TIME LIMIT〜実家編A〜 おまけ

※住宅展示場のスタッフ視点です





(ししし進藤明人だ……)



囲碁の世界はマイナーだ。

だけど進藤ヒカルを知らない人は、この日本で存在しないだろう。

ここ20年、囲碁界は完全なる進藤ヒカルの独壇場だからだ。

そして囲碁を打つもので、彼の息子・進藤明人を知らない人はいない。

若干ハタチにて既にタイトル登場回数は5回。

現在も十段戦五番勝負に挑戦中の、近い将来必ずタイトルホルダーになるであろう今の若手筆頭だからだ。



(その彼が目の前にいる……)



住宅展示場で受付の仕事をしている私。

震えが止まらない手でお茶出しをしていた。


チラリと彼の隣を見る。

30
歳前後の可愛らしい女性が座っていた。


(明人八段が結婚したことは知ってたけど、こんなにも年の離れた姉さん女房がお相手だったんだ…)



今回の展示場見学の申込欄に書かれていた事前情報では、姉弟が親名義の土地に2棟並んで建てたいというものだった。

しかも北区の100坪もの土地に。

この『弟』というのは明人八段のことだろう。

そして『姉』というのは奥さんの隣に座ってる人で間違いないと思う。

なぜなら『塔矢アキラ』に似てるからだ。

三十路の頃の彼女に瓜二つと言っていいほどに。


進藤ヒカルと塔矢アキラが夫婦というのは、もちろん誰もが知ってる有名な話だ。

彼らには4人子供がいて、明人八段は2番目だ。

そして1番目がこの方なんだろう。

ちなみに4番目は現在院生らしい。



「ご予算はトータルで7000万ずつと伺ってるのですが、それでお間違いないでしょうか?」

「はい」

「既に更地ということですので、その場合のおおよその内訳はこちらの表の通りになります。家自体は70%の4900万、外構やエアコン、照明などの付帯工事費が1400万…」


うちの営業の中でもトップの成績を誇る稲庭リーダーが、今回この姉弟両夫婦を担当することになった。

確かに彼は圧倒的な商談力を持っている。

豊富な知識もさながら、トラブルへの解決能力、他部署との連携力も半端ない。

そして――顧客への見る目も持ち合わせている。


…と思っていた、今までは。




「あーもー、稲庭リーダーってば全然分かってない!」

「どした?」


私は我慢出来ず、同じ受付の同僚に愚痴ってみる。


「姉夫婦とばかり話してる」

「そりゃね。だって旦那さん、医者らしいじゃん。おまけにお姉さんは裁判官でしょ?リーダーも絶対逃したくないでしょ」


申込欄に書かれていた事前要望。

姉夫婦の夫は医師、姉自身も裁判官なので、それにあった間取りを提案してほしいというものだった。

医者
×国家公務員というパワーカップルなら、世帯年収も2000万超えだろうし、7000万もの家を建てようと思うのも納得だ。

ただ…


「分かってないなぁ。あの姉弟夫婦4人の中で一番の決定権者は、弟の奥さんだよ」

「何でそう思うの?」

「分からない?あの姉弟の予算、7000万ずつなんだよ?弟夫婦の予算も7000万なの」

「すごいよねー。払えるのかな?そもそもローン組める?」

「そこだよ、リーダーも絶対弟の容姿に惑わされてるよね」


まだハタチの明人八段の見た目は、本当にその辺の大学生と変わらない。

奥さんもキャリアウーマンという感じでは全然なく、おまけにたぶん妊娠中だ。

とてもじゃないけどパッと見、7000万もの家を建てれる夫婦には見えないのだ。


「よくて年収500万くらい?高卒だとそんなにないか…」

「ところがどっこい、あの弟君、去年の年収3000万超えてるからね」

「マジで?!」


ここ数年、賞金ランキングのTOP10入りを果たしてる明人八段

去年は確か5位だったはず。

1
位は当然進藤ヒカル五冠で、獲得賞金は毎度のことながら1億超えだ。

ちなみに4位が塔矢アキラ女流三冠。

こちらも4000万超えという超高所得夫婦だ。


「弟の奥さんは絶対出産前に契約してしまいたいと思ってると思うよ。年の差だし、どう見ても弟君は奥さんのいいなりだと思う」

「だから決定権者は弟君の奥さんってことか…」


逆に時間のある姉夫婦はきっとそんなに契約を急いではいない。

おまけに姉弟の親の土地なので、医者の旦那さんの決定権は姉より下だと思われる。

つまりリーダーがいくら姉夫婦に力を入れても無駄ということだ。



両夫婦が設計士との打ち合わせに入ったタイミングで、私は稲庭リーダーを呼び出した。

忠告する。

トップ営業マンに出過ぎた真似かもしれないが、そんなことは言ってられない。


「リーダー、アプローチする相手間違ってますよ」

「え?」

「あの中で一番の大物は弟です。だから彼の奥さんを狙って下さい

「どういうこと?」








一ヶ月後。

無事成約したらしい稲庭リーダーから、私は呼び出される。

展示場近くのレストランに。


「あの時はありがとう」

とお礼を言われる。

「君に忠告されなかったら、きっとこの契約は成立しなかった」

「見た目や職業に惑わされない方がいいですよ」

でもって、もっと時事ニュースもちゃんとチェックした方がいいですよ、と。


「いい勉強になったよ。感謝してる」

「いえ」

「ところで、今度の火曜日は予定ある?」

「……え?」


営業トップの彼に、思いがけずデートに誘われてしまった私。

もちろんここ数年彼氏もいなくて、崖っぷち三十路の私に断る理由はない。

2
ヶ月後には交際を、更に1年後には結婚することになるなんて、この時は思ってもなかったのだった。



ちなみに明人八段が五冠になる2年後には産休に入ってた私。

同じく育休に入った彼が、五冠のニュースを見て慌ててたのは言うまでもない話だ――

 

 

 

END

 

 

 

以上、住宅展示場のスタッフ視点でした〜。
明人は見た目普通の大学生なので、まぁ普通に医師の一ノ瀬君と裁判官の千明の方にセールスマンは力を入れるよね、というお話でした〜。

囲碁好きのスタッフがいて助かりましたな!
一番の大物は明人ですから!でもって明人は美鈴ちゃんの言いなりですから!美鈴ちゃんがいいなら便乗する千明ですから!(家のこだわり無し)そして千明がいいなら基本何でもOKな一ノ瀬君ですから!
てことで決定権者は美鈴ちゃんなのです。それを一瞬で見抜いたこの受付スタッフ、優秀やね!トップセールスマンも惚れちゃうよ★