TIME LIMIT〜明菜AI編〜





「……百合子、あの、ね? この人が須本さん。……で、須本さん、こっちが私の友達の百合子です」

 

 

 

渋谷の落ち着いたカフェ。

 

明菜はテーブルの下で真新しいスカートの裾をぎゅっと握りしめ、心臓が破裂しそうなほどドキドキしながら二人を引き合わせていた。

 

目の前には、白シャツを着こなした高身長イケメンの須本。

 

そして対面には、K大経済の鋭い知性を全身から漂わせ、値踏みするようなジト目を隠そうともしない百合子。

 

張り詰めた空気のなか、明菜は生きた心地がしていなかった。

なぜなら百合子から、事前にLINEでこう釘を刺されていたからだ。

 

 

『あのね明菜、一回りも年上の31の男が、19のピカピカの女子大生と付き合うなんて普通に考えてちょっと怪しいわよ。本当に独身? 実は既婚者で、あんたがセカンドとかいうオチじゃないでしょうね? 私がこの目で直接、戸籍の匂いまで確かめてあげるわ』

 

 

(うう、百合子、お願いだから怒らないで……!)

 

明菜の脳裏で、現実主義者(百合子)の冷徹な尋問が始まる恐怖が駆け巡る。

 

 

「初めまして、須本大樹です。いつも明菜ちゃんが本当にお世話になってます。これ、百合子ちゃんに……良かったら皆さんで食べてね」

 

 

須本は少し緊張した面持ちながらも、屈託のない大人の笑顔を浮かべ、都内の一流パティスリーの紙袋をそっとテーブルに置いた。

 

先日の「避妊100%論」の御礼を兼ねた、最高の手土産である。

 

百合子は、その紙袋のロゴを一瞬で識別すると、フッと口元を僅かに緩めた。

 

しかし、経済学部生の目はまだ笑っていない。

 

 

「初めまして、城崎百合子です。……ご丁寧にありがとうございます、須本先生。……お噂は一ノ瀬先生経由で、かねがね」

 

「あはは、一ノ瀬に変なこと吹き込まれてないといいんだけど」

 

「いえ、一ノ瀬先生からは何も。ただ、世間一般の統計学的なお話として、31歳の若くて独身で、高収入なイケメンドクターという『優良物件』が、この令和の市場に未だにポツンとフリーで残されている確率って、極めてゼロに近いと思うんですよね」

 

 

パシッ、と目に見えない火花が散った。


百合子はストローを指先で弄びながら、一歩も引かないトーンで本質を突き刺す。

 

 

「単刀直入に伺いますけど、先生。本当に、独身……ですよね? 実は本宅が別にあるとか、そういう法的なトラブル、進藤家は囲碁界の有名人なので絶対にNGなんですけど」

 

「ひ、百合子……っ!///

 


横で聞いていた明菜の顔が、恐怖と恥ずかしさで一気に真っ赤に染まった。

 

あまりのド直球さに、須本の隣でオロオロと視線を泳がせる。

 

しかし、須本は嫌な顔ひとつしなかった。


それどころか、彼はちょっと困ったように眉を下げて、耳の根元を少し赤くしながら、真っ直ぐに百合子の目を見つめ返したのだ。

 

 

「……疑われても当然だよね。怪しいよね、ごめん」

 

 

須本はぽりぽりと頬を掻きながら、包み隠さず自分の過去を話し出した。

 


「俺さ、24の時に当時の彼女に予備校の先生と浮気されてフラれてね。28の時は、実家が両親とも開業医だからって理由で『家の格が違いすぎる』って婚約直前でフラれたんだ。それで一ノ瀬の前で大泣きして……もう女はいい、明菜ちゃんが大人になるまで大人しく待つって決めて、明菜ちゃんと出会うまでの2年間、本当に誰とも付き合ってないんだ。信じてもらえないかもしれないけど……戸籍も真っ白だよ」

 

 

31の男が、女子大生を前に自分の最高に格好悪い失恋の歴史をさらけ出している。


その嘘のない誠実さと、明菜への底知れない一途さに、百合子は「……」と一瞬だけ絶句した。

 

共通テスト990点の頭脳が、明菜を安心させるためだけに、プライドを全部捨てて答えてくれたのだ。

 

 

「……なるほど。需要と供給のバランスが崩れていたのではなく、過去の不良債権のせいで市場から一時的に撤退していた、と」

 

 

百合子はふっと息を吐くと、組んでいた腕を解き、明菜の方を見た。

 

明菜はまだ顔を真っ赤にしたまま、須本の袖をきゅっと掴んで、祈るような目で百合子を見つめている。

 

 

「合格よ、明菜。この先生、顔の割に中身がびっくりするほど純情だわ。あんたを囲い込むために必死なのは本当みたい」

 

「百合子……! じゃあ……」

 

「うん。とりあえず、明菜を泣かせたら、私がK大経済のネットワークと進藤家や一ノ瀬先生を総動員して、先生のキャリアに致命的な社会的制裁を加えるので、それだけは覚悟しておいてくださいね?」

 

「ハハ……肝に銘じます。貴重なご意見、本当にありがとう」

 

 

須本はホッとしたように笑い、テーブルの下で、明菜の震える小さな手をそっと優しく握りしめた。

横でドキドキしながら見守っていた明菜は、その手の温もりに救われながら、親友に認められた嬉しさで、今度は幸せな赤面へと変わっていったのだった――

 

 

 

 

 

END