●TIME LIMIT〜櫻井仁編〜 おまけ3●
※櫻井(兄)視点です
「また明菜ちゃんに会いに行きたい」
新婚旅行の話になった時、須本の奥さん・明菜ちゃんに会いにまたシンシナティに行きたいと言い出した愛。
「もちろんいいよ」と賛成し、プランを練ることになった。
「前回はニューヨークにも行ったから、今回もついでにどこか寄ろうか。須本みたく、ディズニークルーズにでも乗る?」
「それでもいいけど、シアトルに行きたいな♪スタバの1号店があるんだって!」
「じゃあそうしようか」
「うん!」
ということで、新婚旅行はシアトル+シンシナティに決まった。
羽田からのビジネスクラスの10時間の空の旅を終え、オレたち夫婦が最初の目的地として降り立ったのは、ワシントン州・シアトル。
「すごい、慎一さん!これがスタバの1号店なんだね!」
パイク・プレイス・マーケットにあるスターバックスの第1号店を前に、愛は瞳を輝かせて大喜びしていた。
茶色のクラシックな人魚のロゴが入った限定マグカップを愛おしそうに抱える彼女の笑顔を見られただけで、産科の過酷な当直を調整して長めの休みをもぎ取ってきた甲斐があったというものだ。
スペース・ニードルやアマゾン本社キャンパスまで観光を楽しみつつも、新婚旅行らしくオーシャンビューの五つ星ホテルでの滞在も充分に満喫したオレら。
エスコートも完璧にこなしつつ、オレたちは国内線でシアトルから次なる目的地――オハイオ州・シンシナティへとフライトを繋いだ。
「愛ちゃーーーん!!」
「明菜ちゃーーーん!!」
空港の到着ロビーに足を踏み入れたその瞬間、明菜ちゃんの声が聞こえ、愛が瞬く間に駆け出した。
約2年ぶりの再会に、きゃーきゃーと手を取ってはしゃいでいる。
感動の再会を繰り広げる妻たちの傍らで、オレと須本は一歩引いた場所で実にあっさりと言葉を交わした。
「櫻井、遠路はるばるお疲れ」
「元気そうだな、須本」
「お陰様で」
互いに男同士のクールな笑みを浮かべる。
T医大病院の産科と小児科で切磋琢磨してきた同期のオレら。
須本がいない病院での日々は、弟ほどの落ち込み具合ではないにしろ、どうしても物足りなさを感じずにはいられない。
久しぶりのコイツとの再会は、オレにとっても待ち遠しかった。
空港から須本の運転で移動すること30分。
夫妻のアメリカの自宅は、駐在員にも人気の高級住宅エリアにあるマンションだ。
リビングにお邪魔すると、現在2人目を妊娠中の明菜ちゃんが、愛に向かって申し訳なさそうに両手を合わせた。
「愛ちゃん、この前の結婚式、ツワリが酷くて参加できなくて本当にごめんね…」
「ううん、明菜ちゃんからのビデオメッセージすごく嬉しかった!本当にありがとう。
会場でもすごく盛り上がってたんだよ」
愛はぶんぶんと首を振って、親友の体を気遣うようにその手を優しく握りしめた。
あのゴールデンウィーク、オレたちの為にシンシナティの自宅から送ってくれた温かいエールは、新宿の式場をこれ以上ないほど熱狂させてくれた。
(一番喜んでいたのは弟だが)
「櫻井、見てくれよ。俺の自慢の息子。明菜に似てめちゃくちゃ可愛いだろ?」
須本がソファでよちよちと動く1歳の長男を器用に抱き上げ、これ以上ないほどデレデレの父親顔でオレに自慢してきた。
明菜ちゃん似というよりは、須本似の嫌味なくらいのイケメン顔をした息子の幸樹くん。
IQ180の天才も、子供を前にするとただのデレデレな親馬鹿だ。
だが、その小さな手が須本の服の袖をぎゅっと握りしめている姿を見た瞬間、オレの胸の奥で、一人の「男」としての猛烈な羨ましさがパチパチと音を立てて燃え上がった気がした。
(……いいなぁ。オレも早く愛との子供が欲しい)
夕飯は前回と同じバーベキューにしようということで、4人で地元の大きなスーパーにアメリカンサイズの豪快な肉や食材を買い出しに行く。
愛と明菜ちゃんがカートを押しながら楽しそうに日本の調味料の話で盛り上がっている後ろで、オレと須本も互いの新生活を話ながら荷物持ちとして従った。
そして普段は幸樹くんのベビーシッターをしてくれてるというドゥーラさんも下準備を手伝ってくれて、マンション共有の広い庭で、本場のウェーバーのグリルを使ったバーベキューを皆で楽しんだ。
「ほら櫻井、日本の霜降り肉も美味いけど、俺がじっくり焼いた赤身肉も最高だろ。気象予報士の資格を持つ俺の見立てでは、今夜は風も完璧だからな」
「相変わらず資格マニアらしい理屈っぽい焼き方だな…。でも、美味いよ」
ビールを片手にお肉をいただき、須本と医療の未来について熱く語り合う。
その横では、明菜ちゃんと愛が勝手に未来の子供たちの結婚計画を立てて大盛り上がりしていて、オレと須本は「絶対に反対だ」と男二人で一歩も譲らない防衛戦を展開することとなった。
(もし将来女の子が生まれて、須本の息子に取られるなんて考えただけで恐ろしい…)
そして楽しい時間の余韻を引きずりながら、ホテルに移動したその夜。
シャワーを浴びて、いつもより少し大人の色気を孕んだパジャマ姿で出てきた愛の細い腰を、オレは後ろから我慢できずに抱きしめた。
「し、慎一さん…っ?」
「……須本のところの息子、めちゃくちゃ可愛かったな」
「う、うん……そうだね」
「オレも早く愛との子供が欲しくなった…」
「う、うん…私も///」
視線を合わせたオレらは早速キスしだす。
産科医としての理性のブレーキなんて、愛の温かくて柔らかい肌を前に…一瞬で消し飛んだ気がした。
昼間の須本の親馬鹿ぶりに触発され、愛を独り占めしたいという情熱のままに、オレは一晩中、狂おしいほどに彼女を求め、愛を囁き続けたのだった。
翌日以降も須本夫妻と一緒に行動を共にしたオレら。
そして、楽しいシンシナティでの滞在も終わりを迎える帰国前日の午後。
オレは須本にお願いして、彼が籍を置く『シンシナティ大学病院(University of Cincinnati Medical Center)』の敷地内にあるブックストア(購買部)へと連れてきてもらった。
目的は、東京の医局に置いてきた、あの生意気な三男坊・仁へのお土産だ。
「へえ、ここが須本の職場か。やっぱり世界のトップオブトップはスケールが違うな」
「そうだろ?櫻井、仁くんへのお土産を探すなら、あっちの棚だよ」
須本が指差した先には、大学病院のオフィシャルグッズがずらりと並んでいた。
Tシャツやマグカップ、ステーショナリー。
その中に、仁が指定していた『厚手の紺色のスウェットパーカー』を見つけた。
胸元には、白のクラシックなフォントで大きく印字されている。
University of Cincinnati Medical Center
「うん、これこれ。あいつガタイがいいからLサイズにしておくか」
棚からパーカーを手に取りながら、オレは口元を緩めた。
今頃もきっとT医大の小児科医局で、「オレ何のためにここにいるんだろ……」って頭を抱えながら、馬車馬のごとく働いていると思われる弟。
「仁くん、本当に俺を慕ってくれてるんだな。ありがたいよ」
須本が嬉しそうに、だけどどこか誇らしげに目を細める。
「お前が優秀すぎるのが悪いんだよ。あいつ、お前に憧れて東大のキャリアも彼女も全部手放して飛び込んできたんだ。これくらい着せて、モチベーション上げさせておかないと、オレのデスクの前で毎日愚痴られたら堪らん」
「はは」
「愛ちゃん!次は日本で会おうね!」
「うん!明菜ちゃんも元気な赤ちゃん産んでね!」
「ありがとう!頑張る!」
愛が明菜ちゃんと最後にまた涙目のハグを交わすのを見守りながら、オレもお須本とお別れをする。
「じゃ、またな」
「ああ。気を付けて。仁くんによろしく」
「お前が帰って来るのを心待ちにしてるからな。もう延長するなよ」
「あはは、そのつもりだよ」
(須本は本当は2年契約だったのが、3年に延びてしまったのだ)
「じゃ、帰ろうか、愛」
「うん♪楽しかったね」
オレと愛は手を繋いで、新婚旅行の思い出を胸に、成田行きのフライトへと向かったのだった――
―END―