●STRIKE●
パァン――
聞き慣れない音。
感じたことのない痛み。
一瞬、何をされたのか分からなかった。
25歳の春――僕は生まれて初めて叩かれた。
最愛の恋人である進藤ヒカルに。
「…い…た…」
痛い。
確かに痛い。
でも……きっと彼の方が痛いだろう……
「…ごめん。進藤…ごめん…。ごめんなさい…」
静かに涙を流す彼に、僕は謝った。
叩かれた衝撃で手から落ちた封筒から、中身が出てしまった。
福沢諭吉のお札が…僕らの足元に散らばった。
僕と進藤は15歳の時から、もう10年近く交際している。
当然何度も倦怠期というものは訪れた。
今もソレだった。
…気が付けば、彼とはもう半年近く体を合わせていない。
でもそれもタイトル戦が立て込んでいる時はよくあることだった。
ただ、今回は奇しくもこの倦怠期が僕のスランプと重なってしまったんだ。
いつもなら傍で励まし、勇気づけ、導いてくれる人が今回はいない。
負けが続けば続くほど…僕の心は弱っていってしまったんだ。
そしてついにタイトルを取られたことが引き金になった。
僕は間違いを犯した。
イベントで知り合った人と…間違いを犯した。
進藤じゃない男の人に助けてもらおうとした。
これはその報いだ。
進藤を裏切った罰。
その男の子供を僕は妊娠してしまった。
このお金は…男が払った中絶費用だ。
これだけ渡して、男は僕の前から消えた。
「……で?ど…するんだよオマエ。どうしたいんだよ…?」
「…分からない…」
堕ろしたくない。
産みたくもない。
育てられないから。
一人じゃ育てられない。
きっと僕は彼にも捨てられてしまう。
当然のことなのに、いざ進藤を失うと思ったら急に涙が僕の瞳からも溢れてきた。
嫌だ。
嫌だ。
別れたくない。
離れたくない。
「……はぁ」
小さく溜め息をついた彼は、足元のお札を拾い出した。
そしてポケットから取り出したライターで直ぐさま火をつけた。
「何を…っ」
「結婚、するか…」
「……え?」
「堕ろしたくないんだろ?じゃあ…産めよ。ソイツの代わりに…オレが父親になってやるから、さ」
――え…?
「オレのせい…だもんな。オマエがスランプで苦しんでるって知ってたのに…」
「……いいの?」
「ん、いいよ…オマエの子供だもん。愛せると思う…」
「……ごめん。ごめんなさい…」
ごめんなさい。
ごめんなさい。
何度も謝る僕を、進藤は大きな胸で抱きしめてくれた。
ありがとう。
ありがとう――
その年の秋――僕は男の子を出産した。
宣言通り、彼は子供を心から愛してくれて、いい父親になってくれた。
でも彼が子供を愛せば愛すほど、僕は申し訳なくて仕方がなかった。
早く二人目を産もう。
彼の血を分けた家族を早く作ってあげよう。
そう思った矢先のことだった。
「コイツってアキラに似てないよなー。父親似か?」
「さぁ…?」
ヒカルのこの一言に、僕はもう忘れかけていたあの男の顔を思い出した。
…違う気がする。
お世辞にもこんなにいい顔立ちではなかった…気がする。
じゃあこの身贔屓抜きでも可愛い過ぎる程の顔立ちは一体どこから……
「……なぁ、本当にオレの子供の可能性ないんだよな…?」
「そりゃそうだろう。僕の記憶が正しければ、妊娠する前に僕とキミが最後にしたのは半年も前だからね。有り得ないよ」
半年前のヒカルの誕生日。
あれが最後だ。
「…正しければ、だろ?逆算したら妊娠したのって2月の下旬なんだろ?あの頃って確か泊まりのセミナーあったじゃん?オレさー、酔っ払って記憶のない夜あるんだよなぁ」
「……え?」
起きたら裸で寝ていた日があった、絶対事後だと思うのに横には誰もいなかったのだと。
そう言われれば……あのセミナーの初日の夜は僕も途中までしか記憶がない。
ただ一緒に飲みに出たグループの中にヒカルがいたことは覚えている。
…ヒカルに抱かれる夢を見て幸せだったことも。
もしかしたら夢じゃなかったのか…?
「…なぁ、検査してもいい?違うなら違うで別にいいんだ。でも気になるからさ…ハッキリさせときたいじゃん」
「うん…僕も可能性があるなら調べたい。もしキミとの子供だったらすごく嬉しいし…」
「オレも♪」
そして検査の結果、ヒカルと息子の親子関係が認められた。
ヒカルが子供に更に愛情を注ぐようになったのは言うまでもない話だ。
―END―
以上、ヒカルに叩かれちゃったお話でした〜。
いや、そりゃ叩かれるだろう。殴られなかっただけマシですよー><
今回は初めてアキラさんを浮気させてみよう!と思いまして、こんな話になりました(笑)
オチはこんな感じで〜(笑)アキラさんが産むのはヒカル君の子供オンリーですから!