●TIME LIMIT〜21才編〜


***ヒカルサイド***




「あーーもう!何で泣き止まないんだよ!」


夜中だってのに千明がずっと泣きっぱなしで、オレは焦ってイラついていた。

ミルクも飲ませた。

オシメも変えた。

別に咳をしてるわけでも熱があるとかでもなさそうなのに、何でこんなに泣いてるんだろう。

一応病院連れていった方がいいのかな…。

隣の奥さんに聞くのも手だけど…今は夜中だし。

頼れる人がいないのって…辛い。

オレまで何か泣きそうになってきた……


「…塔矢ぁ…」


塔矢に会いたい。

塔矢に相談したいよぅ…



ううん、ダメだダメだ。

一人でこの子を立派に育てるって決めたのはオレなんだ。

だからここまで来たんだろ?

なに夜泣きぐらいで弱気になってるんだよ。

もっと余裕を持とう。

オレに余裕がないから千明も泣いちゃうんだ。



「千明〜どうしたんでしゅか〜?眠れないのかな?パパが子守唄歌ってあげましゅねー」

音の出るおもちゃを鳴らしながら…いつもの歌を歌ってやった。

すると一瞬泣き止んで、目を開けてきた。

笑顔であやしてやる。



「…お。いい感じ」

しばらくすると、次第にうとうとし始めてくれたので、娘をベビーベッドに戻した。

……はぁ。

よかった…寝てくれた…。



千明が産まれて二ヶ月ちょい。

寝不足で正直ちょっとイライラが顔に出てたのかもしれない。

子供って意外と敏感なんだな……気をつけよう。



「寝るか…」

千明のベッドの横に布団を敷いて、オレも横になった。


「…あれ?そういえば今日って……オレの誕生日か…?」


すっかり忘れてた。

去年まではカレンダーに花丸まで付けて楽しみにしてたのに。

何だかますます塔矢に会いたくなる。

今頃何してるんだろう…アイツ。

もちろん寝てる…か。

それか打ってる?

もしかしてオレのこと考えてくれてたり……しないよな、やっぱ。


でも…声……聞きたい……



枕元に置きっぱなしの携帯を手に取った。

アドレス帳の塔矢アキラのページを開けてみる。

番号もメルアドも変えたから、塔矢からは絶対にかかってこない。

でも、オレはアイツの番号を知ってる。

かけたら……声が聞けるかもしれない……



「…はは、…全然駄目じゃん…オレ。何の為にここまで来たんだよ…」


これ以上迷惑かけたくないんだろ?

今頃塔矢はホッとしてるはずだぜ?

ようやくオレから解放されたって。

やっとオレの相手しなくてすむって。

もしかしたら意外ともう恋人出来てたりして。

ハハ…



「……」



―――恋人―――



塔矢がオレの為に用意してくれたバースデープレゼントだ。

あの楽しかった時間……オレは一生忘れない。

例えオマエが忘れても、オレは一生忘れないからな。


なぁ…塔矢、オレ去年までは誕生日が生きがいだったんだぜ。

でも、今は新しい生きがいをオマエからもらった。

だからまた一年……ううん、もうずっと頑張れるよ。



「千明をありがとう…塔矢」








―END―









***アキラサイド***




「……楽しかった…な」


進藤が21歳になった日―――僕は布団の中で彼と過ごした五年間の誕生日を思い返していた。


そういえば…僕のファーストキスの相手も、セックスの相手も進藤なんだよな…とか。

というか彼以外の人としたことないな…とか。

最初はかなり嫌だったよな…とか。

いつから彼と一晩を過ごすことに違和感を感じなくなったんだろう…とか。

熱で頭がぼーっとしてるのに、そんなことばかり考えてしまっていた。


出産と留学と半年ぶりの棋戦への復帰。

ずいぶんと無理をしていたみたいで、昨日僕はついに倒れてしまった。

でも単に疲れてるだけだから、二・三日しっかり休めばだいぶ良くなるだろう。


でも……なんでよりによってこんな日に寝込んでしまったのだろう……

進藤の誕生日なんかに――


カレンダーが気になって仕方がない。

進藤と子供のことが頭から離れない。

何かしてないと…打ってないと、後悔の念がすぐに押し寄せてくるんだ―――


「アキラさん、具合はどう?――て、アキラさん!!何で碁盤の前に座ってるの!寝てなくちゃ駄目じゃない!」

様子を見に来た母に見つかってしまい、即座に布団に戻されてしまった。

「もう!長引いてもしりませんからね!」

「…すみません。落ち着かなくて…」

「アキラさんは無理し過ぎなのよ…。復帰するのだって、どうせ中途半端な時期なんですから来シーズンからにすればよかったのに」

「…すみません」


ごめんなさい。

ごめんなさい……


僕は何度も心の中で謝った。


嘘ついてごめんなさい。

言えなくてごめんなさい。


僕…僕…本当は子供を産んだんです。

進藤がいなくなったのは僕のせいなんです。

産まなければよかった。

進藤には出来なかったと嘘ついて、一人で中絶すればよかった。

でも…それも出来なかった。

進藤との子供を殺すことなんて僕には出来なかったんだ……



「…ぅ……しん…ど…」

「アキラさん…」


母が僕の目から溢れた涙をティッシュで拭いてくれた。


「進藤さんに会いたいのね…」

「………」

「でも…きっと進藤さんも、今頃アキラさんに会いたがってると思うわ」



…え…?



「進藤さんと連絡取れないのが惜しいわね。アキラさんの今の状態を説明したら、きっとすぐに飛んで来てくれるでしょうに…」

「お母さんは…そう思いますか…?」

「ええ。アキラさんが進藤さんを必要としてるのと同じくらい、進藤さんもアキラさんのことを必要としてると思うわ」

「………」

「彼の元気な声…また聞きたいわねぇ」

「…そうですね」


進藤…本当に…?

本当に僕を必要としてくれてる?

僕のことを遠くでも…想ってくれてる?

僕に会いたいって…思ってくれてる?

僕は会いたい。

会いたいよ…。

会えるよね?



いつか……きっと…――








―END―