●TIME LIMIT〜一ノ瀬編〜●
「一ノ瀬、この後ヒマ?F大の女の子達と飲み会あるんだけど、来れないか?」
「パス。バイトあるし」
「顔のいい奴もいないとマズいんだって〜。頼むよ」
「だからバイト入ってんだって」
「そこを何とか!」
「無理」
何とかクラスの奴を振りきって、オレは今日も授業の後バイトに向かった――
大学に入ってちょうど一年、進藤と付き合い始めて二度目の春がやってきた。
三年からは実習が増えてくるから、バイトが出来る最後の年。
親父もあと二年で退職だし、せめて生活費くらいは自分で払えるよう出来るだけ貯めておきたいところだ。
ちなみに今のバイトは家庭教師とファミレスの掛け持ち。
もちろん家庭教師の方が時給はいいが、所詮一回二時間の週二の世界だし。
それよりは長時間働けるファミレスの方が最近はメインになってきている。
それに、接客の勉強は将来絶対役に立つ。
ファミレスだからもちろん老若男女問わず色んなお客を相手に出来るし。
「おはようございまーす」
「おはよう、一ノ瀬君」
「おはよー」
バイト先に着くと、店長他、今日のディナーを一緒に入ることになるバイト仲間に挨拶された。
その中に、笹野さんもいた。
ゲ…と自分の顔が引き攣ったのが分かった。
何故か。
笹野さんはバイト仲間の一人で、男連中にはかなり人気のある女の子だ。
まぁ…顔は可愛いからな。
オレと同じ19歳。
学部は違うけど大学も同じ。
問題は…アパートも同じだってことだ…。
「お疲れ様でしたー」
夜10時。
無事にバイトを終えて帰ろうとすると、笹野さんが追い掛けてきた。
「一ノ瀬君、一緒に帰ろうよ」
「……いいケド」
「あ、嫌そうな顔した」
「別にしてないって」
しぶしぶ今日も並んで帰り始めた。
笹野さんと一緒の時間に入ると、帰りいつもこうなるから困る。
しかもバイト先からアパートまで徒歩20分もあるんですけど…。
その間、彼女はひたすらオレに話しかけ続けていた。
もちろん同じ大学だから、共通のネタは多いけど…。
「今年から学食ランチ一個増えたんだって〜」
「知ってる。もう食ったもん」
「早っ」
「毎日学食で食ってるから」
「毎日なの?お弁当作ってあげようか〜?」
「…遠慮しときます」
「別に変なもの入れないよ?」
「そういう意味じゃないし」
ちなみに、笹野さんは地元・福岡出身だ。
でも福岡市ではなく…ほぼ佐賀との県境とか言ってた気がする。
「春休みは実家帰った?」
「お彼岸だけ。つーか、シフト表で帰ってないの一目瞭然だったろ?」
「あはは、そうだった。確か春休み中ずっとフルで入ってたよね。店長のイジメかと思った〜」
「稼ぎたいから有り難かったけどな」
「でも彼女さん、寂しがらなかった?向こうに残してきてるんでしょ?」
「大丈夫だよ」
「…ふーん。私なら寂しいけどなぁ」
「……」
寂しいも何も、実は春休み中ずっと進藤はオレの部屋に入り浸ってた。
はぁ…楽しかったなぁ。
バイトが休みの日は一日中いちゃつけたし。
進藤の手料理も最高だった。
今のコンビニと学食の往復生活と大違い。
はぁ…早く結婚したい。
(あと10年は無理な気がするけど…)
進藤千明と付き合い出して早一年。
付き合い出した頃より、今の方がもっと進藤を好きになってる自分がいた。
つい先週までずっと一緒にいたくせに、もう会いたくなってる。
つか、もう一緒に住みたい。
早く大学卒業して東京に帰ろう。
あと5年かぁ…長いなぁ……
「じゃあな」
「うん、お休み〜」
ようやくアパートに着き、エレベーターで笹野さんと別れた。
部屋に帰った後、一番最初にすることはもちろんメールチェック。
お、進藤から来てる。
『美鈴とアフター6パスでディズニーランドに行ってきたよー。イースターって卵だらけで可愛いよね!』
…だって。
おいおいまたかよ…と思わず苦笑。
ホント進藤と美鈴ちゃんって、ディズニーランド大好きだよな…。
オレと付き合い出してからでも、確か5、6回は同じようなメールが来た気がする。
返信より電話しようかな…。
そう思い始めたその時だった。
ピンポーン
「え?あ…はーい」
ベルが鳴って、ガチャッと玄関のドアを開けると、さっき別れたばかりの笹野さんがいた。
「一ノ瀬君…どうしよう…」
なぜか半泣き顔。
「え…?どうした?」
「鍵…落としちゃったみたい」
「マジ?ちゃんと探したのか?」
「いつも自転車の鍵と一緒に付けてたのに、紐が切れたみたいで…部屋の鍵だけないの」
ほら、と自転車の鍵を見せてくる。
「…スペアは?」
「部屋の中…」
「そっか…。じゃあ管理会社に電話して開けてもらうしか…」
「そう思って電話したんだけど…時間が時間だから誰も出なくて」
「…そうだよな」
「一ノ瀬君……今夜泊めてくれる?」
「…は?」
はぁあああ??
「いや、無理だろ」
「一生のお願い!だってホテルは高いし…友達の家も遠いし……一ノ瀬君しか頼れる人がいないの!」
「て言われても……」
「お願いします!!」
「………」
頭を下げられた。
本気でどうしよう……
泊めるにしても…オレの部屋ワンルームだし…余分の布団もないし。
男なら雑魚寝でいいならってOKするとこだけど……女だしなぁ。
女を泊めたなんてことがバレたら…進藤に絶対殺される。
でも……
「……はぁ。分かったよ」
「いいの?」
「これくらいの人助けが出来ない奴に…医者目指す資格なんてないもんな…」
「ありがとう!本当に助かる!嬉しい!」
「いいから、さっさと入れって…」
「うん♪」
お邪魔しまーす、とご機嫌に彼女は玄関で靴を脱ぎ始めた。
オレにとって進藤は初カノだから、もちろん彼女以外の女を部屋に入れるのは初めて。
何か…別にやましい気持ちがあるわけじゃないのに変に緊張するな。
これは人助けだ人助け人助け人助け……と頭に刷り込む。
「あ、私の部屋と造り同じだ」
「そりゃそうだろ」
「思ったより綺麗だね。掃除もちゃんとしてるんだ?A型?」
「確かにA型だけど……この綺麗さは彼女が先週まで来てたからだよ」
「…そうだったんだ」
ソファーの端に笹野さんが遠慮気味にちょこんと腰掛けた。
とりあえず、オレはコーヒーでも煎れにキッチンに立ってみる。
「あ…化粧水。これって彼女さんの置き土産?」
ラックを指差してきた。
「あんまりジロジロ見るなよ」
「だってぇ…男の人の部屋ってあんまり入ったことないから、気になるんだもん」
「は?彼氏いないの?あんなにモテてるのに?」
「いないよ。いたら泊めてなんて言わないよ」
「そりゃそうだ」
「いくらモテても、やっぱり好きな人としか付き合いたくないもん…」
「そうだよな。オレも同じ。最近の奴らが軽すぎるんだよな」
「…一ノ瀬君は、彼女さんといつから付き合ってるの?」
「一年前かな。高校の卒業前に告白したから…」
「じゃあほとんどずっと遠距離なんだ?」
「まぁ…そうなるかな」
「…よく続いてるね」
「まぁ…好きだから」
「……」
煎れ終わったコーヒーを笹野さんに渡してあげた。
時計を見るともう11時だった。
明日1限から授業あるんだよな…。
もう寝ないと…。
「あー…オレ風呂入るから。適当にゆっくりしてて」
「あ…うん」
パジャマとバスタオルを持って、バスルームに入った。
進藤がいた時は、ほとんど毎日一緒に入ってた風呂。
もちろんエッチなこともしまくった。
やばい…思い出すと体が反応してきた。
水のシャワーで頭を冷やした。
ガチャッ
風呂から出ると、笹野さんはオレのベッドに横になっていた。
「笹野さんも風呂入る?」
返事は無い。
寝てるのかな…と横から覗き込むと、寝息をたてていた。
はぁ…仕方ない、ベッドは女の子に譲るか。
あ、進藤に電話しないと。
起こしちゃ悪いので、ベランダに出ることにした。
プルルルル
プルルルル
『はいはーい』
「あ、進藤?」
『うん』
「今電話大丈夫?」
『うん。あ、でも待って。部屋に戻る』
美鈴またね、と言う声が聞こえた。
美鈴ちゃんの部屋にいたのかな?
「またディズニーランド行ったんだってな」
『うん、楽しかった〜。そういえば一ノ瀬とはまだ行ったことなかったよね。今度行こうよ』
「そうだな。今度帰省した時にでも行こうか」
『うん、もちろん泊まりでね♪』
「はは…」
あ。
どうしよう…笹野さんのこと言った方がいいかな。
進藤にこういう隠しごとはしたくないしな…。
「あのさ…進藤」
『なに?』
「実は…今夜、バイト先の子を泊めることになったんだけど」
『……は?』
進藤の声のトーンが一気に下がった。
やっべぇ…。
「いや、あの…同じアパートの子でもあるんだけど、鍵を無くしたらしくて自分の部屋に入れないらしいんだ」
『……』
「あくまで人助けだからな!余計な心配するなよ!」
『…はぁ』
電話の向こうで溜め息をつかれた。
でもって
『馬鹿じゃないの?』
とキツイ一言。
「馬鹿…?」
『なに騙されてんのよ』
「は…?」
『鍵無くしたなんて嘘に決まってるじゃない』
「え?でも本当に…」
『本当の本当に?ちゃんと確かめた?』
「…いや、彼女がそう言うから」
『電話代わってよ。私が直接本人に確かめてあげる』
「あ、でも…オレが風呂入ってる間に寝ちゃったみたいで…」
『…あのね、彼氏でもない男の部屋で、そんな無防備に眠りに落ちる女がどこにいるのよ。その子一ノ瀬のこと好きなんじゃない?誘ってんのよ』
「は…はぁ?んなわけ…」
『100%狸寝入り。賭けてもいいよ』
「……」
進藤にそう言われると……なんかそんな気がしてきた…。
確かに話が出来過ぎてる?
ただのバイト仲間のオレに頼るってのも変だもんな。
いくら県境でも実家は福岡なんだから、普通親に頼るとこだろう。
「笹野さん?起きてる?」
「……」
「笹野さん?」
「……」
やっぱ返事ないんですけど…
『鞄勝手に開けるから、とでも言えば?』
なるほど。
「えっと、鍵探すから鞄勝手に開けるな…?」
「え?!ダメっ!」
さっきまでの寝息が嘘みたいに、途端にガバッと起きてきた。
本当に狸寝入りだったんだ…。
…女って怖い…
「笹野さん…やっぱり嘘だったんだな」
「ち、違うよ!鍵が無いのは本当!でも…」
「でも?」
「友達の家とか…本当はすぐ近くなの。親に電話してもよかった…。でも私…一ノ瀬君のことが好きだから…頼りたくて…」
「……」
「彼女さんがいるのは知ってる。でも…じゃあ一晩だけでもいいから…思い出がほしくて…」
確かに普通の男なら…彼女にバレなきゃいいやって感じで、手を出す状況なのかもしれない。
笹野さん…普通に可愛いし。
酷い男なら泊める代償を求めたり?
でもオレは…例えあのまま嘘だと気付かなかったとしても、絶対に手は出してない。
笹野さんがベッドで寝るなら、オレはソファーで寝るだけだ。
進藤を裏切るようなマネはしたくないから……
「…気持ちは嬉しいけど、オレは彼女一筋だから。笹野さんとはいいバイト友達でいたい」
「…そうだよね。一ノ瀬君ガード固いから…そう言われると思ってた」
「…ごめん」
「私…やっぱり友達の所行くね。お邪魔しました!」
涙を溜めたまま、彼女はオレの部屋を出て行った。
玄関のドアが閉まった途端、オレの体は脱力。
ベッドに倒れた。
「進藤…サンキュー」
再び携帯を耳にあて、そう言うと…
『ツーツーツー…』
電話は既に切れていた。
あれ…?
*****
翌週の土曜――オレは東京に戻っていた。
あれ以来進藤が電話に出てくれないからだ。
何度メールを送っても返信は無し。
何だか怖くなって、やっぱり帰ってきてしまった。
進藤の部屋を訪ねても留守だったので、そのまま玄関で待つこと一時間。
買い物から帰ってきた進藤が、オレの姿を見るなり足を止めた。
「一ノ瀬…」
「進藤、何で電話もメールも無視るんだよ!」
「……」
何で?言わなくても分かるでしょ?…って顔。
ああ…分かってるよ。
オレが馬鹿でした。
考え無しでした。
オレの甘さが笹野さんも傷付けたし、進藤にも余計な不安をかけてしまった。
「ごめん。人助けとかいって、進藤以外の女を部屋に上げたこと…反省してる」
「私がどういう気持ちだったか分かる?もし私が男の子を部屋にあげたら…一ノ瀬はどんな気分?それと同じよ。最低」
確かに想像すると…すっげぇ嫌だ。
何もなかった、と言われても絶対に疑ってしまう。
「…ごめん」
「………」
なんとか部屋に入れてもらったオレは、すぐさま進藤を抱きしめた。
「嫌な思いさせてごめん」
と謝るのと同時に、
「好きだ」
と自分の確かな気持ちを伝える為に――
「進藤…好きだ。誰より…大好きだ」
「……うん。信じてる…、のに…離れてると毎日不安になる…」
「オレも…。早く一緒に住みたいな…」
「…うん」
抱きしめてた腕を少し緩めて……キスをした。
遠距離って想像してた以上に…やっぱり辛い。
会えた時の喜びは大きいけど、離れる時の悲しみもまた同じくらい大きくて。
それをオレらはあと5年も続けなくちゃならない。
続けられるかな…。
いや、何がなんでも続ける。
「…一ノ瀬と一つになりたい…」
「オレも…」
ベッドに移動したオレらは、生まれたままの姿になって……体を合わせた。
何度抱いても抱き足りない。
溢れてくる彼女への想いが止まらなかった。
「ね…直に繋がってみたい」
「…いいのか?」
「ん…いい。例え数ミリの隔てでも今日は嫌…」
「…分かった」
初めて付けずにしたセックスは感動ものだった。
デキたら進藤のお父さんに殺されるよな〜なんて思いながらも、我慢出来ずそのまま中で精を吐き出した。
「…ぁ……いち…のせ…」
「は……進…藤…」
「好き……」
「オレも…愛してる」
他の女なんかいらない。
ずっと、一生、進藤だけでいい。
進藤と一緒に生きていきたい。
いや、生きていくんだ…。
そう実感した大学2年の春だった――
―END―