●TIME LIMIT〜母の日編〜





「はーい皆、席について〜。今週の日曜が何の日か皆は知ってる?」

「ははのひー!!」

「その通り。お母さんにいつもありがとうって祝ってあげる日です。皆は何をしてあげるのかな?」

「カーネーションあげるー」

「カタもんであげるー」

「うんうん、きっとお母さん喜んでくれるよね。じゃあ今日はそんなカーネーションや肩たたき券に添えるメッセージカードを作ることにします」

「はーいっ!!」



――五月の第二日曜・母の日。

私はこの日が大嫌いだった――



「お・か・あ・さ・ん・え。い・つ・も…」

隣りに座ってる美鈴ちゃんがカードに色鉛筆で一生懸命文字を書き出した。

お母さんへ、の『へ』は『え』じゃないんだけど…。


「あら〜?千明ちゃんどうしたのかな?まだ真っ白ね」

このあまりにも配慮に欠けている台詞を口走った先生を、私は睨みつけた。

「私、お母さんいないもんっ」

プンッと反対側に勢いよく顔を背ける。

「あ…、じゃあ千明ちゃんは代わりにお父さんに…」

「父の日は来月だよ。先生、そんなことも知らないの?」

「うーん、じゃあ天国にいるお母さんに向けて書こうか」

「勝手にお母さんを殺さないで。まだ生きてる(と思う)もん」

「そ、そう…」


今時片親なんて珍しいことじゃない。

だけどそれは悪魔で都会の話。

この町のような田舎じゃ、夫婦はそろっているのが当たり前だ。

この桃組だって、お母さんがいないのは私だけ。

お父さんがいない子は一人いるけど、その子のお父さんは一年くらい前に事故で亡くなっちゃっただけだから……私とは立場が違う。

私はお母さんに一度も会ったことがない。

写真でも見たことがない。

どんな人なのか…全く分からないんだ…―



「千明ちゃんはね、将来お母さんに会えた時にあげるカードを書いたらいいと思うよ」

「え…?」

美鈴ちゃんが提案してきた。

「そうね!千明ちゃん、そうしましょう!」

「…うん」

納得する私を見て、先生もホッとした様子。



いつか会えた時に渡すメッセージカード。


『おかあさんへ』


…だけど、あて名だけ書いた後、私の手は止まってしまった。

いつもありがとう…なんていう決まり文句は私は書けない。

私が書けるのは…――










「お母さんこれ〜」

「わぁ、ありがとう」


母の日を待たずに帰り際にカードを渡してるクラスメート。

皆すぐに渡せていいなぁ…。

私もいつか…渡せるかな…?


「あ、千明ちゃんのパパ来たみたいだね」

「うん」

いつも定時ちょうどに迎えに来てくれるお父さん。

教室まで入ってこなくても、お父さんが来たのはすぐに分かる。

異様に他のお母さん達がざわつくからだ。

もちろん先生たちも―。


「進藤さん、こんにちは〜」

「こんにちは」

「千明ちゃんお待ちでしたよ」

「どうも」

「今度うちの庭でバーベキューするんですけど、進藤さんと千明ちゃんもぜひいらしてくださいね」

「ありがとうございます」


次々にお母さん方に話しかけられるお父さん。

それは父親の迎えが珍しいせいももちろんあるんだけど、私のお父さんは特に若くて可愛くてカッコいいから…らしい。(美鈴ちゃん談)



「千明!お待たせ!」

ようやくお母さん達に解放されて、お父さんは教室に到着した。

私は甘えるようにお父さんの上着を握る―。


「千明…?」

…このお父さんは私だけのものだもん。

他のお母さん達にはあげないもん。

(自分の夫だけで満足してろ!って感じ!)

…でも私の本当のお母さんだけは別。

いつかお母さんに返せれるよう、それまで他のお母さん達から私がお父さんを守るんだ!


「千明ちゃんバイバーイ」

「バイバーイ」

「あ、今日は美鈴ちゃんも一緒に帰ろうな」

「え…?」

「美鈴ちゃんのお母さん、母の日前だからお仕事が長引くんだってさ。お母さんが迎えに来てくれるまでうちで遊ぼうな」

「…うん!!」

美鈴ちゃんが嬉しそうに私と同じくお父さんの裾を掴んだ。

「えへへ。おじさん、子供が二人いるみたいだね」

「だな〜。美鈴ちゃんのお母さんに頼んで、可愛い美鈴ちゃんを貰っちゃおっかな〜」

「や、やだ…」

「イヤっ」


私も美鈴ちゃんもその提案を即拒否したので、お父さんはガックリした仕草を見せた。

私達は思わず笑ってしまう。



子供は親は選べない。

選べないけど、私達子供にとっては例えどんな親でも親なんだ。

美鈴ちゃんは私のお父さんが大好きだけど、やっぱり自分の両親の元を離れたくないらしい。

私はそんな美鈴ちゃんが大好き。

お父さんの服から手を離した私達は、今度は手を繋いでお父さんの前を歩くことにした。



「お花屋さんはね、一年で母の日が一番忙しいんだよ」

「ふーん。やっぱりカーネーションが売れるの?」

「特に赤が売れるってお母さんが言ってた。でも美鈴はね、ピンクが好き」

「私は白が一番好き!」

「可愛いよね〜」

「うんっ」


私達がキャアキャア話してる後ろで、お父さんは一人空を見上げてた。

「母の日…か。母親…」

お父さんが誰のことを考えてるのかはすぐに分かる。

きっとお母さんを思い出してるんだ…―



「おじさんあのね、今日幼稚園で母の日のカードを作ったんだよ」

「へぇ…上手く出来た?」

「うん!お母さんが帰って来たら渡すんだ♪」

「きっと喜んでくれるよ」

「えへへ」


続けてお父さんが気まずそうに私を見た。

ごめんな…って顔に書いてる。

私は平気だよ…?

お母さんがいなくても…お父さんがずっと側にいてくれるから。

そりゃあ…会えるものなら会いたいけど…ね――


「千明ちゃんもお母さんにカード書いたんだよね〜」

「え…?」

途端に目を見開くお父さん。

「いつか…会えた時に渡そうと思って書いたんだ…」

「…なんて?」

「内緒」

「………」


一度も会ったことのないお母さんへのメッセージ。

なんて書いたと思う?


『会いたい』


なんて書いてないよ。

だって会った後で渡すカードだもん。

もし気になるんだったら、私がお母さんに渡した後に、直接お母さんから見せて貰ってね――









○●○●○









「進藤、これ千明が学校に行く前にくれたんだけど…」

「え?」


塔矢が見せてくれたのは、封筒に『おかあさんへ』と書かれてあるカードだった。


「…あ、もしかしてあの時のカードかな…」

「知ってるのか?」

「うん。3年くらい前かな…?幼稚園で母の日用のカードを作ったんだよ。その時…千明もいつか会えた時に渡すからって…」

「へぇ…」


塔矢がシールを剥して中のカードを取り出した。


「なんて書いてる?」

「………」

「塔矢?」


茫然と立ち尽くす塔矢の横から、オレも覗いてみた――


「……あ」

「進藤…」


塔矢がオレの肩に頭を寄り掛からせてきた―。



「キミって子育ての天才かもね…」

「オレも…そんな気がしてきた」


顔を見合わせて思わず笑ってしまった。




大好きな娘が会ったこともない母親に宛てたメッセージ。

それはただ一言の感謝の気持ち。




『産んでくれてありがとう』








―END―