●TIME LIMIT〜新家族編〜●
10月10日――千明に弟が出来た。
名前は『明人(あきと)』。
顔はどちらかと言うとオレ似の、可愛い男の子だ。
「アキラアキラ、すげぇ事実発覚!」
「え?何?」
アキラの入院中、時間が少しでもあれば面会に来てるオレ。
今日は一日オフなので、朝からずっと付きっきりだ。
「明人の血液型さ、B型なんだって!」
「…だから?」
「分かんない?千明はA型なんだよ!」
「ああ…そういうこと」
「うん!オレがOで、オマエがABだから家族全員血液型が違うんだぜ!すごくねぇ?」
「すごいと言うか…不便なだけだな。もし誰かがケガした時に家族からは血が貰えないんだから」
「あ…」
そう言われてみれば…不便な気がするな。
まぁ、輸血するほどの大怪我をしなかったらいいだけど話だけど…。
でも人生何があるか分からないからなぁ…―
「そろそろ千明の学校が終わる時間だね」
「もう3時か。今日も帰りにここ寄るって言ってたから、オレも千明と一緒に帰ることにするか」
「毎日来てくれてありがとう。退屈せずにすむよ」
「えー?夫として当然だろ?奥さん見舞うのは」
「でもこの前ね、新生児室前で一緒になった人は、夫は退院の日しか来ないって言ってたよ」
「マジ?最悪の夫じゃん」
「仕事が終わった頃には面会時間過ぎてるから仕方ないんだって」
「ふーん…」
アキラがオレの頬に手を伸ばしてきた―。
「キミは…千明が産まれた時も毎日来てくれてたよね」
「それこそ当然じゃん…。オレの我が儘で…産んで貰ったんだから」
「でも僕は嬉しかったんだよ…。事情の知らない看護士さんや周りのお母さん方とお話する時に…キミのことを勝手に『夫』って言ってしまうぐらいにね」
え…?
「確かに真実を説明したくなかったせいもあるのかもしれない。でも僕は…キミが本当の夫なら良かったのに…って、あの時何度も思ってた」
「塔矢…」
「『塔矢』って言わない約束だろう?千明に怒られるよ?」
「あ、ごめん…アキラ」
本当の夫なら良かったのに…?
なんだよそれ…。
そういうことはもっと早く言ってほしかった…。
そしたら――
「はは、相変わらず僕達…過去を悔やみ過ぎたね…」
「…だな。何やってたんだろなオレら…本当に」
「でもね…、ヒカルは『終わりよければ全てよし』って…知ってる?」
「シェイクスピア?」
「うん…。劇の内容はともかく…、いい言葉だと思わない?」
「今のオレらみたいだな」
「僕達は終わりじゃないけどね。これから…だよ」
「だな。退院してからが子育ての本番だもんな」
「頼りにしてるから」
「おう!何でも聞いてくれよな!」
千明の時は最初の一週間しか世話をしなかったアキラだから、実質上は初めての子育て。
オレは二人目。
オレが美鈴ちゃんのお母さんから教わったテクニック全てを、今度はアキラに教えてあげよう。
大変だけど、成長を見守るのってすげぇ楽しいんだぜ?
初めて言葉をしゃべったり…
初めて歩いたり…
初めて一人でご飯を食べたり…
一人で着替えをしたり…
子供の成長ってすごく嬉しい。
今度は二人でその楽しさを分かち合おうな。
もちろん千明だってこれからだ。
これからもどんどん成長して、小学校も卒業して、中学校、高校と上がって行く。
思春期だってもうすぐだし、初潮だってそう遠くないはずだろ?
だけど男のオレだけじゃ限界があったと思うんだ。
だから今、この時期に、アキラと一緒になれて本当に良かった。
恋もして…いずれは結婚もして、家を出てしまうことだってちゃんと分かってる。
その時に千明が後腐れなく新しい生活に踏み込めるように、親は見守って後押しやるのが役目だ。
足を引っ張っちゃいけない。
だけど今までのオレだったら…千明にとってはただの重荷しかならなかったと思う。
でも今は違うってハッキリ言える。
アキラ…、オマエがいるからだよ。
オマエが側にいてくれるから…オレはいい父親になれる。
ちゃんと娘の成長を心から喜んでやれる。
ありがとうアキラ――
○●○●○
「は?一人暮らし?」
「うん。大学に入ったら美鈴と同じマンションに住もうねって話してるんだ」
「一緒に部屋借りるのか?」
「まっさか〜。美鈴、彼氏いるもん。そんなヤボなことしないって」
朝食の時間に千明が突然言い出した一人暮らし。
驚いたけど…別に反対はしない。
だってオレ自身も、18で一人暮らしを始めたしな。
もうすぐ大学生になる千明。
昔から頭の良かった娘は10月には推薦で早々とK大合格を決めた。
幼馴染みの美鈴ちゃんとは大学は違うものの、その大学間の距離は地下鉄で数駅しか離れてないから、出来たら同じマンションに住みたいらしい。
8歳の時に離れた二人だけど、10年経った今でもずっと仲がいいのは親としてはすごく嬉しいことだ。
「えー、お姉ちゃん家を出ちゃうの?」
と不満そうに眉を傾げたのは長男の明人。
現在小学3年生の9歳。
「いやぁ…」
と泣き出したのは次女の明菜。
この春から小学校に入る6歳。
(ちなみに名前はもちろん全てオレが命名)
「明菜ちゃん泣かなくても大丈夫!お父さん達と打ちたいから、頻繁に帰ってくるつもりだしね」
「ほんと…?」
「うん!」
先生に教えて貰って以来、囲碁が趣味になってる千明。
既に腕はプロ並みだ。
とはいえ囲碁は悪魔で趣味の領域らしく、なりたい職業は他にあるらしい。
まだ教えてくれないけど、進む予定の学部が法学部だから……たぶん法律に関わる何かだろう。
部屋には既に六法やら司法試験の参考書やらが五万とあって、我が娘ながらその勉強熱心さに感心する。
反対に息子の明人は姿のみならず頭の悪さもオレにそっくりで、持ち帰ってくるテストの点数を見る度にアキラが怒りまくっている。
でも本人は遊ぶことしか考えてない。
だけど囲碁は全国大会で優勝するレベル。
普段はふざけまくってる奴だけど、碁盤に向かう時の姿勢だけは文句なしなので……まぁヨシとするか。
次女の明菜はこれまたオレ似の、目が大きくてすげぇ可愛い女の子だ。
将来の夢は『パパのお嫁さん』だって。
うわぁ…ホント可愛い奴だぜ!
そしてそんな3人の子供の母親であり、オレの奥さんであるアキラは、現在王座の五番勝負の為に松本に行っている。
今日の夕方には帰って来る予定なので、一日オフのオレは妻の帰りを夕飯でも作りながら待ってようかな。
「お父さん、今日もお仕事お休みなの?」
「うん」
「明菜も幼稚園お休みだよ」
「じゃあパパと一日遊ぼうか」
「うん!」
去年三大冠・天元・碁聖・十段を制してしまったオレは、今年は極端に手合いが少ない。
国際棋戦も予選なしで既に選手に決定してるので、後は本戦を待つのみ。
今は研究会に参加したり、イベントでの布教活動、解説、指導碁…といった仕事が主だ。
空いてる時間はもちろん子供達への家族サービスに当てている。
そして親孝行にも。
既に会社を定年退職して、夫婦二人で余生を過ごしているオレの両親。
年金だけの生活は厳しいものがあるらしいので、毎月の仕送りも欠かさないし、両親の誕生日や結婚記念日、敬老の日、父の日、母の日といったイベントの時は必ず旅行や何か形に残るプレゼントをしている。
あとは週に一度は子供を連れて遊びに行ったり。
孫が会いに来てくれた時の両親の顔はすごく嬉しそうだ。
オレもあと10年もすれば今の両親の気持ちが分かるのかな?
ちなみにオレは今、若い時の両親の気持ちを痛感している。
どうして8年半も平気で音信不通にしちまったんだろう…。
もしオレの子供の誰かがそんなことになったら……きっと心配で眠れない。
警察にも絶対に届ける。
父さん、母さん、…ごめん…――
ガチャ
「ママだ!」
玄関の鍵が開く音に反応して、明菜が慌てて玄関に向かった。
「ただいまー」
「ママおかえり〜」
「お帰り、アキラ。二戦目も白星おめでと。あと一勝だな」
「ありがとう」
ニッコリと微笑んでくれた塔矢の頬に、そっとキスをした――
「いい匂い。何作ってるんだ?」
「ハンバーグ。明菜が食べたいんだって」
「えへへ〜。明菜ね、パパの作るハンバーグ大好きなの〜」
「じゃあママがスープとサラダを作ってあげるね」
「うん!」
オレがメインのハンバーグを焼いて、アキラが付け合わせの野菜とスープを作る。
明菜は食器棚から必要なお皿を出して並べ、時には味見と称したつまみ食いをする。
そして完成した頃には千明も明人も学校から帰って来て、家族5人揃って夕飯を食べる。
今のオレらにとっては当たり前の光景だけど、1年後には千明もいなくなって…またその数年後には明人も明菜も巣立っていくんだろうな…。
そしてオレも両親と同じようにそのうち老後を迎えて――アキラと余生を過ごすわけだ。
その時ももちろんオレらの側には碁盤があって、一緒に打ちながら雑談する光景が目に浮かぶ。
死ぬまで一緒。
死んでも一緒。
ずっと…永遠に一緒に居れたらいいな――
―END―
何か最終回みたいやね…(笑)
次から子供たちの話がメインになります☆