大丈夫♪」
「何よそれ…」
「それより千明、一ノ瀬君と初めての温泉でしょ?下着選ぶの手伝ってあげようか?」
ふふふ、とお節介おばさんになった美鈴が、私のチェストを漁り出した。
そうだ……初めてだ。
温泉どころか、お互いの部屋以外で泊まるの…初めてなんだ。
どうしよう……緊張してきた……
「お土産話、楽しみにしてるからね♪」
「………」
その晩――私は緊張でロクに眠れなかった…
○●○●○
「進藤、久しぶり」
「うん、一ヶ月ぶりだね」
翌日正午―――品川駅で待ち合わせた私達は、まずはランチを食べに近くのレストランに入った。
私の目の下のクマを見て笑われる。
「寝れなかったのか?」
「うん…楽しみ過ぎて。一ノ瀬は寝れたの?」
「うん、爆睡」
「それはそれで何かムカつくんだけど…」
「だって今夜寝るつもりないし。その分たっぷり寝ておいたわけ」
「………」
寝るつもりない……って。
それはつまり……やっぱり、そういうことなのかな…。
ああ…私のバカバカバカ!
途中で寝ちゃったらどうしよう…。
「…進藤のお父さん、このこと知ってるのか?」
「ううん、突然だったから言う暇なかったもん。突然じゃなくても言わないけど!」
「はは」
今回は美鈴も協力してくれてるから大丈夫。
初めての二人きりの旅行だし、思いっきり楽しもう♪
熱海までは新幹線で約40分。
駅から旅館までは二人でのんびり歩いてみた。
テストやレポートのこと。
バイトのこと。
大学のこと。
それに新しい友達のこととか、色々話しながら。
「合コンとか行ったりしてないよな?」
「行くわけないでしょ!一ノ瀬の方こそ…向こうの可愛い子に惹かれたりしてないでしょうね?」
「進藤より可愛い女って見たことないから」
「………」
顔が…熱くなってきた。
そういうこと、サラッと言わないでほしい…。
心臓がドキドキして爆発しそう。
「いらっしゃいませ」
歩くこと20分――ようやく旅館に到着した。
チェックインを済ませると、早速部屋に案内してくれる。
10畳程度の眺めのいい和室。
本当は美鈴と泊まるはずだった部屋。
でも、今横にいるのは……一ノ瀬だ。
「浴衣に着替えてみねぇ?」
「そ、そうだね。私向こうで着替えてくるね」
和室を出て、浴室の方の脱衣所で浴衣に着替えてみた。
どっちが…上だっけ?
左かな?
浴衣なんて久しぶりで、ちょっと嬉しい。
そういえばお盆に花火大会あるなぁ…。
一ノ瀬と行けないかなぁ…。
「…お待たせ」
着替えて部屋に戻ると、一ノ瀬も浴衣に着替え終わっていた。
「…カッコイイね」
「進藤も超可愛い。今すぐ襲いたいぐらい」
「〜〜〜もう!昼間っから何考えてるのよ」
「じゃあ夜ならいい?」
「…夜なら、ね」
気を紛らわす為にも、とりあえず先に一度温泉に入ってくることにした。
一階の大浴場前までは一緒に行って、私は女風呂へ。
一ノ瀬は男風呂。
「先に上がったら待っててね」
「ああ」
別れて、一人でゆっくり温泉に浸かった――
まだ時間が早いから全然空いてる…。
露天風呂もあるんだな…、後で行ってみよう…。
それにしても温泉って……一人で浸かってると何か恥ずかしい気がする。
女の子同士で浸かってたら、ああ…友達同士で来たんだなって分かるし、親子で浸かってたら家族で来たんだと分かる。
でも一人って……一人で温泉に来る人はかなりレアだから、当然旦那さんか彼氏と来たってことになるでしょう?
私ぐらいの歳だと、彼氏と来たって言ってるようなものだし。
誰も気にとめてないことなのかもしれないけど、こういうの…慣れてないから無性に恥ずかしい……
深く考えると何だかのぼせてきたので、早いけどもう出ることにした。
また夜にもう一回来よう…。
「あれ?一ノ瀬まだなんだ…」
やっぱりもうちょっとゆっくり浸かればよかったかな…と思いながら、自販機前の休憩所で待つことにした。
何か飲もうかな…。
「お姉ちゃん、ポカリ買ってよ」
「嫌よ、自分で買いなさ…――――って!」
つい普通に返事しちゃったけど今の声!
慌てて振り返ると―――我が弟・明人がいた。
「ちぇっ、じゃあお父さんにお金もらってこよ」
「ななななんで…あんた」
「お父さーん!150円ちょーだーい!」
明人がそう言って男湯に戻り、次に出てきたのはもちろん我が父親(+妹)。
その後ろから苦笑いの一ノ瀬。
「よう、千明。偶然だな」
「お父さん……」
もう…いい加減にしてほしい……
「あ!こら、待て!」
私は一ノ瀬を連れて、ダッシュで部屋に戻った。
お父さん達も追いかけてくる。
「携帯携帯携帯…」
鞄から取り出すと、メールが一通来ていた。
『ごめーん(>_<)』と美鈴から。
ごめん…って、オイ!
怒りが収まらない私は電話をかけてやった。
「ちょっと、美鈴?!あんた、親友を売ったわね?!」
『えーん、だってぇ…おじさんと明人君に頬っぺにチューされたら答えないわけにはいかないもーん。私がおじさんのこと大好きなの知ってるでしょう?』
頬っぺに…チュー…って……
何考えてんのよ!あのエロ親父!!
(おまけに明人まで巻き込むなんて!)
「進藤、まぁ…そんなに怒るなよ。黙って来た俺らも悪いんだし」
「そうそ。オレを出し抜こうなんて100年早いぜ、千明」
「もう…信じられない。…お母さんは?」
「アキラは仕事」
アンタは仕事無いんかい…!!
「でも夜にはアキラも来るからさ、今夜は男同士・女同士に分かれて寝ような♪」
「…は?」
「結婚前の男と女が一緒に寝るのは絶対に許さないからな!」
「えー…」
どうしよう…?と一ノ瀬の顔を見ると、既に諦めてる様子。
きっと大浴場で見つかった時に散々言われたんだろう。
はぁ……ほんと信じられない……
○●○●○
「おにいちゃん、トランプしよー」
「いいよ。何がいい?」
「ババぬき〜♪」
夕飯まで、お父さん達の部屋で家族揃っての団欒の時間を過ごした。
まだ6歳の明菜は甘えたがり屋で、一ノ瀬のことも『おにいちゃん』と呼び、愛くるしい顔でゲームの相手をせがんでいた。
一ノ瀬がするなら、仕方がないので私もトランプに参戦。
もちろん弟も。
お父さんだけは窓際の机で、何やら難しい顔をしてマグ碁で棋譜を並べていた。
もう!気になる棋譜があるのなら、大人しく棋院ででも検討してればいいのに!
無理して来なくていいのに!
「お待たせー」
「ママぁ!」
「明菜待っててくれたの?」
「うん!」
お母さんが着いた頃にはもう夕食の時間で、私達も大広間に移動して皆と食べることになった。
妹の食事の手伝いをするお父さんを見て、一ノ瀬がなぜか羨ましそうに溜め息をついてきた。
「…進藤のお父さんって若くていいよな」
「え?」
「昨日俺の父さんが倒れたって言っただろ?実は俺の父さんってもう60代後半でさ…」
「そうなの?そっか、一ノ瀬って末っ子だもんね」
「うん、三番目。上の兄さんとは12歳離れてる」
「お母さんは?」
「母さんはまだギリギリ50代だけど…でも教師だからもうすぐ定年でさ。父さんも70になったら会社退職するって言ってるし…俺が卒業するまでに二人とも年金生活になっちまったら、俺の学費ってどうなるんだろ…って、最近ちょっと心配でさ」
「…そうだね」
「退職金とかぶっちゃけ手をつけてほしくないし。自分達の為に使ってほしい」
「だから…あんなにバイトしてるんだ?」
「うん…少しでも貯めておこうと思って」
偉いな…。
それに引き換え…私って親に頼りっぱなし。
それなのに、お父さんのこと…ウザいとか思っちゃってる。
はぁ…ダメだなぁ私って…。
反省。
「まだ30代の進藤の両親見てたらさ、やっぱ何かちょっと羨ましいよな。すげー元気だし、進藤のこと心配してこんな所まで来てくれるもんな。俺の親じゃ考えられないよ」
「私はむしろ落ち着いてる一ノ瀬の両親の方が羨ましいけどね…」
「はは、実はどっちもどっちなのかな」
美鈴も昔同じことを言っていた。
私のお父さんが若くていいなぁ…って。
私はいいと思ったことがなかった。
それが当たり前だったから……
「俺、自分の子供には絶対に同じ思いをさせたくない。…て言ったら、進藤は困る…?」
え……?
「え…、子供に同じ思いさせたくない…って、それって…早く子供がほしいってこと?」
一ノ瀬との結婚を一度も考えたことがない…と言えば嘘になる。
いつか出来たらいいなって…思ってた。
でも、いつかはいつかだ。
まだまだ10年以上も先の話。
私はそう思ってたんだけど……一ノ瀬は?
「うん、欲しいな。40までには絶対」
「よ、40??」
いやいやいや、そりゃあ私だって、40までには欲しいよ。
というか40ぐらいが限界でしょ?
「なんだー…びっくりしたー。そんな風に言うから、今すぐ欲しいのかと思った」
「は?はは…いくらなんでもそれはないって」
「そうそう。学生結婚は絶対に許さないからな!」
お父さんが私達の間を割って入ってきた。
よく見ると全員がこっちに注目している。
やばっ、今の会話丸聞こえだった??
「さ〜一ノ瀬君、オレと明人と一緒にもう一回温泉入りに行こうぜ。千明と一緒にいられる時間は終わり!」
「あ…はい」
お父さんに一ノ瀬は連行されていってしまった。
残ったのは私とお母さんと明菜の女三人組。
「僕らも入りに行こうか」
「うん…そうだね」
温泉は一人で入るより皆で入った方が全然楽しい気がした。
走り回ってる明菜をお母さんが捕まえて、体を流してあげてる。
あ。お母さん…ちょっとお腹出てきてる。
そういえばお母さんも40歳で子供産むんだよなぁ…。
「一ノ瀬君、今回初めて見たけど優しそうな人だね」
「そう…かな」
「格好いいし真面目そうだし、千明が好きになるのも分かる気がする」
「そう…?」
お母さんにそう言われると、ちょっと安心。
嬉しい。
「あきなも、おにいちゃんすき〜」
温泉に少し浸かった後、明菜はお母さんに髪の毛を洗ってとせがんでいた。
私が明菜くらいの時は、もう自分で洗ってた気がする。
お父さんしか…いなかったし。
もしあの時お母さんもいたら…もうちょっと私も甘えれてたのかな。
いてほしかったな…。
「千明も洗ってあげようか?」
じっと見てたら、お母さんが聞いてきた。
ボッと顔が熱くなる。
「い…いいよ、自分で洗う」
「遠慮しなくてもいいのに」
「いいの!」
でも、手にしたシャワーをお母さんに取られた。
仕方ないので……諦めて洗ってもらうことにした。
もう…恥ずかしい。
でも、嬉しい……
お母さんに甘えたことなんて、ほとんどなかったから――
「…一ノ瀬君にはちゃんと甘えられてる?」
「え…?なに?シャワーで聞こえない」
シャワーを止めたお母さんが、もう一度繰り返した。
「一ノ瀬君には甘えてあげてね」
「え…?」
「男の人って、意外と甘えられると喜ぶものだから」
「…お父さんも?」
「うん。僕もたまに我が儘言ってみてる」
「お母さんが?逆じゃないの?」
「そう。普段ヒカルの方ばかりが甘えてくるから、仕返しにね」
「へぇ…どんなの?どんな我が儘言ってるの?」
ちょっと興味がある。
「……お蕎麦が食べたい、とか」
「は?」
「だって麺類と言えばヒカルの中ではラーメンなんだもん。たまには違うのが食べたい」
「…お母さんって可愛いね」
温泉に浸り直した後も、お母さんと色んな話をしてみた。
ちょっと恥ずかしいけど…恋バナも。
一ノ瀬との成り行きとか思い出話とか。
普通の親子ではしないだろう初体験話も。
お母さんの初めての相手はやっぱりお父さんだったらしい。
15歳だったって聞いてたけど、改めてお母さんの口から詳しく話してもらうと……なんか、お父さん、ちょっとそれ、無理矢理過ぎない??
「千明も……一ノ瀬君が初めて?」
「うん…。一ノ瀬が福岡に引っ越す前にね…思い出がほしかったの。まだ付き合って一ヶ月経ってなかったし早いかな…って思ったんだけど、部屋に誘っちゃった…」
「ふぅん…いいね、そういうの。僕もそういう恋愛がしたかった」
「お母さんも…もしお父さんの最初の告白を受けてたら、そういう感じになってたと思うよ」
「そうだね…。でももしそうだったら……千明達はいないかな?」
「え?それは困る!」
「はは」
だからこれで良かったんだよね…?
「お母さんは…私が出来た時、産むかどうか迷った…?」
「ううん。あの時の僕には産む以外の選択肢はなかったから」
「本当…?」
「でも、産んだ後に…後悔したな」
「え…」
「ヒカルが僕の前からいなくなったからね。産まなければよかったって…何度も自分を責めた」
「……」
「でもヒカルがいなくならなければ…僕は自分の気持ちに気づかなかっただろうし、ヒカルはきっともう…この世にいなかったかもしれない」
「お父さん…弱いところあるからね。今はマシになってきたけど…」
「うん…だから、これでよかったんだよ。今ヒカルが横にいてくれて、千明も明人も明菜もいる」
「お腹の子もね」
「そう」
自分が大人になると、両親の気持ちが少し理解出来るようになった。
何で私って産まれてきたんだろう。
何の為に産まれてきたんだろう。
お父さんの為?
って……悩んだ時期もあった。
でも、私は私の人生を生きる為に産まれてきたんだと思う。
そう思うようにした。
自分の為にこれからは生きようと思う。
「…あれ?そういえば明菜は?」
「え?あれ?明菜ー??」
女同士の話に6歳の明菜はついていけなかったらしく、妹はいつの間にか男湯に移動して、お父さん達に合流していたらしい。
「パパ、はつたいけんってなぁに?」
「は?」
「ママとおねーちゃんがはなしてたの。ママのはつたいけんはパパだって。おねーちゃんはいちのせおにいちゃんだって」
「ああ…初体験ね。へぇ…そうなんだ、千明の相手は…へぇ〜。明菜も大人になったら分かるよ」
と明菜に説明しながら、お父さんは一ノ瀬を思いっきり睨んでたらしい。
これでは絶対に今夜は当初の予定通り、男同士と女同士に別れて寝ることになるな…と諦めていたら、さすがはお母様。
お父さんを説得してくれた。
ちなみに決め台詞は
「キミには僕がいるだろう??」
だった。
そうだよ!お父さんにはお母さんがいるでしょう??
○●○●○
「じゃあ…寝るか。おやすみ、進藤」
「うん…おやすみ」
部屋に綺麗に並べられた布団が二つ。
私が左で、一ノ瀬が右。
別々の布団に入って――電気を消した。
やっぱり二人っきりになったからって、すぐ数部屋先にはお父さん達もいるし。
いつまた邪魔しに来るか分からないし。
やっぱり今夜は何もしないまま…もう寝るのかな…。
ちょっと残念。
一ノ瀬に会うの、一ヶ月ぶりなのに……
「……進藤とこうやって布団並べて寝るの、初めてだよな…」
「うん…そうだね」
「何か夫婦みたいでいいよな」
「…うん」
「でも…新婚の夫婦はさ、別々の布団じゃ寝ないよな?」
「え…?」
一ノ瀬が私の布団をめくって侵入してきた。
へへって笑われたかと思ったら…すぐに私の上に乗ってきて――キスされる――
「――ん…―」
すぐに離れた彼の唇は、続けて私の頬や耳…そして首にキスしてきた。
「い…一ノ瀬、駄目だよ…お父さん達…近くにいるのに」
「鍵かけてあるから大丈夫だって…」
「でも……」
とか、口では反論しながらも、私の体はもうする気満々だった。
勝手に手が一ノ瀬の首の後ろに回る。
「進藤…好きだ」
「私も……」
もう一度唇を合わせた後――一ノ瀬の手が、私の浴衣の紐を引っ張り……あっという間に前を丸裸にされてしまった。
「浴衣って便利だよな…」
「ふふ」
私も一ノ瀬の紐を解いて、前を全開にしてやった。
鎖骨に触れると……彼も私の胸を触ってきて…揉まれて。
顔が近づいてきたなぁ…と思うと舐めて、吸い始めた。
「……ぁ……」
すごく……気持ちいい。
最初は何とも感じなかったのに、回数を重ねるうちに次第に快感が襲ってくるようになった。
胸からずれて……お腹も舐めてくる。
やだ…こそばゆい。
「…ね、一ノ瀬の…触ってもいい?」
「ん…いいよ」
体を起こした私は、彼の性器に手を伸ばした。
勃ち上がってすごく固くなってる。
「あ…やだ…」
彼も私の下半身を触ってきた。
弄られると…あっという間にくちゅくちゅいやらしい音が聞こえてくる。
何か私……いつもより濡れるの早い。
すごく感じてる。
たぶん…まだ微妙に羽織ってるこの浴衣のせいだ。
あと…この温泉の雰囲気。
いつもと違うから…。
あと…お父さん達もいるから、ちょっとしたスリル感も気づかないうちに楽しんでるのかも……
「……ぁ…ん、…は……」
「進藤……」
「ん……」
一ノ瀬が、我慢出来ないように…私を布団に押し付けて、脚を広げてきた。
「…いい?」
「う…ん…」
ゴムを付けてるのか、モゾモゾしだしてちょっと中断。
この時間…焦らされてるみたいでちょっと好き。
付け終わった後――すぐに中に押し込まれた。
「――ぁ…んっ、あ…、…あ…ぁっ」
激しく突かれて、ちょっと逃げ腰になる。
でも気持ちよくて、声が…止まらない。
「進藤、隣に聞こえるって」
「だっ…て、…ぁ…っ」
一ノ瀬に手で口を塞がれた。
隣…はお父さん達の部屋ではないけど、でも、聞こえたらきっと迷惑だろう。
でも、そんなの…気にかける余裕なんてない。
気持ちよすぎて……おかしくなりそう――
「…いい?」
「ん……」
今度は後ろから…挿れられた。
その後は…上に乗るよう言われたり、でもやっぱり正常位に戻ったり…。
なん…か、一ノ瀬もいつもと違う。
すごく…乗り気?
いつもより長いし、激しいし……いつもならこんなに何度も体位とか変えたり…しないのに…。
「ぁん……だめ、…いきそう…」
「ん…俺…も」
最後にもっと激しく突かれて――私は上り詰めた。
一ノ瀬も突然動きが止まったから……出たんだろう。
「――…ん…っ、ん――」
今度は激しいキスをして、余韻に浸った。
いつの間にかお互いの浴衣は布団の外。
というか、掛け布団もどこかにいっちゃってた。
使ってないもう一つの布団との荒れ具合の差が激しくて、いかにもって感じで恥ずかしい。
でもまぁ…温泉ってこんなもんだよね?
「進藤…最高によかった」
「私も…」
抱き合って、私達は眠りについた――
○●○●○
私は枕が変わったら熟睡出来ない。
まだ夜明け前なのに目が覚めた。
横を見ると一ノ瀬が眠ってて……幸せを実感。
「ん…進藤…?もう起きたのか…?」
一ノ瀬の胸とかお腹とかを撫でていたら、起きちゃった。
「あんまり触るな…って。またしたくなる…」
「いいよ。しても」
「………」
彼の手が私の胸に伸びてきた。
指でくるくる乳首を弄られる。
「……ん…」
「気持ちいい…?」
「うん…少し」
と答えると口が近付いてきて…吸われた。
「…美味しいの?」
「うん」
「ふぅん…」
何の味もしないはずなのに…男の人って変なの。
吸ってるところをじっと見てると、恥ずかしくなったのか、口を離してしまった。
私の下半身に移動して……脚を広げられる。
「…や…っ」
指で広げた秘部に舌をはわされた。
「…ぁ…っ、や…だ…ぁ…、も…ぉ…」
舌の柔らかさと温かさが何とも言えない気持ちよさで、恥ずかしくて嫌なのに…たいした抵抗が出来ない。
「すげぇ濡れてる…。もう入りそうだし」
「ん…いいよ、挿れても…」
「じゃ…お言葉に甘えて」
一ノ瀬が再びゴムを付けて、私の中に入ってきた。
でも昨日みたいに激しく動かないで、優しく…じっくり中を確かめるように、私の表情も確かめながら出し入れしてくる…。
「…ぁんっ、あ…ぁ…っ」
「進藤…可愛い」
「やっ…、もぅ…見ないで…よ」
「気持ちいい?」
「う…ん、いい…」
いいと言うと、突然動くスピードが上がった。
今度は男の人が満足する為のスピード。
おかげで私はあっという間に撃沈した。
もちろん、一ノ瀬も――
「ふー…またしちゃったな」
「うん…朝っぱらから恥ずかしいね」
チュッと唇を合わせてキスをした――
「もう一眠りするか?」
「ううん…いい。ねぇ、温泉ってもう開いてるんだっけ?」
「朝は5時からって言ってなかったか?」
時計を見ると5時半だった。
「ちょっと入ってこようかな…」
「じゃあ俺も」
一緒に大浴場まで行くと、女湯の入口でお母さんと会った。
「おはよう、お母さん」
「おはようございます」
「おはよう。早いね、千明達」
「うん…目が覚めちゃって。お母さんも?」
「うん…まぁ、そうだね」
お母さんの顔が少し赤くなった。
一ノ瀬と別れ、お母さんと温泉に入ると―――お母さんの胸元にキスマークを発見。
それに目が釘付けになってると、
「ち、千明だって、付いてるじゃないか」
と首筋をなぞられた。
え?嘘!!
「ははは…」
お互い苦笑いした。
ということは……お父さんとお母さんも、昨夜の私達と同じことをしたのかな…。
「お母さん…妊娠してるんでしょ?…大丈夫なの?」
「もう安定期に入ってるから、少しくらいなら…ね」
「ふぅん…そういうもんなんだ」
温泉から出ると、休憩室前が何やら騒がしい。
お父さんと弟の明人だった。
「オレもう絶対にお父さん達と同じ部屋で寝ないから!」
「だからごめんって〜。お前も明菜も熟睡してたから大丈夫かな〜って思ったんだよ」
「そりゃ寝てたよ!寝てたけどさ、横であんなにゴソゴソされたら起きるっつーの!」
そうだ。
昨日両親は当たり前だけど弟達とも同じ部屋だったんだ。
それなのに、したんだ??
そりゃ明人は怒るよ…。
「お姉ちゃんの部屋で寝ればよかった!」
いやぁ…私の部屋も同じだったんだけど…なんて、絶対言えないけど……
○●○●○
「え?千明達は新幹線で帰るのか?」
「うん。予約してるし」
お父さん達は車なので、別々に東京に帰ることにした。
帰路ぐらい、一ノ瀬と二人きりでいたいし。
(ちなみに旅館代は払ってくれたからちょっとラッキー)
「今度会えるのはお盆だね」
「そうだな。5日後…かな?すぐだよ」
「うん。ね、花火大会一緒に行こうよ」
「いいよ」
「他にもいっぱい夏の思い出作りたいな〜。また福岡にも行くね」
「うん、楽しみにしてる」
初めての温泉旅行はちょっと邪魔が入ったけど、お母さんともいっぱい話せたし…ある意味充実してた。
まだ夏休みは始まったばかりだし、付き合って初めての夏だし、色んな思い出が作りたいな。
「…あ。忘れてた」
「え?」
一ノ瀬が自分の鞄を探りだした。
取りだしたのは小さな紙袋。
「誕生日一緒にいられなかったから、ちょっと遅くれたけど…」
「誕生日プレゼント?なに?」
「開けてみて」
紙袋の中には更に小さな包みが入っていた。
それを開けると小箱が入ってて。
その中には―――
「指輪だ…」
「うん。いつもしていて欲しいから…」
「嬉しい!ありがとう」
新幹線のホームで、私は一ノ瀬の頬にチュッとお礼のキスをした――
○●○●○
5日後―――再び帰省した一ノ瀬と、約束通り一緒に花火大会に行くことになった。
お母さんに浴衣を着せてもらって、髪も結ってもらって。
「千明すっげー可愛い!!」
「大袈裟だよ…お父さんはもう」
お父さんの褒め言葉には照れ隠しでつい反論しちゃうけど、
「こっちの浴衣もいいな。可愛い」
「ありがと。エヘヘ」
一ノ瀬の言葉にはいつもすごく素直になれる。
花火大会の帰りに一ノ瀬の実家に寄って、ご両親にも紹介された。
もうすっごい緊張した〜!
というか……70歳前とは聞いてたけど、本当にお父さんがおじいちゃんでビックリしたぁ…。
私達が結婚して、義理のお父さんになる頃まで生きてらっしゃるかしら……なんて。
「俺、父さんが49の時の子供なんだ」
「へぇ…」
「子供からしてみれば本当に困る。参観日とか恥ずかしかった記憶しかないし。進藤ん家が羨ましいよ」
「うん…、じゃあ…私達はもっと早く作ろうね」
「うん」
私の部屋に帰った後、その予行練習という名目で、私達はまた体を合わせたり。
ベッドの下に浴衣が散乱していて、ちょっといやらしかった。
お盆が終わると一ノ瀬は福岡に帰ってしまったので、今度は私の方が遊びに行くことにした。
夏休みの間は夏期講習に行くとかで家庭教師もお休みになったので、お父さんには内緒でもう10泊とかしてみたり。
でも一ノ瀬はほとんど毎日フルタイムでバイトだったので、ちょっとヒマだった。
とりあえず午前は掃除をしまくって、午後は図書館で私も課題して、そして夜は擬似新婚生活を送ってみたりした。
すっごく充実した夏休みになった気がする。
夏休みが終わるともう秋で、すぐに冬。
そしてまた春がやってくる。
季節季節でその時の思い出を、二人でいっぱい作っていきたいなって思う。
昔、お父さん達の結婚式で憧れた…世界でたった一人の伴侶。
それはきっと一ノ瀬なんだと思う。
まだ10代だし、これから何があるか分からないよって言われるかもしれないけど、私には分かる。
だって…私はあのお父さんとお母さんの娘だから。
いつか、私達も永遠の愛を誓おうね―――
―END―