●STALKER●
―――まただ。
振り返ると誰もいない。
でも再び歩き出すとまた足音が聞こえる気がする。
でも振り返っても誰もいない。
でも聞こえる。
いない。
怖くなって僕は走り出した。
家に着くと一目散に玄関の鍵をかけて、そして全ての部屋の鍵もチェックする。それを終えてようやく一息がつける。
でも緊張は完全には取れないままだ。
僕の家は古いし広い。
鍵なんて簡単に壊されるかもしれないし、叫んでもきっとご近所も通行人も気付いてはくれない。
今までは何とも思わなかったこの生活だけど、最近は不安でたまらないのだ……
「あれ?塔矢?引っ越しでもすんの?」
棋院近くの本屋で賃貸情報雑誌をパラ見していたら、同じく本屋に来ていたらしい進藤に声をかけられた。
彼の手には男性向けのファッション誌が握られていた。
「う…ん。どうしようか悩んでるところ」
「なんで?先生も明子さんもまだ中国なんだろ?」
「う…ん」
両親が家にいてくれたなら何も問題はないのに。
でもまだまだ戻る気はなさそうだし…。
次に帰国するのもお盆だとか言っていた気がする……
溜め息をつく僕に、進藤は顔をしかめてきた。
「…何かあったのか?」
「そういうわけじゃないんだけど…、いや…そうなのかも…」
「やっぱりな。あんな広い家に女が一人で暮らしてんのは危ないもん」
「…そう思う?」
頷かれてしまって、僕はこの賃貸雑誌を買うことに決めた。
もっと棋院より近くて、人も大勢いるところに住もう。
「もし越すならさ、オレの住んでるあたりが便利だぜ」
「キミの?」
「うん。スーパーもコンビニも多いし、駅も近いし棋院からもそこそこの近さだしさ。何より治安いいし。大学も近くにあるから女専用のマンションとかも結構あるんだぜ」
「へぇ…そうなんだ」
「よかったら来てみる?オマエまだ一度もオレんち来たことない気がするし」
「そういえばそうだね…。じゃあちょっとだけお邪魔しようかな」
「おう」
今日はもう僕も進藤も何も予定がなかったので、早速彼の住んでるところを見に行くことにした。
確かに僕の家より遥かに一人暮らしに向いている環境が整っていた。
そして彼の部屋はというと――
「結構広いんだね…」
「2LDKあるからな。一人暮らしには広すぎかもな。でもしょっちゅう和谷達が泊まりに来るからちょうどいいよ」
「ふぅん…」
家賃はどのくらいなんだろう。
結構新しそうだしそこそこ高そうだけど、本因坊のタイトルももう何年も保持してる彼からすれば払えない額ではないんだろうな。
(そういう僕も名人位を持っているけど…)
ちょっとだけお邪魔するつもりが何故か一局打つことになってしまって、気がついたら外も暗くなってしまい、夕飯までご馳走になってしまった。
進藤がいいから飲めよと進めるのでアルコールも入ってしまったら、段々帰るのが億劫になってくる。
というか、あの家には帰りたくない……
「最近つけられてる気がするんだ…」
「だから女があんな広い家に一人暮らしは危ないんだって。何かあってからじゃ遅いんだからな」
「僕も男ならよかったのにね…」
「男と一緒に住めばいいんだって。塔矢もいい年なんだから結婚しろよ」
「簡単に言うな。誰がこんな碁バカ女をお嫁にもらってくれるって言うんだ」
「え?もらってくれるだろ。何ならオレと結婚する?」
―――え?
「あ、そっか。最初からそうすればよかったんだ。よかったな、部屋探す手間が省けたぞオマエ。もう今日からここに住めば?」
「な、なに言って…」
進藤はかなり酔っ払ってるみたいだった。
ふとテーブルの上を見るとビールの空き缶が5つもあった。
「進藤、そろそろ僕はおいとまするよ。終電も近いし…」
「なんで?ここに住むの嫌なのかよ?」
「キミが素面なら考えてもよかったんだけどね…」
「素面で言えるわけねーだろ!?酒の力借りて冗談ぽく言うのがやっとなんだよ!」
―――え?
力任せに押され、僕はソファーに倒された。
進藤が覆い被さってくる。
「ずっと好きだったんだからな!ずっと…!」
「……本当…に?」
「冗談でオマエに一緒に住もうなんて言えるわけないだろ!?」
進藤の唇が僕の口を塞いだ。
初めてのキスなのにいきなり深くて、舌まで絡めとられる。
「――…んん、ふ…」
やっと口が解放されたかと思うと続いて首筋に唇を落とされて、僕は慌てて待ったをかけた。
「し、進藤、本気なんだな?本当の本当なんだな?」
「本気だよ。本当の本当。塔矢が好きだ。結婚しよう。一緒にここで暮らそうぜ」
「う…ん」
僕はかけた待ったを解き、この身を進藤に預けることにした。
まさか生まれて初めてのHをソファーですることになるとは思わなかったけど。
その相手が進藤になるとは思いもしなかったけど。
でも進藤は終始優しく、僕の体を気遣いながら進めてくれて。
愛の言葉もたくさん囁いてくれて。
この人なら僕を守ってくれるかもしれないと思ったのだった。
翌朝――目が覚めると何故か彼のベッドにいた。
(進藤が運んでくれたのだろうか?)
素面に戻った彼は真っ赤な顔してもう一度告白してきた。
「昨日はいきなりごめん…。でも全部本当だから。塔矢、オレと結婚してくれる?」
「うん――」
いいよ…と今度は僕の方からキスをした。
「あーよかった。もういつ告ろうかずっと悩んでてさ、無駄にオマエんちまで往復しちゃってたんだよなー」
―――え?
「し、進藤、キミ、まさか…僕の後をつけたりしてないよね…?」
「へ?あー、たまに鉢合わせた時は隠れてたけどな。だって今更って感じで恥ずいじゃん」
「キ――」
キミだったのか…!!と僕は脱力した。
そして今の家がやっぱり危なくないと分かった僕は、彼に言うのだった。
「やっぱりさっきの話はなかったことにしよう」
慌てた進藤の顔は見ものだったな、ハハ。
―END―
以上、ストーカー話でした〜(笑)
ヒカルに相談するんだけど、実はヒカルが犯人でした!っていうオチが大好きですv
ま、でも結局は一緒になると思いますよ、この二人。
やっぱりあんな大きな家に女の子が一人暮らしって危ないですからね〜。