●TIME LIMIT〜アキラ編〜●
ヒカルに初めて『好きだ』と言われてからもう何年だろう。
35年?
そして千明を産んで…30年。
結婚して21年。
もう孫まで生まれて、おじいちゃんとおばあちゃんになったのに―――それでもヒカルの愛は止まらない。
「千明の子供さ、アキラに似て将来すっげー美人になると思う!」
今日も今朝から夜まで、ずっと千明の子供を見ていたヒカル。
ようやく体は帰ってきたのだが、まだ頭は向こうみたいで、可愛い可愛いを連発して惚気ていた。
「明日はオフだろ?アキラも見にいこうぜ!」
「そうだね…」
引退したヒカルと違って、僕はまだ現役棋士。
タイトルに特にこだわらなくなってきたのは…やっぱり歳のせいなのかな?
今は新しい棋士達と新しい碁を打てるのに日々喜びを感じている。
ヒカルと違って僕はもうしばらく引退出来そうにないかもしれない。
「アキラ……」
ヒカルが僕のベッドに入ってきて……熱を持ったキスを唇に落としてきた――
「ん……も…う、キミはいつまで盛るつもりなんだ…」
「え?もちろん一生。死ぬまで」
「……」
「出来たらオマエに抱かれて死にたいな〜」
「…僕らはもう、おじいちゃんとおばあちゃんなんだよ?」
「だから?」
「もう…あんまりべたべたする歳じゃないと思う…」
「えー?これに歳なんて関係ねーよ。好きだから…何歳になってもアキラと重なりたいんだ」
「でも…っ」
「アキラがしたくないなら…やめるけど。したくない?」
「…そんなことはない…けど」
「じゃあいいじゃん♪」
「……うん。そう…だね」
今日もまたヒカルに丸め込まれてしまった。
確かに…愛を確かめ合うには手っ取り早い行為だと思う。
でも別に僕らはもう確かめる必要もないし…。
ああ…でも意外とこれを続けてるから、僕らの気持ちは昔と変わらず燃え続けてるのかも?
が、変わったものもある。
『体』だ――
「…ん?なに?」
パジャマを脱がされた後、露になった胸を手で隠してみた。
だって…何だか最近垂れてきた気がするんだもの。
「体のハリが無くなってきたから…あんまり見られたくないんだ」
「えー?でもずっとあっても変だろ?」
「そうだけど…」
「オレは気にしてないぜ?」
「でも僕は気になるんだ!」
ヒカルのお腹の肉も掴んでやった。
う…っと、顔を背ける彼。
ヒカルはヒカルで、お腹の弛みを気にしてることを僕は知ってる。
お互い様だ。
なのに、無理に裸になりたがる彼の気がしれない。
「はぁ…千明の子供がもうちょっと大きくなればなー。一緒に走り回って遊べるからいい運動になるのに」
「明良子と遊べば?」
「アイツ誰に似たのか知らねーけど、すんげーマセてんだもん。もう父親となんか遊んでくれねーよ。年取った親が恥ずかしいみたいだし…」
「僕も参観日とか運動会とか…すごく憂鬱だよ…」
三女の明良子は僕らが40の時の子供。
幼稚園の時なんて、周りは20代のお母さんとかもいるから…すごく嫌がられた記憶がある。
「千明お姉ちゃんの子供がよかった!」
と言われた時にはさすがに叱ったけれど…。
でも、結婚の高齢化が進んでるからか、その時でも30代後半はもちろん、40代のお母さんもチラホラいることはいたんだ。
僕らが特別変ってわけではなかった。
まだ理解してくれないけど…。
「明良子が成人する時はオレ何歳だ??考えたくねー!」
「昔に戻りたい?」
「体はな。でも…いいや。若い時は若い時で色々辛かったし…今は今で幸せだし。今は千明の子供の世話が出来るのが一番嬉しいし楽しい」
「そうだね…」
「今でもアキラを抱けるのは変わらないしな」
「…やっぱりするんだ?」
「当たり前。話をそらそうとしてもムダだからな♪」
「……ちっ」
「アキラ大好き!」
「…僕も好きだよ」
「へへ♪」
そして僕らは35年前と変わらず、今夜もまた体を合わせた――
*****
翌日――僕はヒカルと一緒に千明の子供に会いに行った。
もちろん、明人の子供にも会える。
なぜなら、千明と明人の家は隣同士だからだ。
しかも千明夫婦は共働きなので、いつも美鈴ちゃんに預けてから仕事に行ってるらしい。
「あ。お義父さんお義母さん、おはようございます」
「おはよう、美鈴ちゃん。赤ちゃん達はよく寝てる?」
「ええ。もうぐっすり」
でも、一人で二人の世話をするのは大変だから、ヒカルが手伝いに行ってるわけだ。
千明ももうちょっと産休を長く取ればよかったのに…とも思ったりもするが、裁判官は30代が勝負らしい。
将来を左右する一番大事な時期。
一生下級で終わるか、高等裁そして最高裁への出世コースに乗れるか。
上を目指す為には例え公務員でもおちおち産休なんか取ってる場合じゃないらしいのだ。
ヒカルはそんな千明の夢を誰より応援している。
だから間接的にでも手助けが出来て嬉しいみたいだ。
(おまけに来月からは一ノ瀬君の方が育休に入るらしい)
「明人の子供はオレ似だよな〜♪」
「そうだね」
「千明の子供はアキラ似だから、まるで小さなオレらが一緒に寝てるみたいじゃねぇ?」
そんなことを言いながら嬉しそうにベビーベッドを覗くヒカルに、僕と美鈴ちゃんはクスッと笑ってしまった。
「お義父さんは本当にお義母さんが好きなんですね。一生続く愛って素敵です」
「はは、ありがとう」
ヒカルが僕を見つめてきた。
優しい目で。
愛情のこもった目で。
『好きだ』と訴えてる目で。
初めてそう言われた35年前と…彼の瞳は少しも変わっていない。
きっと一生変わらないと思う。
僕も『好きだよ』と見つめ返した――
―END―
以上、TIME LIMIT番外編完全版でした〜!
発行して10年が経ったのでWEBで公開してみました。
いかがでしたでしょうか?
最後まで読んでくださってありがとうございました!