TIME LIMIT〜櫻井仁編〜 26





「……ジン、私の着物の着付け、これで大丈夫かしら? なんだか少し窮屈な気がするわ」

 

 

 

朝霞の、親父が経営する『桜レディースクリニック』の隣にある実家のリビング。


初夏の爽やかな青空が広がる日曜日の朝、シンシアが淡いピンク色の訪問着を身に纏い、少し戸惑ったようにスクエアメガネの奥の碧眼を揺らしていた。


きっちりとしたお団子頭も、和装に合わせていつもより少しだけ艶やかに結い上げられている。

 

日本の伝統的な着物が息を呑むほど似合っていて、オレは一瞬、言葉を失ってフリーズしてしまった。

 

 

「完璧だよ、シンシア。めちゃくちゃ綺麗だ」

『……ありがとう、ジン。あなたがそう言うなら間違いないわね』

 

 

シンシアは少し耳の裏を赤くしながら、愛おしそうに微笑んだ。

今日は、長男・レンの無事な成長を祈る『お宮参り』の日。

 

うちの親父とおふくろ、そしてシンシアと一緒に、地元の氏神様である神社へ参拝に行くことになっていた。

 

 

「仁、シンシア先生、準備できた?」

 

 

ノックのあとドアが開き、週に何度か実家クリニックに手伝いに来ている慎一兄さんが、白衣姿のまま入ってきた。

 

「兄さん、今日も来てたんだ?」


「ああ。ほら、おふくろ達が外で待ってるぞ。早く行ってこい」

 

 

兄はそう言ってオレの肩をポンと叩くと、急にデレデレの叔父さんの顔になって、オレの腕の中のレンの顔を覗き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

愛車に家族全員を乗せ、新緑の美しい朝霞の神社へと向かう。


境内に一歩足を踏み入れると、五月の爽やかな風が、シンシアの着物の裾を優しく揺らした。

 

 

「ほら、仁。お母さんにレンくんを貸しなさい。お宮参りの時は、おばあちゃんが赤ちゃんを抱っこして参拝するのが日本の伝統なんだから」

 

 

車を降りるなり、おふくろが待ちきれないといった様子で両手を差し出してきた。

いつもはクリニックの院長夫人としてシャキッとしているおふくろだが、今日の顔は完全にデレデレの『おばあちゃん』だった。

 

 

「まぁ……本当に、なんて綺麗で可愛い子かしら……!」

 

おふくろがレンを腕に抱き上げた瞬間、その場にいた親父までもが、普段の威厳ある院長の顔を完全に台無しにして、目を細めてレンの顔にすり寄ってきた。

 

「どれどれ、おじいちゃんにも見せておくれ。……おお、これは凄いな。慎一のところの一希くんもハンサムだが、このレンくんのルックスはまさに『世界のトップオブトップ』だぞ」

 

 

二人がそこまでメロメロになって語るのも、小児科医のオレから見ても当然のことだった。

生後1ヶ月半を迎え、すくすくと健やかに育ったオレたちの息子・レン。


ワシントンの義父譲りの、光に透けるような美しいブラウンヘアーを宿し、うっすらと開いた大きな瞳は、シンシアと全く同じ、吸い込まれそうなほど澄んだグリーンアイ。


その端正な顔立ちは、日本とアメリカ、二つの国の最高に美しい遺伝子(DNA)が奇跡的な配合でブレンドされた、まさに『天使』そのものだった。

 

 

『ふふ、お父様もお母様も、そんなにレンを凝視したら、レンが緊張して泣き出しちゃうわ』

シンシアがクスッと笑いながら、オレの腕にそっと手を添えた。

 

「泣きやしないさ。なぁ、レンくん。おじいちゃんのクリニックの次世代のエースは君で決まりだな」

親父はレンの小さな5本の指が、自分の人差し指をぎゅっと握りしめた瞬間に、もう完全に骨抜きにされていた。

 

 

本殿へと進み、神主さんの厳かな祝詞の声が響く。


太鼓の音がドンと境内に鳴り響く中、オレは隣に立つシンシアの細い左手をそっと握り締めた。

彼女の指に嵌められたプラチナの指輪と、オレの左手首で静かに時を刻む腕時計の秒針が、新緑の木漏れ日の中で優しく輝いている。

 

 

「……去年の今頃は出会ったばかりだったんだよなぁ。シンシア、生まれてきてくれて、オレと出会ってくれて、本当にありがとう」

『急に何よ、ジン。……でも、私もよ。あなたのその真っ直ぐな愛のおかげで、私は今、世界一の幸せな母親だわ』

 

 

神殿の風が吹き抜ける中、オレたちは短く、だけど最高に温かい微笑みを交わし合った。

 

泥の中にあっても決して染まらず、強く、美しく大輪の花を咲かせるように命名した、オレたちの『レン(蓮)』。

この小さな小さな一番弟子を真ん中にして、オレはデレデレの親バカな笑顔を隠しきれないまま、最愛の妻と我が子に出会えた運命に感謝したのだった――

 

 

 

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