TIME LIMIT〜明菜AI編〜





「──では、次の受験生の方、どうぞ」

 

 

 

一ノ瀬家のリビングのドアが静かに開いた。


制服に身を包み、緊張で顔をこわばらせた明菜が、一礼して部屋に入ってくる。

 

 

「受験番号、77番。進藤明菜です。よろしくお願いいたします」

 

 

パイプ椅子に見立てたダイニングチェアの前に立ち、きっちりと頭を下げる。

その正面、面接官の席に座る男の姿が視界に入った瞬間、明菜の背中にピシッと電気が走った。

 

 

「……座ってください」

 

 

冷徹で、低く響く声。

そこにいたのは、いつもの「優しい須本さん」ではなかった。

 

仕立ての良い真っ白な白衣を纏い、知的でシャープな銀縁メガネの奥から、冷徹なほどの鋭い瞳が明菜を射抜いている。

 

共通テスト990点を取った怪物であり、T医大病院で日々命と向き合う「須本大樹医師」の、本物のオーラがそこにあった。

 

 

 

(な、なにあれ……っ! かっこよすぎて、息ができない……!!)

 

 

 

いつものラフな私服姿も素敵だったが、白衣とメガネを装備した須本さんは、大人の色気と知性がカンストしている。

 

いつもは優しく笑うその唇が、今は一文字に結ばれ、本物の教授さながらの厳格な雰囲気を醸し出していた。

 

 

「では、進藤さん。あなたが看護師を目指した理由、そして我がT医科大学を志望した動機を述べてください」

 

 

須本は資料(明菜の願書のコピー)に視線を落としながら、淡々と問いかける。

 

メガネのフレームを長い指先でくい、と上げる仕草ひとつをとっても、洗練されていて絵になりすぎる。

 

 

「は、はい……っ! 私は、かつて……やりたいことが見つからず、悩んでいた時期がありました。ですが、ある方に、看護師という職業の素晴らしさを教えていただき……」

 

 

必死に声を震わせながら、明菜は用意してきた答えを口にする。

目の前の須本さんのカッコよさに頭が破裂しそうになりながらも、彼に「お勧め」だと言ってもらったあの日の感動を、そのまま真っ直ぐな言葉にしてぶつけた。

 

 

「……その方の働く姿、そしてその方が誇りを持つこの大学で、私も信頼される看護師になりたいと、強く思うようになりました」

 

 

言い終えると、リビングに静寂が訪れた。

須本はペンをトントンと机に叩き、メガネの奥の瞳を少しだけ細める。

 

その沈黙が怖くて、明菜がごくりと唾を飲み込んだ、その時。

 

 

「──うん、志望動機は100点満点。でも明菜ちゃん、ちょっと緊張で声が上ずりすぎかな」

 

 

ふっと、部屋の温度が和らいだ。

須本はメガネを外し、いつものあの屈託のない、明菜が大好きな優しい笑顔に戻って頭を掻いた。

 

 

「す、須本さん……! もう、心臓が止まるかと思いました……!」

「あはは、ごめんごめん。でも本番の教授たちは本当にこれくらい威圧感あるからね。慣れておかないと。……それにしても」

 

 

須本は外したメガネを弄びながら、少しだけ照れくさそうに明菜を見つめた。

 

「『ある方に教えてもらい』ってところ、面接で言われたら、俺の方が照れちゃうな。それ、俺のことだよね?」

 

「あ……っ!」

 

本番を意識するあまり、本人の前で堂々と本人への愛着を語ってしまったことに気づき、明菜の顔はまたたく間に真っ赤に染まっていく。

 

 

 

「おい須本、お前、白衣とメガネなんていう反則級のコスプレしてうちの妹を誘惑してんじゃねぇよ。あと明菜ちゃん、志望動機の『ある方』は『一ノ瀬お義兄ちゃん』に変えとけ」

 

 

キッチンから育休中の一ノ瀬お義兄ちゃんが、ニヤニヤしながら首を突っ込んできた。

 

 

「一ノ瀬、コスプレって言うな! 正装だよ! 雰囲気作り!」

「嘘つけ、お前がメガネかけるのなんて、本気で論文読む時だけだろ。明菜ちゃんに見せたかっただけだろ」

「あー! 営業妨害!」

 

 

親友二人のいつもの言い合いに、明菜は恥ずかしさで俯きながらも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。

 

白衣を纏った須本さんの背中は、やっぱり誰よりも格好良くて、眩しい。

 

 

(待っててください、須本さん。絶対に合格して、あなたのいるあの白い世界に、私も行きます……!)

 

 

 

面接官の須本さんから貰った「100点満点」の言葉を胸に、明菜は頬の赤みを隠すようにして、もう一度しっかりと背筋を伸ばすのだった――

 

 

 

 

 

END