●TIME LIMIT〜ヒカル編〜





「どうしても中央が薄くなっちまうんだよな」

「そうだね。じゃあこういう手は?」



温泉から出た後、オレはしぶしぶ千明と一ノ瀬君が同じ部屋で寝ることを許した。

『キミには僕がいるだろう??』

のアキラの一言に負けた…というか、目が覚めた。

そうだよ、オレにはアキラがいる。

オレの横で一生寄り添ってくれるのは子供達じゃない。

妻であるアキラなんだ。



「…な、もういいんじゃねぇ?」

「検討はまだ終わってないけど?」

「また明日にしようぜ。それより今はアキラと愛しあいたい気分♪」

「……もう」


検討しながら子供達が寝てくれるのを待っていたが、ようやく寝息が聞こえてきたので、オレらも布団に移動した。

もちろん別々の布団でなんか寝ない。

オレの定位置はアキラの上。

妊娠中だから、体重だけはかけ過ぎないよう気をつけて、優しく上から抱きしめた――


「アキラ…好きだ」

「ヒカル…」


僕も…とアキラがオレの胸に抱き着いてきた。

やっぱり嬉しい。

アキラがオレのこと、好きだって。

結婚して以来もう何十回も言われた言葉だけど、やっぱりすっげー嬉しい!感動!

溢れてくる気持ちにもう我慢出来なくなって、アキラの体中にキスを落として――体を合わせた――




「…そういえば、温泉で千明とエッチな話したんだって?」

「エッチな話じゃなくて、エッチの話だよ。ごめんね、キミとの初経験…話しちゃった」

「どんな風に?」

「ありのままだよ」

「オレに襲われたって?」

「ふふ…懐かしいね」

「そうだな…」


もう25年近くも前のことになるんだよな…。

あの頃は、今もオレらが一緒にいるなんて…想像もつかなかった。

アキラにフラれてお先真っ暗だったから。

誕生日に縋った10代。

千明の子育てに没頭した20代。

アキラと結婚してからの30代が…今までの人生で一番幸せだった。


「オレ…もうすぐ40なんだよな。早過ぎ」

「40になっても50になっても、ずっと一緒だよ…」

「アキラ…」


うん…ずっと一緒だ。

アキラといると未来が明るい。

想像するだけで顔が緩む。

幸せだ。



「千明が結婚するのも…そう遠くないかもね」

「え」

「え…って。娘の幸せを祝ってあげないの?」

「だってさぁ…千明を取られるなんて嫌だもん」

「一ノ瀬君、すごくいい人だと僕は思ったけど?」

「そりゃいい奴だけどさ〜〜。でも千明がアイツと結婚するとは限らないじゃん?」

「そうかな?すると思うけど」

「…何で?」

「なんとなくね。母親の勘かな」

「勘かよ…」

「もしいつか、一ノ瀬君が千明を貰いに来たら、ちゃんと許してあげるんだよ?」

「え〜〜〜〜やだ」

「やだじゃない!そんな反対ばかりしてたら駆け落ちしちゃうよ?」

「それもやだ〜〜!」






この時は冗談っぽく話していたが、約10年後にアキラの予想は的中する。

オレに

「千明さんをください」

と言ってきた男は、一ノ瀬君だった。

初めて会った頃は学生だった彼が、今はもう一人前の医者。

大学病院に勤めていて、専門は外科らしい。

が、そんな肩書きはどうだっていい。

千明はオレのものだ。

例え誰が来ても答えは

「やだ」

だ。



「ヒカル!!」

「お父さん!!」

と家族中からブーイングを受けた。

あ〜〜〜もう!分かったって!

ちょっと言ってみたかっただけだし!


「……一ノ瀬君、オレがキミに一番最初に言った言葉を覚えてるか?」



『千明はオレの宝物なんだ。もし泣かすようなことがあったら、ただじゃ済まさねーから』



「はい…今も気持ちは変わってません。一生大切にします」

「…千明を頼むな」

「はい、ありがとうございます」



オレが許した途端――千明はオレに抱き着いてきた――



「千明…抱き着く相手、間違ってるぞ?」

「ううん…ありがとう、お父さん」

「………」

「今まで…ありがとう」

「………」

「私…絶対に幸せになる。今までも…ずっと幸せだったけど」

「千明…」





この数日後―――千明が正式にオレの籍から抜けた。

きっとそのうち明菜も明良子も抜けちゃうんだ。

はぁ……



「僕だけはずっとキミといるから」

「アキラ〜〜っ!!」







ちなみに、千明と明人の結婚式から約一年後――千明は元気な女の子を出産する。

千明にそっくり、つまりアキラにもそっくりな女の子。

毎日のように会いに行ってたら、いつの間にかオレが育てていた。あれ?

そもそも千明も一ノ瀬君も仕事が忙し過ぎるんだ。



『お父さんごめんなさい…』

「オレはどうせ暇だからいいけどさー、子供に顔忘れられちまうぞ?」

『本当ごめんなさい!今日中には帰れると思うから!』

「分かった分かった、頑張れよ」


千明からの電話を切った後、オレはスキップしながら孫にミルクをあげにいった。




ちなみに、オレは先日ついに現役を引退した。

千明の子供の世話をしたかったのもあるけど、本当の理由は本因坊戦で明人にタイトルを取られたからだ。

結婚して子供が生まれて以来、明人はまた一段と強くなった気がする。

守るものが出来たからなのかな。

ま。そろそろ世代交代の時期な気もするし、今後はアキラとのんびり打つのも悪くない。

そうだ、この子がもうちょっと大きくなったら、囲碁を教えてやろうかな。



囲碁のおかげで、オレはアキラに会えたんだぜ?

お前も…運命の人に会えるかもよ?










―END―